第13話 ダンスパーティー
ベルモンド公爵家のダンスホールには、大勢の人影があった。
数十年ぶりに開催された、ベルモンド公爵家主催のダンスパーティーには、物めずらしさに多くの貴族たちが集まった。
ダンスホールとその周辺には、屋敷内からかき集めた品々が所せましとかざってあった。そのため、このダンスホール周辺を除く場所に行ってみると、部屋の中はガランとしており、何もない廊下がひたすらに続いていた。
「こんなに人が集まるだなんて、思っても見ませんでしたわ。ホホホ」
ベルモンド公爵夫人は大変ご満悦だった。何せ、ベルモンド公爵にとついでから、一度もこのようなダンスパーティーをしたことがなかったのだから。夫に不満はもちろんあった。しかし、腐っても王族の血縁者と言うこともあり、口に出すことはできなかった。
ベルモンド公爵としては、クーデターのあとのことを考えて、この場で多くの仲間を集めるつもりだった。しかし、怪盗悪役令嬢からの予告状によって、それどころではなくなった。
あの予告状が来てから、賢者の石による金塊の作成は縮小しており、資金の流れがとどこおりつつある。たのみの傭兵団からもさいそくの手紙が届き始めていた。
何としても、今日で決着をつけなけらばならない。ベルモンド公爵はそう意気ごんでいた。
「室内のダンスパーティーにしておいて良かったな。これだけ人が多ければ、怪盗悪役令嬢も犯行におよぶことはできまい」
「そうですわね。宝石を展示しているケースは、分厚い防弾ガラスになっていますし、常に警備の者を立たせていますからね。盗まれることはありませんわ」
ベルモンド公爵の提案により、ダンスホールの一角に、宝石類の展示スペースが設けられていた。そこには、最近ベルモンド公爵夫人が集めている、お高いジュエリーの数々も同時に展示してあった。今身につけている宝石も、大変価値があるものだったが、展示してあるものも、大変高価であった。つまり、単に夫人が、自分のジュエリー自慢をしたかっただけである。
それでもその宝石の数々は本物であり、多くの客が展示スペースをおとずれては、感嘆の息をもらしていた。
そんな中、周囲に目を光らせている人たちもいた。そう、宮廷特殊探偵団のメンバーである。本日は招待客のレオナルドの他に、モーゼスとアームストロング、それにミタの姿もあった。
「本当に怪盗悪役令嬢は現れるのかな?」
レオナルドは、お互いにうでを組んで、いっしょに歩いているダニエラに声をかけた。その声はどこか緊張していた。それもそのはず。ドレスアップしたダニエラの姿を見て、緊張しているのだ。
いつもよりも胸元が開いているドレスは、レオナルドの目をくぎ付けするのに十分だった。きわめて正常な男子の反応である。
「どうなのでしょうかね? これだけ人がいる中であの宝石を盗み出したら、この会場の人たちは、大変おどろくでしょうね」
そんなこととはつゆ知らず、ダニエラは周囲の様子を見ては楽しんでいた。会場にはダニエラの両親の姿もあり、どうもこちらの様子を、チラチラと確認しているかのようであった。その目は「この状態で、本当にアレを盗めるのか」という、疑問に満ちた目をしていた。
「殿下、例の宝石を見に行きませんか?」
「ああ、そうだな。ダニエラは見たことがないんだったな。せっかくだから見てみるといい。似ていると言えば、似ているぞ?」
ガラスケースには二人の兵士と、ベルモンド公爵家の執事、セバスティアンがベッタリとついていた。その目は、ガラスケースについた指紋一つ見のがさない、と物語っていた。
「これが例のルビーですわね。確かに切り口も新しいし、くすみもない。最近加工したものみたいですわね。でも確かに、賢者の石に見えなくもないですわね」
「そうだろう? 怪盗悪役令嬢は、これを本物の賢者の石と見まちがえたのかな?」
レオナルドは首をひねった。何でこれが賢者の石と結びついたのか、それが分からない。
「と言うか、怪盗悪役令嬢は、本物の賢者の石を見たことがあるのかな?」
「どうなのでしょうね? 単に、「うわさになっているから盗み出したいだけ」なのかも知れませんよ。怪盗の美学、というものではないでしょうかね」
「怪盗の美学ねぇ? 私には理解できそうにないよ」
ダニエラの意見に苦笑いするレオナルド。
「まあ、殿下は浪漫がありませんわね」
あはは、と笑うレオナルド。王族たるもの、浪漫を追いかけるわけにはいかない。常に明日を、未来を見すえなければならないのだ。一時的な感情で物事を判断してはならない。そのことを、レオナルドは帝王学から学んでいた。
しかし、レオナルドも一人の男の子。浪漫を求める気持ちも、なきにしもあらずだった。
二人がそれともなくベルモンド公爵を観察していると、どうにも落ち着かない様子で、終始ソワソワとしていた。その結果、だれも話しかけられないでいるようだった。その様子を見て、二人はひそかにほくそ笑んだ。
「どうやら、お仲間を集めている場合ではなさそうだな」
「そのようですわね。このダンスパーティーは、お仲間を集めるつもりで開催したはずですからね。いい気味ですわ」
ベルモンド公爵がクーデターをもくろんでいることは、もちろんダニエラにも話していた。そして二人は、このダンスパーティーが、仲間集めに使われるだろうと、警戒していたのだった。怪しい様子を見せたら、さりげなく近づいて情報収集する。そんな約束になっていた。
「これであきらめてくれたら良いのだがな」
「そうですわね。でも、長年にわたって計画していたのでしょう? 賢者の石を持っている限り、あきらめないのではないでしょうか?」
「……そうかもな。それにしても、一体どこにかくしてあるんだ? ミタでも探しきれないとなると、お手上げだぞ」
そんなミタは、参加している夫人たちの周囲をガ、ではなく、チョウのように飛び回り、おくさま方のうわさ話を集めては手帳に記録していた。好奇心旺盛なミタはゴシップネタが大好きだったのだ。社交界のどんなネタでもにぎっている。それがミタという生き物だった。
「地下室も見つからなかったみたいですしね」
「ああ、そうなんだよ。だが、このような王族が住むような建物には、必ず非常用の秘密のかくし通路があるはずなんだ。でも、それさえも見つからなかったんだよな。そこがますます怪しい。だが……」
「その場所を知っているのは、ベルモンド公爵だけなのですよね」
「そうなんだよな~。ベルモンド公爵が「知らない」と言えば、見つけようがないんだよな」
いざと言うときのための秘密の場所を、おいそれと教えてくれるはずもなかった。「怪盗悪役令嬢がねらっているのはこのルビーだ」と言われてしまえば、それ以上追求することはできなかった。
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