第20話 十三賢者クリストフ、現る!
パルマ王国の王都には、国中のエリートたちだけが通うことができる、王立学園が存在している。王国が誕生してから、最初に建てられたこの学園は、その歴史もとても長かった。そして、その長い歴史の中で、多くの優秀な人物を育てては、世に送り出していた。
そんなゆいしょある王立学園に、伯爵令嬢のダニエラと、次の国王であるレオナルドも、もちろん通っていた。
十二歳から入学することになるこの学園は、大きく二段階に分かれている。
一つが、十二歳から十五歳までが通う低学部。もう一つが、十六歳から十八歳までが通う高学部である。
とうぜんのことながら、低学部と高学部のそれぞれで、いくつかのクラスに分けられている。
ダニエラとレオナルドは、二人そろって低学部一年生のAクラスであった。Aクラスの生徒は、身分が高くて優秀な生徒がたくさん集まるクラスだった。
ヴェステルマルク公爵家から、馬車で学園へと登校したダニエラは、午前中の最初の授業が始まる前に、親友の二人とあいさつをかわした。そしてそのまま、いつものように、たわいのない話をしていたのだが……。
「ダニエラ様、殿下とは、どこまでお進みになりましたの?」
「メ、メアリー様!? い、一体、何を言っておりますの」
とつぜんダニエラに恋バナをふったのは、ダニエラの親友のメアリー子爵令嬢である。メアリーは、先日おこなわれたベルモンド公爵家主催のダンスパーティーで、ダニエラとレオナルドが、華々しく社交界デビューをはたしたことを、両親から聞いていた。
ダニエラとレオナルドによる、まるで双子の妖精のように一体となったダンスは、それから数日のあいだ、社交界で大きなうわさになっていたのだった。
もちろん、ダニエラはそのことを知らない。そのことを知っているはずのダニエラの母親は、そのことについて、いっさいダニエラに言わなかったのだ。なぜならば、その方が面白そうだと思ったからである。
この母親にして、この娘。二つのうち、どちらを取るかと聞かれれば、必ず面白くなりそうな方を選ぶ。その考え方は、まさに似たもの夫婦ならぬ、似たもの親子だった。
「あら、ダニエラ様はごぞんじないの? あのダンスパーティーで、ラブラブなダンスをおどっていたと、うわさされておりますわよ?」
そう言ったのは、ダニエラのもう一人の親友、フラン伯爵令嬢だった。
「そ、そんなうわさ、始めて聞きましたわ! フラン様、そのお話、もっとくわしく!」
ガシリとフランの両肩をわしづかみすると、前後にユッサユッサとゆさぶった。
「ち、ちょっと、やめて下さいまし! 話します、話しますから!」
フランのその声にようやくわれに返ったダニエラは、その後にもたらされた話を聞いて、はずかしさのあまり、机の上につっぷした。それほど他人から聞く自分たちの話は、尾びれ、背びれがつき、とんでもない方向に向かっていたのだ。
ダンスの終わりに、「レオナルドがダニエラに口づけをしていた」と言う、根も葉もない話が出たときには、ダニエラは思わず悲鳴を上げた。
そのような事実はまったくない。とんだ妄想である。事実はそのあとのお茶会で、未遂に終わったと言うのに。
「それで、本当はどこまで進んでおりますの?」
恋バナ大好きメアリーは、ことの真相を知りたいらしく、グイグイとダニエラにせまった。
「え、ど、どこまでって……その、あの……」
ダニエラが言うか、言わないか迷っていると、授業開始のチャイムが鳴った。あわてて自分の席にもどるメアリーとフラン。メアリーの目は、どこか残念そうであった。
「みな様ごきげんよう。……全員そろっているようですわね。本当にこのクラスは優秀ですわ。それでは、今日の授業を始めましょうか」
Aクラスを担当しているのは、少しふちがとがったメガネをかけた、ロザリア先生である。年齢は四十歳前後。この世界でも、レディーに年齢を聞くのはタブーとなっているため、その本当の年齢を知る人はだれもいなかった。
茶色の髪に、同じく茶色のひとみ。長い髪を後ろで一つにたばねていた。
マナー講習も担当するロザリアは、美しい動きで、黒板に文字を書きはじめた。
「本日の授業は、この国と、魔法の歴史についてのお話です。それでは、三十六ページを……」
こうして学園での授業が始まった。この学園での授業は、午前中は机にすわっての勉強。午後からは、魔法の練習や、クラブ活動などの、体を動かす授業。大きく分けて、このように分かれていた。
たいくつな午前中の授業と、楽しい午後の授業。生徒たちからは、そう言われていた。
ねむさと戦いながら、何とか午前中の授業をのりきると、楽しいお昼の時間だ。
王立学園には王族も通っている。そのため、安全面が特に厳しく管理された料理を提供する、立派な食堂があった。そして、この学園の生徒たちは、全員そこでお昼ご飯を食べることになる。
ダニエラたちも例にももれず、食堂を訪れていた。ダニエラ、メアリー、フラン、そしてレオナルドもいっしょである。
レオナルドは王族であるがゆえに、友達を作ることに苦戦をしいられていた。すなわち、いま現在、一人ボッチである。ダニエラたちだけが心の支えであった。
「ああ、私はいつ、男友達ができるのだろうか」
ため息をつき、一人、肩を落とすレオナルド。その様子は、橋の下に捨てられたワンコの様であった。そんなワンコ殿下の様子を、ニマニマしながら、女性たちは見ていた。
「大丈夫ですわよ、殿下。きっと、すてきな方が見つかりますわ」
「そうですわ。積極的に話かければ、いつかは友達ができますわ」
ダニエラとフランは、代わる代わるレオナルドをはげました。身分の差を意識しているメアリーは、二人のように、気楽にレオナルドと話すことが、まだできなかった。
そのとき、料理人が四人のところに、本日の昼食を持って来た。
「本日のA定食でございます」
「ありがとう」
四人はそろってお礼を言うと、パクリと本日のA定食を食べはじめた。A定食は日替わり定食である。毎日A定食を注文しても、ちがう昼食が出てくるのだ。
昼食をどれにするか迷う学生にとっては、実にうれしいA定食だった。
本日のA定食は、トンカツに白パン。スープに野菜がタップリのサラダである。特製ソースをかけて食べるカツは、とても幸せな味がした。
「殿下、午後の授業はどうされますの?」
「ああ、それなんだが、午後からは急な仕事が入ってな。授業には出られないんだよ」
「そうなんですか……」
レオナルドの言葉に、ダニエラがシュンと塩をかけられた青菜のようになった。
午後からはほとんど自由行動と言っても良かった。そのため、レオナルドといっしょにいられる時間も長いのである。その時間がなくなったことで、ガックリとしたのだ。
そんなダニエラの様子を見たレオナルドは、「今度、時間をつくるから」と言って、昼食を食べ終わるとすぐに、席を立った。そのとき、入り口の方からどなりつける声がきてきた。
「おい、そいつを捕まえろ! 食い逃げ犯だ!」
声がする方向を見ると、水色の短い髪と短めのスカートをなびかせ、肩に小さなリスをのせた男の娘が、キョロキョロと顔を動かしながら、走ってきているのが見えた。
「しつこい男はきらわれるよ、おじさん。リック! 任せたよ!」
男の娘の命令に、肩にのっていたリスが、追いかけるおじさんに飛びかかった。顔にリスが飛びかかられたおじさんは、必死にリスを引きはがそうとしていた。しかし、すばやいリスをなかなか捕まえることができないでいた。
「あ、殿下! 見~つけた!」
そう言うと、うれしそうにこちらへと向かってきた。レオナルドはその姿を確認すると、ものすごくいやそうな顔をした。
男の娘とレオナルドを、メアリーとフランが代わる代わる見た。そして、フラン嬢がたずねた。
「殿下、あの子は一体?」
レオナルドはいまいましそうに口を開いた。
「あいつは十三賢者の一人のクリストフだ。誤解ないように言っておくが、あいつは男だからな」
その言葉に、メアリーとフランは、クリストフを見た。その姿は、どう見ても可憐な少女であった。二人はあんぐりと口を開けた。その反応は、始めて真実を知った人たちがする顔と、同じであった。
「クリストフ様、ごきげんよう。食い逃げはよくありませんわ。それに、使い魔とはいえ、あのように可愛らしいリスをおとりにして時間をかせぐのは、どうかと思いますわ。せめて、ゴーレムとかにしてはどうですか?」
目を細くしたダニエラがクリストフに言った。その声は、冷蔵庫から出した麦茶のように冷たかった。
「えー? そんなことないよ。あれが使い魔の正しい使い方だよ。主人を護るのが使い魔の仕事だからね。ゴーレムは動きがおそいから、きらいかな?」
「あなたの好みなど、聞いておりませんわ!」
ヒートアップするダニエラを見て、メアリーとフランは気がついた。ダニエラは男の娘のクリストフに嫉妬している。なぜだか分からないけど。
それに対して、レオナルドはそのことに気がついていないようだった。
「それではむかえも来たことだし、私はこれで失礼させてもらうよ」
レオナルドは残る三人に別れを告げた。
そうして、その場から去ろうとしたレオナルドの前に、先ほど追いかけて来たおじさんが立ちはだかった。
「殿下、食い逃げ犯と、お知り合いのようですね。お金、しはらっていただけますか?」
おじさんは、言葉使いはとても丁寧で、顔もとても笑顔であった。しかし何やら、ただならぬオーラを背中にしょっていた。
レオナルドは大人しく、クリストフが食い逃げした分のお金をしはらった。
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