第23話 古代魔法と老人
その日、黒の塔の庭では、奇妙な光景が目撃された。それも一人からではない。近くに住む、何人もの人たちがそれを見たのだった。
「おいおい、あのじいさん、ついに頭がおかしくなってしまったんじゃないのか?」
「どうしましょう。お医者様に相談したほうがいいのかしら?」
庭で行われているなぞのおどりに、周辺の住民はまゆをひそめた。
そう、黒の塔の庭では今まさに、イワンコフとゴーレムのフランケンがおどっているのだ。足下の地面には、何やら魔方陣のような絵が描かれている。その奇妙な絵の上で、奇妙なおどりをおどっているのだ。
それを見た人たちが、そのように思ったのも、仕方がないことだろう。
「何だか周囲がさわがしいが、気にすることはないぞ、フランケン」
『グオオオオ』
フランケンの返事を聞き、さらにおどり続ける二人。そのうちイワンコフは、何やら聞き慣れない言葉をつぶやき始めた。その言葉は、とぎれることなく続いた。
そして……。
「見ろ、フランケン! 本に書いてあった通りだ。空にオーロラが出たぞ。これでこの本に書いてある記述は、本物であることが証明されたんだ」
『グオオオ』
イワンコフ声をあげて喜んだ。その声は、それなりに大きな声であったが、周囲の住民たちは、とつぜん空に現れたオーロラを見て大さわぎになっており、それどころではなかった。
「災害を引き起こすような魔法を使って、王国に被害を出すわけにはいかないからな。このアミューズメント用の魔法なら、みんなにも楽しんでもらえるはずだ」
人々が空を指差し、ワイワイとさわいでる様子を見ながら、一人ウンウンとうなずいていた。
みんなが楽しんでいると思っているのは、イワンコフだけである。
確かに一部の者はその光景に喜んでいた。しかし、オーロラの存在を知っているのは、ごく一部の知識人のみ。ほとんどの庶民にとっては、とつぜん空に現れた光の帯は、怪奇現象以外の何者でもなかった。
仮に知っていても、この国でそれが見られることはない。どちらにしろ、不気味な怪奇現象でしかなかった。
このオーロラを見て、気絶した婦人は数知れず。王都では大さわぎになっていた。
そうとも知らず、イワンコフはさらにみんなを楽しませることにした。
「次は、夜空の月を増やす魔法をためしてみよう。月が増えれば、さぞかし美しい光景になることだろう。今からが楽しみだ」
そう言うとイワンコフは、フランケンといっしょに再びおどりだした。
イワンコフは、古代魔法を使うことによる、自分への危険性について調べていた。
普通であれば、そのような危険なことは、もっと慎重に研究したのちに、行うべきことである。
しかしイワンコフは、なぜかそうは思わなかった。古代魔法が解明したのだから、ためしに使ってみたい。そうとしか、思いつかなかったのだ。
イワンコフは自分の考えが、どこかまちがった方向に進んでいることに、まったく気がついていなかった。
そしてその夜、月が二つに増えた。
「ガッハッハッハ! ガ~ハッハッハッハ! 見ろ、月が二つに増えたぞ!」
その大きな笑い声は、しずかな住宅街にひびきわたった。その声が聞こえたのか、周辺の住民たちが外に出る音がイワンコフの耳にも入った。そして――。
「おい、どうなっているんだ、月が二つも出てるぞ」
「パパすごーい! お月様って、二つ出るときもあるんだね」
「え? いや、そうなのか? パパは初めて見るけどな」
さわぎはどんどん大きくなっていった。どこかからか、悲鳴も聞こえてきた。こうしてパルマ王国中が大さわぎになっていった。
翌日、買い物先でこの話を聞いて、イワンコフはとても興奮していた。自分の使った魔法が多くの人たちに見られ、センセーショナルを起こしているのだ。
このような経験は初めてだった。イワンコフは何だか、自分が世界から認められたように感じていた。
「見たか、モーゼス! やはりお前よりも、私のほうがすぐれていたようだな。これでハッキリと決着がついたな」
黒の塔に帰ってきたイワンコフ。その興奮は、まだ冷めやらなかった。もっと、もっと、と欲望が彼を包み始めていた。
次はどんな魔法を使って、世間をアッと言わせてやろうか?
イワンコフはパラパラと魔導書のページをめくった。そして、一つの項目に目が留まった。
「ゴーレムの大量生産魔法、これだ! たくさんのゴーレムを従える私を見て、今度こそ、モーゼスは私に膝を折ることになるだろう。私をバカにしてきた連中も、そのまちがった考えを捨てることになるだろう」
クックックと不気味に笑うイワンコフ。そんなイワンコフの姿を、フランケンが何も言わずにしずかに見つめていた。
その日から、イワンコフはゴーレム生産魔法の解読を始めた。すでにいくつもの古代魔法を解読している。その解読スピードは日に日に速くなっていた。
こうして、寝る間もおしんで解読を進めた結果、数日後にはその古代魔法を解読することができていた。
「ハッハッハ、見ろフランケン。もう解読が終わったぞ」
『グオオン』
「そうかそうか。仲間が増えるのがうれしいのか。そうだろう、そうだろう。それではさっそく、使ってみることにしよう」
こうして二人は庭に出ると、またしても奇妙なおどりをおどり始めたのであった。
しかし、おどってもおどっても、古代魔法をつぶやいても、つぶやいても、一向にゴーレムは出現しなかった。
「おかしいな? 私の解読は完璧なはずだぞ。何かがおかしいのか」
いつまでたっても現れないゴーレムに、ついには首をかしげてしまった。一方のゴーレムのフランケンは、それをまったく気にすることもなく、おどり続けていた。
その様子に、そんなにも仲間がほしかったのか、と理解を示したイワンコフ。
このままでは男がすたる、と思った彼は、その日、力の限りおどり、古代魔法をつぶやいた。
しかし、その日ついに、結果は現れなかった。
王都の西に、ボルガノ山と呼ばれる山があった。その山は、すでに火山活動を行っておらず、噴火することはない。だが、長い年月をかけて、噴火によって火口からはきだされた溶岩は、大きなボルガノ山を作り出していた。そのため、山の頂上付近には大小様々な岩石が、ゴロゴロと大量に転がっていた。
その日、ボルガノ山では奇妙な現象が起こっていた。意思など持たないはずの岩石が、ひとりでに転がりだし、集まりだし、人のような形を作り始めたのだ。
その数は、それほど時間をおかずにどんどん増えていった。そして、だれに命令されたわけでもないのに、王都のほうへと進撃を始めたのであった。
その光景を最初に見つけたのは、ボルガノ山に山菜を採りにきていた老夫婦だった。
不気味な地鳴りにふり返ると、大量のゴーレムがこちらへと進軍していたのだ。おどろいた夫婦は、それでも何とか山を下ると、木にくくりつけてあった荷馬車に飛び乗り、馬に鞭を打った。
「祟りじゃ、ボルガノ山の神様がお怒りになったのじゃ」
「ああ、どうしましょう」
「とにかく急いで、衛兵に知らせるしかない」
老夫婦は急いで来た道をもどっていった。
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