禁断の魔導書「グリモワール」

第19話 老人とゴーレム

 月がうかぶ夜空のしたで、悪の笑いがこだまする。


「ガッハッハッハ! ガ~ハッハッハッハ!」


 ここはパルマ王国の王都の郊外。その大きな笑い声は、しずかな住宅街の一角にある、背の高い建物の中から聞こえていた。その建物は、近所の住人からは「黒い塔」と呼ばれている。塔の壁面が黒くすすけており、全体的に黒い色をしていたからである。

 その塔は夜の暗やみにまぎれており、窓からの光だけが不気味に光っていた。


 時刻は深夜。何をどう考えても、ただの近所迷惑であった。


 近隣の住民の何人かが、その笑い声に目を覚ました。

 

「またあのじいさんかよ。何回注意しても、本当に言うことを聞こえかないな」

「パパー。あのおじいさん、何がそんなに面白いの?」


 子供のその問いに答えることができる人は、この近所にはだれもいなかった。

 二メートルほどの大きなゴーレムが、自由に庭をうろついているような場所に、好き好んで訪れようとする人物はいなかったのだ。


「さぁな。これだけ注意しても言うことを聞かないのなら、いっそのこと、宮廷特殊探偵団にでも通報しておくかね? ひょっとしたら、似たものどうし、うまく解決してくれるかも知れんからな」


 前回の活躍はあれど、宮廷特殊探偵団は基本的に奇人変人たちの集まりとして、パルマ王国の人たちに知られていた。いや、パルマ王国の人たちだけではない。他国の人たちにも、彼らには関わってはいけない、と警告されていた。


 宮廷特殊探偵団には、脳筋賢者アームストロングだけでなく、さらに理解不能な賢者たちが、まだまだ在籍しているのだ。

 そしてその賢者たちの多くは、王都だけでなく、他の都市にも散らばって、それぞれが問題を起こしていた。

 

 一説には、そのまま放置しておくと、めんどうくさい人物たちを、まとめてモーゼスが監視できるようにするために、宮廷特殊探偵団が組織されたのではないか、と言われている。

 そして多くの人たちが、「きっとそうだろう」と理解をしめしていた。


「おい、じいさん! うるさいぞ!」

「す、すいません!」


 どこかのオヤジが注意し、黒の塔に住む老人のあやまる声が聞こえてきた。

 あのおじいさん、本当は悪い人じゃないんじゃないかな?

 彼の小さなむすこはそう思った。



 黒の塔には、老人とゴーレムだけが住んでいた。

 老人の名前は、イワンコフ・ダルマガル。

 背中は丸く曲がっており、丸く分厚いメガネをかけた、「いかにも学者です」といった背恰好であった。髪は白が多く混じった灰色。目の色はメガネにかくれており分かりにくいが、こげ茶色をしていた。

 

 イワンコフ・ダルマガルが、この塔に一人で住んでいるのには、もちろん理由があった。

 イワンコフは、もともとは王宮で働く、とても優秀な学者であった。仕事の内容は、時の流れに失われてしまった、数々の魔法を解読し、研究し、現代によみがえらせる、というものである。

 

 その仕事の多くは、古い本から魔法の記述をぬきだしては、そのなぞを解明するというもの。それは大変地味な作業ではあったが、イワンコフの性格には良くマッチしており、それを苦に感じたことはなかった。

 

 そんな中、イワンコフに一つの転機がおとずれた。

 パルマ王国の、とある地方で、のちに、「グリモワール」と呼ばれることになる、禁断の魔導書が発見されたのだ。

 

 その当時、もっとも優秀な学者はイワンコフ・ダルマガルであった。そのため、とうぜんのことながら、その本の解読の仕事が彼に回ってきた。

 学者として好奇心旺盛であったイワンコフは、喜んでその仕事を引き受けた。そして、昼夜を問わず、寝る間もおしんで、解読と研究に没頭した。 

 そしていくつかの古代魔法を解き明かすことに成功した。


 しかし解明された古代魔法は、危険な魔法ばかりであった。

 国を一つ消し去る魔法。

 冬の時代を作り出す魔法。

 大雨を降らせ続ける魔法。

 辺り一面を灼熱の溶岩に変える魔法。

 空の星を降らせる魔法。

 どれもが、世界に天変地異をひきおこすような魔法であったため、そのことを知った当時の国王陛下によって、「グリモワール」の解読は禁止された。

 このような危険な魔法が世の中に出回ってしまえば、いまの文明はほろぶ。かつてあったとされる、古代魔法文明がほろんだように。


 こうして禁断の魔導書「グリモワール」は、王立図書館のおく深くへと、封印されたのであった。


 しかし、すでに「グリモワール」の解読にのめりこんでいたイワンコフは、国王陛下のその決定に、ただ一人、反発した。他の学者たちは禁断の魔導書の危険性について、熟知しており、「グリモワール」が封印されることを喜んだ。


「あんな危険な本を解読するのは、気が狂っている者がやることだ」


 だれもがそう言い、イワンコフを支持する者は現れなかった。

 こうしてイワンコフは、だれからも自分の考えを理解されることはなく、王宮から去った。そして、イワンコフについてくる者もいなかった。



「クックック、もうすぐだ。もうすぐ、この禁断の魔導書「グリモワール」のすべてを解き明かすことができる。それさえできれば、私のことをバカにしてきた連中を、見返すことができる。モーゼスもさぞ、おどろくことだろう。いまから想像しただけでも、実にゆかいだ」


 そう言うとイワンコフは、「ワッハッハッハ!」と高らかに笑いたくなるのを、グッとこらえ、クックックと、しのび笑いをこぼした。

 イワンコフの目の前にある机の上には、古い本が置かれている。その本には、ボロボロになって風化してしまわないように、厳重にプロテクトの魔法がほどこされていた。

 この本こそが、禁断の魔導書「グリモワール」であった。


『グオオオオォオ!』

「こらフランケン、しずかにしなさいと、いつも言っているであろうが」

『グオォン』


 フランケンと呼ばれたゴーレムは、悲しそうに鳴いた。ゴーレムのフランケンは、イワンコフの使い魔であった。

 使い魔はだれでも手に入れることができる。しかし、使い魔を使役するのには膨大な魔力が必要だった。つまりは、イワンコフは、膨大な魔力を持っているということである。

 イワンコフはこのゴーレムを、「太古の昔に神と悪魔が戦った場所」とされている古戦場後で見つけた。そして、目と目が合った瞬間に、主従関係になったのである。

 それは、イワンコフが王宮を去ってからすぐのことであった。


「まあ、何だ。お前の気持ちも分からなくはない。もうすぐわれわれの悲願が達成されるのだからな。そのように遠吠えするのも、無理はないか」

『グオン』


 言葉が通じているかのように、再び鳴いた。

 基本的に使い魔は、主の命令に従うだけである。だが、このフランケンは、まるで言葉が通じているかのような、ふるまいを見せていた。

 これは大変おどろくべきことなのだが、イワンコフは自分の才能がなせるワザだと思っており、特に問題視はしていなかった。

 

 ダニエラのカビルンバが話したり、意志の疎通ができたりするのは、カビルンバがカビの妖精だからである。そしてダニエラの持っている魔力が、尋常じゃないほど膨大だからであった。

 人類史上、妖精と契約をむすんだ者はおらず、ダニエラただ一人であった。

 

 ちなみにダニエラは、カビルンバのことを「使い魔」として、みんなに紹介していた。妖精として紹介すれば、まちがいなく、さわぎになることが分かっていたからである。

 そのためカビルンバは、ダニエラとダニエラの両親、国王陛下と王妃様の前でしか話さなかった。このことはまだ、レオナルドにも秘密であった。



 翌日、この辺りに住む住人たちは、そろって衛兵のつめ所を訪れていた。さすがに昨晩の苦情を入れに来たのであった。

 それに加えて、以前は月に一度、あるかないかの大きな笑い声が、ここ最近は三日に一回の頻度で聞こえてくるようになったのだ。

 さすがに温厚な近所の住民たちも、苦情を言わざるを得なかった。


「黒の塔のじいさんが、夜な夜なうるさいんだよ。何とかしてくれないか」

「あのおじいさん、そろそろ頭がどうかしちまったんじゃないのかい?」


 次から次に出てくる苦情を、衛兵が止めた。


「分かりました、みなさん。われわれでしっかりと言い聞かせておきます。もし、それでもダメでしたら、宮廷特殊探偵団に依頼しますので、安心していて下さい」


 衛兵のこの言葉に、住人たちはようやくなっとくして帰っていった。

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