第22話 月はいくつ出ているか

「もうもうもう! 初デートは散々だったわ!」


 真昼の空にオーロラが出現するという、不可思議な現象が起こったあと、「万が一の危険性があるかも知れない」と言うことで、お忍びのデートは中止となった。

 本来のメアリーとフランのデートプランでは、あのあと、公園の木陰の下で、二人がファーストキスをする予定だった。しかしその予定は、残念なことにくずれ去ることとなった。


 屋敷に帰ったダニエラは、カビの妖精カビルンバに愚痴を言っていた。親友の二人が観察していたことについても、「解せぬ」と語った。


『まあまあ、お嬢様、落ち着いて下さい。まだ始まったばかりですよ。またチャンスが訪れますよ』

「そうかしら?」


 カビルンバにそう言われても、どうもなっとくが行きかねないダニエラ。やり場のないいかりを、ソファーのクッションにバンバンとぶつけていた。

 八つ当たりされては敵わないと、カビルンバは話題を変えることにした。


『それにしては、今日は月夜が明るいです……ね? お嬢様、月はいくつ出ていますか?』

「……は? 一つに決まってるでしょう」

『月はいくつ出ているように見えますか?』


 カビルンバのなぞの問いに、首をかしげながら、机のとなりの窓から夜空を見上げた。

 そこにはポッカリと……二つの丸い月が見えた。


「ふ、二つ……えええええ!? お父様、お父様ー!」


 ダニエラは部屋を飛び出した。すれちがった使用人たちは、何だ何だ、またお嬢様が何かやらかしたのか? と次々にふり返った。

 そんな使用人たちの少し失礼な態度にも気にかけず、父親の部屋へとかけこんだ。


「お父様! 月が……」


 ノックもせずにかけこんだダニエラは、ベッドで寄りそう両親を見て固まった。ダニエラと目が合った二人は、気まずそうに少し距離を空けた。


「どうしたんだい、ダニエラ。ノックもせずに?」

「も、申しわけありませんわ。まさか、お父様とお母様が……ハッ! そうでしたわ! お父様、窓の外を見て下さい。月が、月が!」


 ダニエラのただならぬ様子に、父親のヴェステルマルク公爵は窓の外を見た。そして、夜空を見上げた。

 あんぐりと口を開け、微動だにしなくなった夫を不審に思った夫人は、並んで夜空を見上げた。


「あ……」


 そう言うと、グラリと夫人の体がかたむいた。


「アメリア!」


 たおれかかった夫人の体を、あわててヴェステルマルク公爵が支えた。

 夫人は生粋の淑女の鑑である。おどろきの度合いが高くなると、気を失うのだ。その点ダニエラは、真の淑女になるには、まだまだ修行が足りないと言えた。


 ヴェステルマルク公爵の声に、使用人たちが何事かとかけつけてきた。ヴェステルマルク公爵は、割れ物をあつかうかのように夫人をベッドにねかせた。

 そして、とにかく今日は休みなさいと、ダニエラを部屋にもどした。


「ねぇ、カビルンバ、月が二つも同時に出ることって、あるの?」

『……調べた限りでは、そのような事例は確認されておりません。初めての事態です』

「昼間に見たオーロラと言い、一体、何が起こっているのかしら?」


 その言葉に答えられる者は、この場にはいなかった。



 翌日、学園はこの話題で持ちきりだった。


「ダニエラ様もご覧になりました? 昨晩、月が二つも出ておりましたのよ!」

「ええ、見ましたわ。お母様がそれを見て、気を失ってしまって、大変でしたわ」

「まあ、それはお気の毒に。私は二つの月を見られませんでしたのよ。今日も二つの月が見えないかしら?」


 残念そうな様子のフラン。それを見たダニエラは顔が引きつった。二つの月がまた見たいなど、こわくて思いもしなかった。

 その後三人は、昨日の昼間に見たオーロラと、二つの月が、一体、何だったのかと、議論をかわしていた。

 そうこうしているうちに、レオナルドが三人のところへやって来た。その目には、大きなクマができていた。


「で、殿下、その目はどうしましたの!?」

「ああ、ダニエラ、昨日のことでちょっとね……」

「まあ! 原因が分かりましたの?」


 レオナルドは力なく首を左右にふった。どうやら、国の方でも原因は不明のままだったようである。

 

 

 レオナルドが予定よりも早くデートからもどると、王宮は上を下への大さわぎになっていた。バタバタと走り回る人たちをかき分けて、宮廷特殊探偵団の本部へと急ぐと、すでに何人かの賢者たちが集まっていた。


「オーロラの原因は分かったのか?」

「殿下、現在調査中です」


 宮廷特殊探偵団を束ねる、大賢者のモーゼスが答えた。他の賢者たちも思い当たることはないようで、しきりに首をかしげていた。

 その中で一人。クリストフだけは、みんなが集まるテーブルの上に、両手を伸ばしてうつぶせになっていた。

 その様子を、不審そうな目でレオナルドが見ていた。


「クリストフは一体どうしたんだ?」

「どうも、何かのイベントの入場チケットが当たらなかったか何かで、すねているらしいですよ」


 アームストロングが、さも興味がないかのように言った。モーゼスもミタもあきれた様子で、すでにそこにはいない人物としてあつかっていた。


「クリストフ、一体何のイベントに行くつもりだったんだ?」


 レオナルドは、これでは話にならないと、ひとまず話を聞くことにした。


「ジバク村で開かれる、「炸裂、爆裂、大爆発物産展」だよぉ。ずっと楽しみにしてたのに、当日の入場チケットが手に入らないだなんて……。あんまりだぁ」


 ウエーンと、ついにはクリストフが泣き出した。

 ろくでもない物産展があるものだ。クリストフをのぞくメンバーは、もれなくそう思った。


「爆発物ならたくさん持ってるだろうが。いい加減あきらめて、少しは会話に参加しろ!」

「フンだ。頭まで筋肉で作られているアームストロングには言われたくないね」

「何だと!」

「あれれー? いいのかな、そんなこと言っても。おしりにこれを差しこんで、爆発させちゃうよ?」


 そう言ってクリストフは、円柱状の物をポケットから取り出した。アームストロングはあわてて、自分のおしりをおさえた。

 結局このときは、特に何の進展も得られなかった


 

 そしてその夜、月が二つ出たことで、さらに大童となったのであった。その騒動は夜中中続いており、月が二つ出たことの衝撃もあって、レオナルドはほとんどねむることができなかったのだ。



 国の力を持ってしても原因が分からない怪奇現象に、いまさらながら、メアリーとフランがふるえ出した。


「い、一体、何が起こっているのでしょうか?」

「な、何だか、急に不安になってきましたわ」


 二人はふるえながら、近くにいたダニエラにピッタリと引っついた。それを見たレオナルドは、「自分も引っつきたかった」と、ボソリと言った。


 授業はいつも通り行われた。しかし、昨日のように、またオーロラが現れないか、しきりに窓の外を気にする者、何か別の現象が起こらないか、ソワソワする者、睡眠不足でねてしまう者などが続出し、結局その日はまったく授業にならなかった。


 家に帰ったダニエラは、一目散に自室に入ると、さっそくカビルンバからの報告を聞いた。


「カビルンバ、学園は昨日のことで大さわぎだったわよ。殿下のお話では、宮廷特殊探偵団も調査してるみたいだけど、原因はまだ分からないらしいわ」

『そうですか。残念ながら、こちらも収穫なしですね』


 しょんぼりとカビルンバがうなだれた。そんなカビルンバをやさしくなでる。カビルンバの、この、もこもことした感触が、ダニエラは好きだった。


「いいのよ、カビルンバ。そんなに落ちこまないで。昨日の今日だし、分からないことだらけで当然よ。地道に調査していきましょう」

『お嬢様……』


 カビルンバの一つ目が、なみだでうるむ。それをやさしいひとみで見ていたダニエラは、ふと思い出した。


「そう言えば……」

『どうされました?』

「昨日、デートで訪れた美術館に、月がたくさん並んでいたモチーフがあったのよね。幻想的できれいだって思っていたんだけど……」

『……何だか、今回の現象と似てますね』


 ダニエラはさらに首をひねった。そう言えば、殿下が……。


「そうだわ! 殿下は美術館の中で、昼間の空にオーロラが描いてある作品を気に入ってましたわ」

『昼間の空にオーロラ……。昨日の現象とまったく同じですね。それらの作品のモチーフは何だったのでしょうか?』


 ダニエラはグイグイと眉間を親指と人差し指でおしながら、必死に思い出した。

 

「確か、古の伝承をモチーフにしていたわ」

『古の伝承……ちょっと調べておきますね』

「お願いね。たよりにしてるわ、カビルンバ」


 その後は学園からの宿題や、調べものなどを行っていると、あっという間に夕食の時間になった。

 夕食の時間になったと呼びに来た使用人に返事をすると、すぐにダイニングルームへと向かった。

 そこにはすでに、両親の姿があった。


「ダニエラ、学園でも、大きなさわぎになっているみたいだね」

「怪奇現象の話で、授業になりませんでしたわ」


 苦笑いする父親に、苦笑いで返した。


「それにしても、オーロラが出たり、月が二つになったり……どうしちゃったのかしらね?」


 まだ昨日の衝撃が残っているのか、少し青い顔をした母親が、心配をかけまいとほほえんだ。


「ただの見まちがいだったら、良かったんだがな」

「ほんとうにそうよね。今晩はどうなっているのかしら?」


 三人は顔を見合わせた。今晩もまた、月が二つ出ているのだろうか?

 となりにすわっている夫人にベッタリと張りつかれ、身動きが取れなくなっている父親に代わり、ダニエラが確認のため席を立とうとした、そのとき。


『お嬢様、大変です! 今夜は月が三つ出ています!』


 カビルンバの報告に、夫人は意識を失った。


 その後、夜空にうかぶ月は、毎日一つずつ増えていき、最終的に七つになったところで一つの月へともどった。それ以降は、月は一つのままだった。

 あれは一体何だったのか。だれもが首をひねったままだった。

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