第17話 獲物は確かにいただきました!

「オーホッホッホッホ!」

 

 ベルモンド公爵家の廊下に、怪盗悪役令嬢の高笑いが木霊する。廊下をゆきかう人たちは、何だ何だとふり返る。


「あ! 怪盗悪役令嬢だ!」


 使用人のだれかが言った。かれが指差した方向には、怪盗悪役令嬢がいた。その後ろを、血相を変えてベルモンド公爵が追いかけている。髪の毛をふり乱し、なりふり構わぬその様子は、まさに落ち武者のようであった。


「オーホッホッホッホ!」



 一方そのころ、中庭でダニエラを待つレオナルドは、中々もどって来ないダニエラを心配していた。


「おそいなダニエラ。もしかして、うん……ん? 何だ? こ、これは怪盗悪役令嬢の高笑い!?」


 レオナルドの耳は地獄耳だった。怪盗悪役令嬢の、わずかな声も聞き逃さない。そうさけんだレオナルドの声を聞いた、モーゼスとミタは首をかしげた。


「高笑い……ですか? はて? 私にはサッパリ聞こえませんが……」

「私にも聞こえませんが……あ、見て下さい。何だかあちらが、さわがしいようですよ。何かあったのでしょう」

「高笑いも向こうから聞こえる。行くぞ!」


 ミタはベルモンド公爵家の家人たちが、何やら、あわただしくなっているような雰囲気を感じとった。それは一般人には分からないほどのわずかな変化だった。一人、何が起きているのか状況がつかめないモーゼスも、二人に従って走り出した。


「オーホッホッホッホ!」

「待て! それを返せ!」


 怪盗悪役令嬢とベルモンド公爵の追いかけっこは、そのままの勢いで、庭先へとおどり出た。そこにはレオナルドの指示に従って、すでに宮廷特殊探偵団のメンバーが集まっていた。かれらだけではなく、衛兵たちの姿も多く見られた。

 怪盗悪役令嬢は、自分を捕まえようとして集まって来た衛兵たちを華麗にかわすと、庭にある、大きなアーチの上に飛び乗った。


「怪盗悪役令嬢! やはりお前か! ん? 何だ、その手に持っているものは?」


 レオナルドは目ざとく、怪盗悪役令嬢が手に持っている宝石に気がついた。遠目に見ても年代物の赤い宝石であることが分かった。


「オーホッホッホッホ! さすがはレオナルド殿下、お目が高い。これは私の予告状に書いてあった品ですわ!」


 怪盗悪役令嬢は、高らかにお宝である賢者の石を天にかかげた。

 

「ま、まさか!」

「そのまさかですわ。獲物は確かにいただきましたわ! あ、それと、この偽物のルビーはいりませんので、お返しいたしますわ」


 そう言ってポケットからルビーを取り出すと、ポイとレオナルドの方へと投げた。

 それはもちろん、この日のためにベルモンド公爵が用意していた、おとりのルビーであった。

 

 手のひらの上でルビーを見つめるレオナルド。

 いつもはサファイアのような青いひとみが、いまは燃え上がるかのように、ルビーのように真っ赤に染まっている。

 

 つまりは怪盗悪役令嬢が持っているのが本物の賢者の石。

 賢者の石はやはりベルモンド公爵が持っていたのだ。賢者の石がこの場にあるということは、金塊はこの屋敷で作られているのだろう。


「ベルモンド公爵を直ちに拘束しろ! 屋敷の中に秘密の部屋があるはずだ。すぐに調べあげろ!」


 ハッ! と言う衛兵たちの声がしたかと思うと、かれらは一目散に屋敷の中へと突入していった。

 ベルモンド公爵はすぐに衛兵たちに捕まった。

 その顔はあきらめの表情をしており、先ほどのダンスパーティーのときとは打って変わって、十歳以上も老けこんだかのように見えた。


 レオナルドが思い出したかのように顔を上げると、そこにはすでに怪盗悪役令嬢の姿はなかった。


「またしても逃げられましたな」


 モーゼスが苦笑しながらつぶやいた。だが、怪盗悪役令嬢のおかげで、ベルモンド公爵の悪事が、世に示されることになったものまだ事実。内心は複雑であった。


「殿下、 先ほど廊下で怪盗悪役令嬢とすれちがったのですが、一体何が起こっておりますの!?」

「ダニエラ! 無事だったか。どうやらまた、まんまと怪盗悪役令嬢にしてやられたらしい」


 レオナルドは両手を広げ、肩をすくめた。


「それにしては、あまり残念ではなさそうですわね?」

「そうか? そんなことは……」

「殿下、報告します! かくし部屋を発見し、そこで金塊と大量の鉛、それに裏取引の手紙に、クーデターを起こすための計画書も多数発見しました!」


 衛兵の一人が言った。その報告に満足し、レオナルドは大きくうなずいた。

 そのとなりでダニエラはにっこりと笑っている。

 それを聞いた貴族たちはにわかにさわがしくなった。


「クーデターの計画だって!?」

「もしかして、宮廷特殊探偵団は、それを見つけようとしていたのか? かれらはこの国の救世主だ!」


 あちらこちらで、宮廷特殊探偵団を見直す声が上がっていた。きっかけは、怪盗悪役令嬢が獲物を盗み出したことであった。しかし、そこからベルモンド公爵家の闇の部分を引きずり出したのは、レオナルドたちの手柄であった。

 こうして宮廷特殊探偵団は、何とかその面子を保つことができたのであった。



 そのころ、本物のセバスティアンはと言うと、王都で一番大きな衛兵のつめ所へと自首していた。事前に、「セバスティアン」という凶悪犯が自首してくることが分かっており、つめ所は一時騒然としていた。

 しかし、セバスティアンは暴れることもなくお縄についた。

 

 事前にそのことをつめ所に通達したのは、国王陛下であった。ダニエラにより、セバスティアンが隣国のスパイであり、この国の情報を流していることを、あらかじめ聞いていた。さらに言えば、セバスティアンは特殊部隊の暗殺者であり、大変危険な、国際手配犯でもあった。

 これは、セバスティアンのことを、すみからすみまで、くまなく調査していたカビルンバからの情報であった。

 

 セバスティアンがダンスパーティーの会場で暴れれば、どれだけの人的被害が出るか分からない。衛兵たちも、宮廷特殊探偵団のメンバーも、参加している貴族たちも、無事では済まないだろう。

 そこでダニエラは一計を案じた。カビルンバのカビの胞子を、セバスティアンにバレないように摂取させ、傀儡としたのだ。もちろんセバスティアンを操作するのは、カビルンバである。

 

 そのおかげで、ベルモンド公爵家のダンスパーティーでは、偽物のルビーを首尾良く盗み出すことができた。

 まずはカビルンバが、さわぎに乗じてガラスケースを割ってルビーを盗み出す。その後に、セバスティアンが身体検査を受ける前に、すでに身体検査が終わっているダニエラに、ルビーをわたしたのであった。

 

 それを実行したのは、アームストロングを片付けている際に、ダニエラによって助け起こされたときであった。

 さすがのレオナルドも、まさか二人が協力関係にあるとは思っておらず、気がつかなかったのだ。それに気がつきそうなミタは、絶賛身体検査中であった。

 何もかもが計画通りであったのだ。

 

 受肉したカビルンバは、「私も人間になれた!」と大変喜んだが、それもここまでであった。セバスティアンが絶対に逃げられないように、ガチガチに拘束されたことを確認すると、傀儡を解いた。


「ど、どこだここは! なぜおれは、こんなところにいるんだ!?」

「何を言っている。お前はたった今、自首して来たばかりだろう。くわしい話はタップリと聞いてやる」

「な! は、放せ!」


 セバスティアンは強い。しかし、完全にその牙を封じられていれば、どうすることもできなかった。

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