第18話 フィナーレは王宮で

 その後、ベルモンド公爵家が裏社会でおこなっていた数々の悪事は、日の下にあばかれることとなった。

 クーデターを計画していたこと、この国の情報を他国に売って利益を得ていたこと、マフィアと手を組んで、犯罪をおこなっていたこと、などなど。

 発見された手紙は、いまのベルモンド公爵のものだけではなかった。それ以前のベルモンド公爵たちが、代わる代わる犯罪に関わっていたという、ゆるぎない証拠をもたらしたのだった。

 

 それらの悪事は、「とても許されざる反逆行為」と見なされ、ベルモンド公爵家は取りつぶされることになった。公爵家は解散し、持っていた宝石やお金、屋敷は全て国王陛下の名の下に、没収された。

 

 そのことを何も知らなかった公爵夫人は、罪に問われることはなかった。そのため、生家である伯爵家へと帰ることになった。

 その一方で、この事実を知っていた者たちは、全て何かしらの刑に処された。ベルモンド元公爵は、主犯格の犯罪者として、生涯、城の地下室に幽閉されることになった。

 それは国王陛下からの、最後の温情でもあった。

 こうして、パルマ王国を、根底からゆるがしかねなかった大事件は、宮廷特殊探偵団の活躍によって、すべて解決したのであった。

 


「これにて一件落着だな」


 うんうん、と満足そうに首を縦にふる国王陛下。そのとなりでは、王妃殿下が同じようにうなずいている。

 

 ここは王城にある国王陛下の執務室。その部屋の中には、国王陛下と王妃殿下、それにレオナルド殿下の三人だけが、ソファーにすわっていた。他のおつきの者たちは、とびらの向こうにひかえている。

 この執務室は特殊な構造をしているため、中で話していることが、外に聞こえることはなかった。つまりは、ナイショ話をするには都合の良い場所なのだ。


「しかし父上、賢者の石が怪盗悪役令嬢に盗まれたままですよ? もし怪盗悪役令嬢が賢者の石を悪用する方法を思いつけば、きっと大変なことになりますよ」


 レオナルドの意見に、なぜか国王陛下はほほえんだ。その理由が分からないレオナルドは首をひねった。まるで国王陛下は、怪盗悪役令嬢が悪いことをしないことを、知っているかのようだと思った。

 

 その様子を見た国王陛下は、部屋の壁にうめこまれてある、本人以外が決して開けることができない、特殊な金庫のとびらを開けた。そして中から、古ぼけたルビーのような石を取り出すと、レオナルドがすわる目の前のテーブルに、それを置いた。

 それを見たレオナルドは、大きく目を見開いておどろいた。


「そ、それは、まさか賢者の石!?」


 それは、お城の宝物庫に安置してある剣についていた、「偽物のルビー」と、まったく同じ形をしていた。どう見ても本物の賢者の石にしか見えない。

 

 おどろいたレオナルドの様子を、くっくっくと笑いながら国王陛下が見ていた。


「一体どういうことなのですか? 説明して下さい、お父様!」


 グイッと国王陛下につめ寄るレオナルド。その様子に笑いながら国王陛下が話した。まるでドッキリが成功したかのような、楽しそうな笑いである。


「怪盗悪役令嬢が返しにきてくれたのだよ。貸し一つ、だそうだ」


 わっはっは、と楽しそうに笑う国王陛下。となりにすわる王妃殿下も、扇子を口元に広げて笑っている。どうやら知らなかったのは、自分だけであったことに気がついたレオナルド。


「おのれ怪盗! 国王陛下に貸しを作るなど、ふざけたまねを!」


 レオナルドはそのことに、怒り心頭に発する様子であったが、国王陛下と王妃殿下は楽しそうな様子であった。

 何せ、未来の妃への借りなのだ。あって、ないようなものである。ダニエラもそれを承知で言ったのだろう。いや、レオナルドのこの反応を期待して、そう言ったのかも知れない。

 これは、後でダニエラに、ことのしだいを話してやらねばならないな。国王陛下はもっと心が愉快になった。

 一方のダニエラは、カビルンバの映像を見ながら、ポップコーンを片手に、レオナルドの反応を楽しんでいた。大好きな人は、いつ、どんな動きをしても、いとおしい。


「カビルンバ、いまの画像、ちゃんと録画しておいてね!」

『まあ、やりますけど……。あまり良い趣味ではないですね』


 カビルンバはお手上げだ、とばかりに菌糸を上に向けた。しかし、ダニエラには伝わらなかったようである。


「殿下フォルダーも増えてきたわね。そろそろ整理しようかしら?」



 賢者の石にまつわる問題が解決して数日がたった。

 その日、いつものようにダニエラとレオナルドは、お城の中庭で仲良くティータイムを楽しんでいた。


「殿下、あれから賢者の石はどうなりましたの?」


 レオナルドが大好きなダニエラ。好きな人に、つい、意地悪したくなった。

 どうなったのかは知っているが、何食わぬ顔で聞いた。

 

「それがな、怪盗悪役令嬢が返しにきたらしい」


 レオナルドは、苦虫をかみつぶしたような顔をしながら言った。明らかにムスッと不機嫌になる。その様子をダニエラは、「尻の穴が小さいやつだ」と思いながらも、ほほえましく思った。まだまだ殿下も子供ね。

 自分のことはすっかりたなの上である。


「賢者の石が無事に、元の場所にもどってきたのですから、良かったではないですか。もちろん今度は、厳重に保管してありますわよね?」

「ああ、もちろんだよ。国王陛下しか開けられない金庫の中に入れてある。さすがの怪盗悪役令嬢でも、あの金庫を開けることはできないだろう」


 うでを組み、うんうんと、満足そうにうなずくレオナルド。その金庫は、ベルモンド公爵家にあったものと同じものであった。

 

 開けることはできなくても、開けさせることはできる。レオナルドは、そのことに気がついているのだろうか? そう思いながらも、言わないでおいた。悪知恵が働く女だと、レオナルドに思われたくなかったからだ。


「殿下もずいぶんと活躍されたそうですわね。私の耳にも聞こえてきておりますわよ。「この国の危機を未然に防いだ優秀な王子だ」って。同年代のお友達が、殿下のことをキャーキャー言っているのを聞いて、ちょっと嫉妬してしまいそうですわ」


 今度はダニエラがムスッとなった。レオナルドの評判はうなぎ登り。年ごろの女の子たちは、レオナルドに少しでもお近づきになりたいと、ねらっていた。あわよくば、自分がダニエラの代わりに王妃になる、と野心を持っている人も、少なからずいるのだった。

 

 そんなダニエラの様子を、おどろいた表情でレオナルドが見た。

 まさかダニエラが嫉妬しているだなんて、考えてもみなかったからだ。

 ダニエラはだれもが認める、レディーの中のレディーだった。そんなかのじょが嫉妬するだなんて……自分は何て罪深い男なんだ。


「ダニエラ、二人きりのときは、レオと呼んでくれるんじゃなかったっけ?」


 レオナルドから向けられた流し目に当てられ、顔が真っ赤になるダニエラ。

 さすがは王子様なだけあって、レオナルドの顔はイケメンだった。中身は少々残念なところもあったが。


「れ、レオ様……」


 見つめ合う二人、寄りそう二人。おたがいの顔は段々近くなり――。

 ガサリ!

 とつぜん背後からした物音に、ビクッとなり、ふり返る二人。

 そこには十三賢者の一人、家政婦賢者のミタが、「しまった!」という顔をして見ていた。

 気まずい沈黙がおとずれた。


「……ミタ?」

「ももも、申し訳ありません殿下!」


 ミタはのぞき見していたことを、これでもか、と言うほどあやまったが、レオナルドのご機嫌は回復しなかった。

 二人のファーストキスは、しばらくお預けとなったのだった。

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