第11話 アリバイ工作のゆくえ

 宝石類が置かれた部屋を後にした一行は、念のため、他の部屋も調査することにした。しかし、公爵家の部屋数は、ゆうに百部屋をこえる。全ての部屋をゆっくりと調査していたらいくら、いくらネコの手を借りても、足らないだろう。

 そのため、レオナルドはさらりと、部屋を見て回るだけのつもりだった。

 それを聞いたベルモンド公爵たちは、「気が済むまで好きにして下さい」と言って、どこかへと去って行った。もちろんベルモンド公爵が、裏で何かをしていないか、監視つきではあったが。

 使用人に案内されながら、部屋を捜査していると、ミタが先ほど自分が気づいたことを二人に話した。


 ミタはおばちゃんのような体型をしており、年齢は秘密だった。レディーに年齢を聞くことが失礼なことくらい、レオナルドでもわきまえている。髪はダークブラウンをしており、目は少し赤みが入った茶色である。しかしその目のおくは、何を考えているか分からない、不気味な光を宿していた。

 ミタの趣味はうわさ話を集めること。どんなうわさ話にもくらいつく、好奇心旺盛な人物だった。得意技は、人がかくしている物を見つけることである。


「殿下、モーゼス様、かれらの話はウソですね」

「ウ、ウソだって!?」


 ウソだとは全く思っていなかったレオナルドは、おどろきの声を上げた。それもそのはず。アームストロングが言った「戦争」の二文字が消えて、安心していたところに、再びその二文字が走ってもどってきたのだから。


「一体、どう言うことかな?」


 モーゼスはベルモンド公爵のことを、どこかあやしく思っていたが、決定打に欠けていた。違和感をいだいていたが、それが何なのかが分からない。ミタが何かヒントをくれるのならば、それにこしたことはなかった。


「あのルビーは、最近あそこに置かれたものですね。それだけでなく、あそこにあった宝石の全てが、そうなのでしょう。おそらく、夫人のものを勝手に持ち出して、あそこに置いたのだと思います」

「どうして、そう思うんだ?」


 理由が分からないレオナルドは、首をかしげて聞いた。

 

「それは、あそこに置かれていた宝石が、新しすぎるからですよ。あのルビーで言えば、カット面は、つい最近加工されたかのように、整っていました。もし本当に歴史がある品物であるならば、もっとくすんでいたり、傷が入っていたりしても良いはずです」


 なるほど、うなずくモーゼス。宝石類に全く興味がない者にとっては、確実に気がつかない視点だろう。むしろ妻がほしそうに宝石を見ていたら、全力で逃げることを選択するだろう。

 

「ふむ、となると、あそこに置いてあった宝石は、我々の目をあざむくために、あそこに置いてあったと言うわけだな。夫人に話を聞ければ良かったのだが、あいにくの留守……」

「おそらくそれも、ベルモンド公爵が仕組んだことなのでしょう」

「まさかこちらの動きが読まれているとはな……」


 レオナルドはそう言ったが、動きが読まれていないと思っていたのは、レオナルドとアームストロングだけだった。そのころアームストロングはとゆうと――



「おいお前、俺の名前を言ってみろ」


 アームストロングは一人の善良な使用人を捕まえ、理不尽な尋問を始めた。丸太のように太いうでが、ガシリと使用人の方をわしづかみにしていた。その様子は、まるで体育館の裏に呼び出された生徒のようである。とても賢者と呼ばれるような人物がすることではない。

 

「十三賢者のアームストロング様で……?」

「そうだ。俺が言いたいことは分かるな?」

「わ、私は何も知りません。私は無実です!」


 必死に手を組み、懇願する使用人。それを見た他の使用人たちは、我先にとその場からダッシュで逃げ出していた。公爵家の広い中庭にいるのは二人だけであった。


「それじゃあ、あやしいやつらは見かけなかったわけだな?」

「そ、そ、そ、そうです。もしそんな人が侵入すれば、すぐに番犬がおそいかかるはすです!」


 しかしそのたのもしき番犬は、今では老犬の一匹だけとなっていた。そしてその一匹も、アームストロングの姿を見て、一目散に小屋へと引きこもっていた。

 あやしいやつを見つけて、話をつけようと思っていたアームストロングは、出鼻をくじかれた状態であった。目撃情報がなければ、捕まえようがなかった。


「あやしいやつはいないか……。よし、それじゃ後は、壁を片っぱしからなぐるとするか」

「ひええぇ!」


 こうして公爵家の庭に、ガンガンと壁をなぐる音がひびきわたった。その結果、「外部に異常なし」と結論づけた。



 先ほどのルビーが、自分たちの目をあざむくためのアリバイ工作だと判断した三人は、室内に異常がないかを徹底的に探した。宮廷特殊探偵団が来るのが分かっていたとは言え、それほど準備する時間はなかったはず。必ずどこかに証拠が残っているはずだ。

 そう思いながら、部屋をくまなくさぐっていると、ミタは次々に夫人のへそくりを発見した。一つのふくろに入っている金額は少ないが、色んな場所にあったので、ちょっとした額になっていた。


「ミタはかくしてある物を探すのが得意だよね?」

「そうでしょうか? この程度、かくしているうちに入らないと思いますが……」


 いまだに夫人のへそくり一つ見つけることができていないレオナルドは、ミタの手腕におどろきをかくせなかった。ミタにかかれば、自分の部屋にかくしてある秘密の本も、すぐに発見されるのではないか? レオナルドは恐怖した。


「おや、これは……」

「ミタ、何か見つけたのか!?」

「どうやらベルモンド公爵がかくしていた、いかがわしい本ですね」


 レオナルドは目の前が真っ暗になりそうになった。ミタの能力をダニエラに知られるわけにはいかない。何とかしてミタを自分の味方に引き入れなければ……。


「ミタの好きな食べ物は何だい?」

「どうしたんですか、急に? そうですね、大福が好きですね」

「ふむふむなるほど。大福ね」


 モーゼスは察知した。レオナルドがミタを餌付けしようとしていることに。

 結局のところ、大量のへそくりと、いかがわしい本を発見したものの、裏取引の手紙や、クーデターを起こそうとしているような証拠を、何一つ見つけることはできなかった。

 どこかに秘密の部屋があり、そこに全てがかくしてあるのでは、と考えられたが、屋敷が広すぎて、とてもではないが捜索しきれなかった。

 宮廷特殊探偵団は、ベルモンド公爵にさらなる不信感をつのらせたが、何の証拠も見つけることができなかった。

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