第16話 怪盗悪役令嬢と賢者の石

 ガックリと肩を落とす宮廷特殊探偵団のメンバーは、まるで落ち武者のようだった。さすがにおおやけの場で、暗に役立たずと言われたのはこたえたらしい。


「殿下、背中が曲がっておりますわよ。もっとシャキンとして下さいませ」


 ダニエラの叱咤にも上の空であった。あきれてため息をつくダニエラ。庭先は帰りの馬車を待つ貴族たちでごった返していた。


「私たちの馬車が到着するまでには、もう少し時間がかかりそうですわね。殿下、私、お花をつみに行って参りますわ」


 お花をつみに行く、とはトイレに行ってくるという意味である。一瞬、「え?」となったレオナルドは、すぐにその意味を理解して、なぜか赤くなった。


「あ、ああ、分かったよダニエラ。一人で大丈夫かい?」

「もちろんですわ。これだけ人がおりますのよ。何かあったらすぐに声を上げますわ」


 こうしてダニエラは一度、ベルモンド公爵家へともどって行った。



 そのころ、ベルモンド公爵はと言うと――


「やったぞ。怪盗悪役令嬢様々だな。これで宮廷特殊探偵団のやつらも、これ以上、私のことを調査することはできないだろう。あとは予定通りことを運ぶだけだ」


 悪役の様に高笑いするベルモンド公爵。そこにセバスティアンがやってきた。


「ベルモンド公爵様、万事うまく行って何よりです。それよりも気になりますね。なぜ、怪盗悪役令嬢は、姿を見せなかったのでしょうか? いつもなら、人前に堂々と姿を現して、自分の仕事がうまく行ったことを、アピールすると思うのですが」

「む、確かにそう言われて見れば、そうだな」


 ベルモンド公爵も何かおかしいと思ったのか、うでを組んで考え出した。そして、かれにとっては、実にいやな結論に到達した。


「まさか、秘密の部屋をつき止めて、本物の賢者の石を盗み出そうとしているのではないだろうな!? こうしてはおれん!」


 ベルモンド公爵はセバスティアンを連れて、賢者の石をかくしている金庫がある部屋へと急いだ。

 公爵家に代々伝わる魔法を使い、秘密のぬけ道へのとびらを開くと、地下室へと一目散に走った。地下室のとびらを開くとすぐに明かりをつけた。そこには以前に部屋を出たときと同じく、いくらかの金塊と、これから金塊に変えるための鉛が大量に積んであった。

 ベルモンド公爵はそれらの合間をぬって、賢者の石が入れてあるおくの金庫へと向かった。

 

 この金庫は自分にしか開けることはできない。いかに怪盗悪役令嬢と言えども、盗み出すことはできないはずだ。そう思いながらも、ベルモンド公爵はふるえる手で、金庫のとびらを開けた。

 

 そこには確かに、ルビーのような賢者の石があった。それをふるえる手で取ると、本物かどうかをじっくりと観察した。そして、ホッと胸をなで下ろした。


「何だ、盗まれてはないではないか。全く、おどかしおって……な、何をする!」


 ベルモンド公爵の手のひらにあった賢者の石を、何者かが、サッ、とかすめ取った。

 おどろいたベルモンド公爵は、あわてて後ろを振り向いた。そして、おどろきのあまりに目玉が飛び出しそうなほど、大きく目を見開いた。

 

 そこには、真っ赤な仮面に、真っ赤な衣装。黒のシルクハットに、黒のマントをかぶった、怪盗悪役令嬢の姿があった。

 その手には、さっきまで自分が持っていたはずの賢者の石が握られている。


「な、なぜお前がここにいる!?」

「オーホッホッホッホ! 先ほどからあなたの後ろにおりましたわ。セバスティアンとして、ですがね」


 ニタリと器用に片方だけの口角を上げて、怪盗悪役令嬢が笑った。その様子はまさに悪役令嬢だった。


「ま、まさか! 一体どうやって、セバスティアンになりすましていたのだ!?」

「それはもちろん、幻影魔法(ミラージュ)を使って変装しておりましたのよ。怪盗悪役令嬢は、「変装の達人」で、「神出鬼没」ということを、もしかしてご存じない?」


 その人を小馬鹿にしたような物言いに、グッと息づまるベルモンド公爵。

 知らぬはずはない。世間の闇をあばき出すのが得意な怪盗悪役令嬢に、いつ自分がターゲットにされるか分からない。そのため、常日ごろから、怪盗悪役令嬢に関する情報は集めていたのだ。


「本物のセバスティアンはどうしたのだ?」

「改心して自首しましたわ。何せあの方、隣国のスパイとして活動しておりましたからね。わが国に不利益をもたらすような人物を、放ってはおけませんわ。これからキツい取り調べが行われることになるでしょう。その中で、あなたの悪事についても、全て明らかになるはずですわ!」

「そんなバカな! あいつが自首するはずはない。何かのまちがいだ!」


 怪盗悪役令嬢が腰に手を当て、胸を反らして、勝ち誇った様に言った。ベルモンド公爵の顔は真っ青になった。

 セバスティアンは、自分がクーデターを起こそうとしていることも、これまで行ってきた、数々のたくらみについても、全て知っている。口が割れれば身の破滅だ。この先生き残るためには、いくらでも金を作ることができる賢者の石が、どうしても必要だった。


「それをよこせ! それは私の物だ!」


 ベルモンド公爵は賢者の石を取り返すべく、怪盗悪役令嬢に手をのばした。

 

「オーホッホッホッホ! なかなか面白いことを言いますわね。これはお城から盗んだ物でしょう? 元々、あなたの物ではありませんわ」


 そう言うと、クルリと身をひるがえし、音も立てずにとびらの方へと逃げた。


「ま、待て! 逃がさんぞ!」


 その後ろを、机の上にあった金塊、鉛をガランガランと押したおしながら、ベルモンド公爵が追いかける。

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