第12話 捜査のゆくえ

 宮廷特殊探偵団の様子を監視していたダニエラは、レオナルドのある言葉が気になった。


「ねえ、カビルンバ。どうして殿下は、ミタ様の好きな食べ物を聞いたのかしら? ハッ! もしかしてだけど、殿下は熟女の方が好みなのかしら?」

『いえ、それはないと思いますよ。ミタは還暦をむかえたばかりです。さすがに年の差がはなれ過ぎでしょう。ですが、もしかして……』

「もしかして……? まさか殿下は、ベッドの下にいかがわしい本を、かくしてるわけではありませんよね!?」

『ち、ちがいます。そのようなものをかくしておりません。ですが……』

「ですが?」


 ダニエラは追及の手を止めなかった。

 気になる。未来の夫がベッドの下に一体何をかくしてあるのか、気になる。


『その代わりと言うわけではないですが、お嬢様にあてた書きかけのラブレターだとか、筋トレの本などが少々……』

「ラ、ラブレターですって!? そのようなもの、まだ殿下から、一度ももらったことありませんわよ!? 手紙を書くのは苦手だと言っておりましたが、まさかラブレターを書いていたとは。

 見たい。どのようなことが書いてあるのか、見てみたい……! それよりもカビルンバ、筋トレの本って何ですか?」

『はい、アームストロングが書いた筋トレの本ですね。「健全な筋肉に健全な精神が宿る」だとか、「推理力を高めるにはまず筋肉作りから」とか、「婚約者を魅力する、魅惑の筋肉の作り方」とか……』

「カビルンバ、その本、全部まとめて燃やしておいて」


 その声の冷たさに、背中がゾクッとしたカビルンバ。

 この話はお嬢様に決して聞かせてはならなかったのだ。「レオナルド殿下の知られたくない秘密」を話してはいけなかったのだ。

 

 これはまずい。もしそんなことをすれば、王宮放火事件として、とんでもない騒動になるだろう。「レオナルド殿下、暗殺未遂か!?」などというゴシップ記事が、すぐにでも書かれることになるだろう。


『落ち着いて下さいお嬢様。むしろ、ラッキーだと思うべきです』

「ラッキー?」


 解せぬという表情をかくしもせずに、ダニエラはカビルンバを見つめた。ここでお嬢様を止められるのは自分しかいない。何としてでも止める! カビルンバは、スーパーコンピュータなみの頭脳をフル回転させた。


『そうです。レオナルド殿下がアームストロングのように、脳筋になろうとしていることが分かったのです。それならば、お嬢様がそれをたしなめて、レオナルド殿下をコントロールすれば良いのです。そうすれば、レオナルド殿下はお嬢様の思いのままですよ』

「そう?」

『そうですとも。お嬢様の的確な助言に、きっとレオナルド殿下も、お嬢様のことをほれ直すこと、まちがいなしですよ!』

「そうね、そうするわ。ありがとうカビルンバ」


 何とか王宮放火事件の主犯格にならなくてすんだ。カビルンバはホッと胸をなで下ろした。もちろんカビなので、胸などはない。ただの菌糸ジョークである。



 翌日、ダニエラはお城の中庭にレオナルドに会いに来ていた。目的はもちろん、ベルモンド公爵家主催のダンスパーティーに参加するための打ち合わせである。


「よく来てくれたね、ダニエラ。今日は何の用かな?」


 怪盗悪役令嬢から予告状が来たことも、ベルモンド公爵家を家宅捜査したことも、どちらもダニエラに秘密にしているレオナルド。その後ろめたさから、少しダニエラから目線をそらして、当たりさわりのない会話を始めた。

 

 が、しかし。ダニエラは全てを知っている。

 いつもの堂々とした態度とはちがい、どこか挙動不審なその態度をするレオナルド。それをかわいらしいと思いながらも、そのことを話さないレオナルドに、不信感をつのらせつつあった。


「あら? 殿下の元には予告状が届いておりませんの?」

「よ、予告状!? 怪盗悪役令嬢からの予告状など、私のところには来ていないぞ!?」


 明らかに動揺するレオナルド。その慌て様に溜飲が下がったダニエラは、今回は許してやることにした。

 

「ああ、予告状ではありませんでしたわ。招待状でしたわ。ベルモンド公爵家で開催されるダンスパーティーの招待状が、殿下にも来ているのではありませんか?」

「ああ、何だそっちか。それなら来たぞ。そうか、今日はダンスパーティーの打ち合わせに来たのだな」

「そうですわ。一体何しに来たのだと思ったのですか?」


 ダニエラの意地悪は恋の裏返しである。好きな男の子の意識をこちらに向けたい、ただそれだけである。本人に悪気はいっさいない。

 

 しかし、それをやられたレオナルドは思考の沼に入りつつあった。

 怪盗悪役令嬢からの予告状を秘密にしたままでいいのか、昨日行った、ベルモンド公爵家への家宅捜査のことを、秘密にしたままでいいのか。

 それよりもまず、それらがバレたときに、ダニエラにきらわれないか。一体、どうすればいいのか。

 男レオナルドは決心した。


「ダニエラ、その前に大事な話があるんだ」


 そう言うと、後ろにひかえているモーゼスに目配せを送った。その意味を正確に理解したモーゼスはひとつうなずいた。

 モーゼスから許可をもらったレオナルドは、昨日あった出来事をダニエラに話したのだった。



「まあ、そのようなことがありましたのね。宮廷特殊探偵団としてのお仕事、おつかれ様でしたわ」

「お、おう。ありがとう?」


 ダニエラの言葉に困惑をかくせないレオナルド。いつものダニエラなら、なぜ自分に言わなかったのか、なぜ自分をいっしょに連れて行ってくれなかったのかと、この場で地面に転がって、だだっこのようになるはずなのに。

 レオナルドは首をかしげながら、ダンスパーティーの打ち合わせを続けた。


「ついに私たちも社交界デビューになるな」

「そうなりますわね。本当は十五歳からが正式な社交界デビューですけど、私たちにはそれが当てはまりませんものね」

「苦労をかけてすまない、ダニエラ」

「何を言っているのですか。これでも私はしっかりと楽しんでおりますよ?」


 イタズラっぽく笑うダニエラを見て、ならばよし、とレオナルドも笑顔を返した。

 

「それよりも殿下、最近、筋トレをしているそうですわね?」

「ど、どこでそれを!?」

「殿下、筋トレをするのは構いませんが、アームストロング様のように、脳みそまで筋肉になってはなりませんよ。目指すなら、そうですね、アームストロング様のような、ゴリゴリのゴリマッチョではいけませんわ。ジークフリート様のような、しなやかで美しい筋肉を目指して下さいませ」


 ジークフリートは王宮騎士団の騎士団長の名前である。世間一般ではこの国で一番強い騎士だと言われている、御年四十を超えるナイスガイだ。


「ジークフリートを……? ハッ! もしかしてダニエラは、ジークフリートみたいな、ナイスミドルが好みなのか!?」

「……え? 何の話ですの?」


 どこまでも似たもの夫婦の二人であった。

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