第14話 消えたルビー

 怪盗悪役令嬢が予告状を出しているにも関わらず、いまだにルビーが盗まれる様子はなかった。

 ダンスパーティーは、すでに終わりに差しかかろうとしていた。

 レオナルドは、ベルモンド公爵がみょうな動きをしないか、怪盗悪役令嬢が現れないか、と警戒していたが、特にそんなことはなかった。

 

 そのため、肝心のダンスをおどることを、すっかり忘れていたレオナルド。あわてて、本来の主旨であるダンスをおどるべく、開いているスペースへ、ダニエラを連れて移動した。


「ダニエラ、私とおどっていただけますか?」


 紳士代表の本物の王子様、レオナルドが、実に優雅な仕草で、ダニエラをダンスにさそった。対するダニエラも実に優雅な仕草でそのさそいを受けた。


「もちろんですわ。レオナルド殿下」


 手を取った二人がダンスに交じると、二人の周辺だけポッカリと穴が開いた。

 参加していた貴族たちは、二人が何者であるかを知っている。


 音楽に乗って、二人はすべるようにおどり出した。

 レオナルドとダニエラは、お城で良くダンスの練習をしていた。レオナルドの少しぎこちないリードを、運動神経ばつぐんのダニエラが、たくみにさばいていた。

 ホールの中をクルリクルリと回る二人は、まるで長年寄りそった夫婦のように、ピタリと息が合っていた。


 将来、この国を担うことになる二人。その二人による、まるで双子の妖精のような優雅なダンスを、大人たちはウットリとながめていた。


「みんなに注目されておりますわね」


 ダンスをしてる合間にコソコソと話すダニエラ。周囲に音楽がかなでられているため、小さな声でも聞こえるようにと、耳元で話すダニエラ。すぐ近くにあるダニエラの顔に、レオナルドの胸はドキドキと高鳴っていた。


「そ、そうだな。これで私たちのことも、世間に知れわたるようになったわけだ。ますます気を引きしめなければならないな」

「まぁ、殿下は本当に真面目ですわね」


 クスクスと笑うダニエラを、レオナルドはウットリとしたひとみで見つめていた。



 ダンスも終わり、そろそろダンスパーティー自体の終わりが近づいていた。ダンスホールにはテーブルが出され、軽い食事が提供されようとしていた。


「怪盗悪役令嬢は現れませんでしたわね」

「そうだな。あの予告状は一体何のつもり――」


 レオナルドが全ての言葉を言い終わる前に、ホールにガチャンガチャンと大きな音がなりひびいた。それと同時にいくらかの悲鳴も上がった。

 何事かと音がした方向を見ると、たった今、用意しようとしていた料理が、無残にもゆかに散らばっていた。どうやらウエイターが転んで、料理をぶちまけたようである。あの大きな音は食器が割れた音だったようだ。

 幸い周囲に人はいなかったようであり、ウエイターがしきりにあやまっていた。と、そのとき。別の方向から悲鳴が上がった。


「ガラスケースが! 宝石の入っていたガラスケースが割れているぞ!」


 しまった! とばかりにレオナルドをふくむ宮廷特殊探偵団のメンバーがすばやくガラスケースへと近づいた。もちろんダニエラもいっしょである。

 そこには無残にも、粉々にくだかれたガラスが飛び散っていた。


「あああああ!」


 ベルモンド公爵夫人がかけ寄ってきた。大事な宝石類を全てかざっていた夫人は、だれよりもうろたえていた。そしてそこに残された宝石類を見て、ホッと胸をなで下ろしていた。


「良かったわ。私の宝石は全部無事ですわ」

「何だと!? な、ない! 先祖代々伝わる家宝のルビーがないぞ!」


 当然のことながら、先祖代々伝わる家宝のルビーなどではないのだが、ベルモンド公爵は大げさに周囲に聞こえるように言った。

 内心では「計画通り、怪盗悪役令嬢は偽物を盗んで行った。勝ったぞー!」と思っていたはずである。口角が上がりそうになるのを、必死にこらえている様子であった。


「おい! 急いでとびらを閉めろ。この部屋からだれものがすな。この中に、ルビーを盗んだ犯人がいる」


 アームストロングはどや顔で言ったが、それはだれでも分かる事実であった。だがアームストロングがこわくて、だれもその事実を言わなかった。


「犯人はお前たちのだれかだろう? 弁解は後で聞くぜ!」


 ガラスケースを見張っていた兵士たちが犯人だと勝手に決めつけたアームストロングは、その者たちに猛獣のようにおそいかかった。


「ひええ!」

「お、オレはちが……ぶべら!」


 次々とたおされていく兵士たち。その周囲にはポッカリと空白が開いていた。だれも次のターゲットにはなりたくなかった。


「おや? 怪盗悪役令嬢が化けているにしては歯ごたえがないな。もしかしなくても、オレの方が強いってことなのか? そら、次はお前だ!」


 そう言ってアームストロングは、ベルモンド公爵の執事であるセバスティアンにおそいかかった。セバスティアンも、四六時中ガラスケースの警備についていたのだ。犯人と見なされても仕方がないかも知れなかった。

 

 だれもが他の兵士たちのように無残にたおされる! と思ったそのとき、セバスティアンは、こともなげにアームストロングの拳を止めた。ギリギリと、つかみ合った状態になる。


「やるじゃねぇか。もしかしてお前が怪盗悪役令嬢か?」

「何を言っているのですか、あなたは。こんな野蛮なことをしなくても、身体検査をすれば済むだけの話でしょう?」

「オレに意見するとは、何様のつもりだ!」


 パッとはなれると、アームストロングは再びおそいかかった。それをヒラリとかわし、けりをたたきこんだセバスティアン。かなりのダメージを受けているようだったが、どうやら腹筋は固かったようである。


「や、やるじゃねぇか」


 それでも果敢にせめるアームストロング。しかし、パワーだけのアームストロングでは、スピードでまさるセバスティアンには、かなわなかった。

 結局一度も攻撃を当てられずに、セバスティアンにたたきのめされた。周囲では大きな拍手が上がった。


「殿下、アームストロング様を目指すと、ああなりますよ」

「そ、そうだな。ダニエラに言われた通り、今後はジークフリートにきたえてもらうことにするよ」


 顔を引きつらせながらレオナルドは言った。帰ったらすぐにあの本を燃やしてしまおう。レオナルドは強く思った。


「それではみな様、まことに申し訳ありませんが、身体検査をさせていただきます。この中のだれかが、ベルモンド公爵家の大事なルビーを持っているはずですからね」


 宮廷特殊探偵団を率いる大賢者として、モーゼスが取り仕切った。「それよりも、十三賢者の一人として、あの男をどうにかするべきなのでは?」という声が聞こえないこともなかった。

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