第15話 犯人はどこに

 ベルモンド公爵家ゆかりのルビーが何者かに盗まれ、そうぜんとなるダンスホール。ダンスホールの出入り口は、すぐに警備員によって、厳重に閉鎖された。


「それでは、まずは殿下たちから身体検査を始めましょうか。男性は私が、女性はミタが、調べさせていただきます」


 ダンスホール全体に聞こえるように、モーゼスが大声を上げた。

 

「それではその前に、モーゼス様と、ミタ様の身体検査が必要ですわね?」


 ダニエラの言葉に、辺りは一瞬静寂につつまれた。確かにその通りだ、とだれもがなっとくした。それもそのはず。その二人が犯人ではないという保証は、どこにもないのだから。


「ハッハッハ、確かにダニエラ嬢の言う通りですな。それでは殿下とダニエラ嬢に、私たちの身体検査を行ってもらうとしましょう」


 うれしそうにモーゼスは言った。この子は賢い。必ず殿下の支えになってくれるだろう。この国の未来は明るいな、そう思いながらレオナルドから身体検査を受けた。

 二人はもちろん白であった。そのままレオナルドとダニエラが身体検査を受けたが、こちらも白だった。


 この国の王子と公爵令嬢が、進んで身体検査を受けたことで、それ以下の貴族たちも不満を言うことなく、それに従った。


「とんだ災難でしたわね」

「いえ、この程度のこと、災難のうちに入りませんよ」


 ダニエラは、先ほどから、アームストロングの巨体を一人で片付けている、セバスティアンに話しかけた。セバスティアンは隙のない動きで、サッ、とダニエラに近づくと、貴族に対する丁寧な礼をとった。ダニエラはその仰々しい態度にアワアワとなり、ひざまずいているセバスティアンの手をとって、助け起こした。

 

 ダニエラのとなりにいたレオナルドは、どうしても気になっていたことがあった。それは、セバスティアンが、アームストロングと戦っていたときからしばしば見せている、隙のない動きだ。レオナルドはそのことを、たずねてみることにした。


「君は一体何者なのかい? アームストロングに勝てるやつなんて、そうはいないと思っているのだが。執事にしては動きが良すぎる気がするのだけれども」

「それは……」

「ハッハッハ、殿下、セバスティアンは私の護衛もかねているのですよ。だからそれなりの強さを持っているのです。そこのごろつきと、いっしょにされては困りますな」


 そう言いながら、ベルモンド公爵はアームストロングを見た。どうやらベルモンド公爵の身体検査は、終わったようである。


「……そうか。ずいぶんと優秀な護衛をやとっているみたいだな」


 アームストロングはこれでも、宮廷特殊探偵団のメンバーである。自分たちがバカにされたみたいで、レオナルドは良い気分がしなかった。フンッと鼻息を立てると、ダニエラを連れてその場を後にした。

 レオナルドの視界のはしでは、アームストロングと、割れたガラスケースのカケラを片付け終わったセバスティアンに、身体検査に行くように指示を出している、ベルモンド公爵の姿が見えた。


「本当にいやなやつだな。しかし、このまま本物の賢者の石が見つからなければ、大変なことになってしまう」


 レオナルドも、さすがにあせり始めていた。このままでは、「怪盗悪役令嬢がルビーを盗んだ」として、ベルモンド公爵は済ませてしまうだろう。そうなれば、「ベルモンド公爵が賢者の石をかくし持っている」として、これ以上、捜査をすることができない。


 ベルモンド公爵が、本物の賢者の石を持っている可能性は非常に高い。ベルモンド公爵を、このまま、野放しにしておくわけにはいかない、と考えていた。しかし、これと言って打つ手は見つからなかった。

 

 こんなとき、ダニエラならどう考えるだろうか? レオナルドはダニエラに聞いてみることにした。


「ダニエラ、このままではベルモンド公爵をにがしてしまう。君ならこの状況をどうやって打開する?」


 ダニエラはにこりとほほ笑んだ。


「殿下、まだ終わってはおりませんわ。だって、怪盗悪役令嬢が、まだ、登場しておりませんもの!」


 その一言に、レオナルドはなっとくした。それもそうだ。怪盗悪役令嬢と言えば、派手好きで、みんなの注目を集めることが大好きで、私たちに一言物申さなければ済まない人物だ。このまま私たちに何も言わずに、終わるはずがない。必ずあの高笑いがひびきわたるはずだ。

 このイベントには続きがある。そう感じたレオナルドは、しばらく様子をうかがうことにした。


 身体検査は間もなく終わった。その結果、だれもルビーを持っていなかった。

 ベルモンド公爵家のルビーはこつぜん姿を消したのだった。

 その結果を聞いた多くの貴族たちは、「犯人は一体どこに?」とザワザワとしていた。

 事態を対処するべく、ベルモンド公爵がダンスホールのはしに設けられていた、小さなステージに上がった。


「みなさん、ご静粛に。犯人がこつぜん消えておどろかれているかも知れません。しかし、私にとっては、別におどろくべきことではありません。なぜなら、今日この日、私のルビーを盗み出すと、怪盗悪役令嬢から予告状が来ていたからです!」


 ベルモンド公爵の言葉に、ざわめきがますます大きくなった。それを聞いたレオナルドは思わず舌打ちした。いや、舌打ちをしたのはレオナルドだけではないだろう。おそらくモーゼスも同じことをしたはずだ。


「そこで、怪盗悪役令嬢からルビーを守るために、ひそかに宮廷特殊探偵団の方々をお呼びしておいたのです。ですが結果は……この通り、怪盗悪役令嬢に、わが公爵家の、由緒ある大事なルビーが盗まれてしましたました。そして、犯人も捕まりませんでした」


 悲しそうに肩を落とすベルモンド公爵。伊達にしたたかに社交界を生きぬいてきたわけではない。それは役者顔負けの演技であった。

 ホールはますますざわめきが大きくなった。どこからか、「怪盗悪役令嬢が犯人なら仕方がないか」という言葉も聞こえてきた。

 

 こうして宮廷特殊探偵団の面子が見事につぶされたまま、ダンスパーティーは終了をむかえたのだった。

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