第10話 探検、発見、ベルモンド公爵の家

 ベルモンド公爵家を宮廷特殊探偵団のメンバーと、衛兵たちが取り囲んだ。ガサ入れの許可証はすでに準備済み。いつでも中にふみこむことができる体勢が整った。


「それでは参りましょうか」


 モーゼスがそう言うと、脳筋賢者のアームストロングが入り口の門をけり破った。


「ガサ入れだ、オラァ!」


 ガシャンガラガラ。けりたおされた金属製の門が派手にふき飛んだ。その様子をベルモンド公爵家の家人たちが、あっけにとられて見つめていた。辺りは息苦しいほどの静けさに包まれた。


「アームストロング、門をこわす必要はなかったと思うんだが。修理代はだれがはらうと思っているんだ?」


 ジロリとレオナルドがにらんだ。殿下のそんな様子には気づくこともなく、のっしのっしと玄関へと進んで行った。刃向かう者がいれば、あっという間に猛獣のえじきとなるだろう。

 その後ろに、頭をかかえながらモーゼスが着いて行く。かれの使命は、これ以上アームストロングが暴れないように、監視することである。


 門をこわされた音を聞きつけて、ベルモンド公爵が屋敷から出てきた。その様子は、すでに宮廷特殊探偵団が来ることを、想定していたかのようであり、堂々とした態度であった。

 いや、「王族などには、引かぬ、こびぬ」とでも思っているのかも知れない。非常にぞんざいな態度であった。


「これはこれはみな様、ご機嫌よう。一体、何の用でしょうか? 門は開閉できますので、こわす必要はないのですが、もしかしてご存じない?」


 片方のまゆを器用にあげ、明らかに馬鹿にした態度でたずねた。それを聞いたアームストロングは、すぐにになぐりかかろうとした。しかし、それを予知していたモーゼスが、すでに拘束の魔法で、アームストロングの身動きをふうじこめていた。

 身動きができないアームストロングにかわり、レオナルドが言った。


「もちろん知っているとも。だが、けり破って入った方が格好いいだろう?」


 レオナルドもレオナルドで負けてはいなかった。そんなイヤミ全く気にすることもなく、家宅捜査を行うための許可証を、ベルモンド公爵につきつけた。


「これより賢者の石を盗み出した容疑で、ベルモンド公爵家を家宅捜査する。たとえ文句があったとしても、公の意見は求めない」


 脳筋は脳筋を呼ぶ。レオナルドは早くも、アームストロングに感化されようとしていた。このままではまずい。モーゼスに緊張が走った。

 このまま脳筋殿下になってしまえば、まちがいなくダニエラ嬢に愛想をつかされてしまう。それだけは何としてでも、さけなければならなかった。すぐにモーゼスは一計を案じた。


「それでは家宅捜査に入ります。そうですね、広いですし二手に分かれましょうか。アームストロングは外を、残りは屋敷内を捜索することにしましょう」


 三対一。明らかにいじめのような構図であったが、だれも文句は言わなかった。

 

 腐っても公爵家である。ベルモンド公爵家の屋敷は、とても広かった。広い庭の捜索は、体力に自信がある、アームストロング一人に任せ、三人は室内へと進んだ。その後ろからは、かれらを監視するためか、ベルモンド公爵と、その執事のセバスティアンがついてきていた。

 

 事前に、宮廷特殊探偵団がくることを知っていたベルモンド公爵は、その日に夫人が留守になるように仕向けていた。余計なことを口に出しそうなじゃま者を、ベルモンド公爵が先に排除していた、と言ってまちがいはなかった。


 ベルモンド公爵家は、まさに王族の離宮と言っても良いほどの建物であった。

 クリーム色のレンガ造りの壁に、オレンジ色の屋根を持ち、いくつもの尖塔が天に向かってのびている。屋敷自体はコの字型をしており、両翼が、まるでこちらを囲いこむかのように、威圧しているようだった。


 これは室内を調査するのは骨が折れそうだと思いながら、宮廷特殊探偵団は屋敷の中へとふみこんだ。外見の壮大さとは裏腹に、屋敷の中はガランとしていた。貴族や、お金持ちが好むような、高価な絵画や彫刻などはほとんどなかった。

 さすがに備え付けのシャンデリアはゴージャスだったが、それと部屋の中に置いてある物のコントラストが、どうもちぐはぐに感じた。


「これほどまでに骨董品がないのは逆に不自然ですね。むしろ、昔からあったものを売りはらって、お金にかえたような感じすらありますね」


 家政婦のミタが、レオナルドとモーゼスにだけ聞こえるような声で言った。確かによくよく見てみると、貴族の屋敷には定番である、花びんに生けた美しい花もなく、さびしい廊下が続いていた。

 節約したお金は一体どこに流れているのか。疑問はますます増えるばかりであった。


「ところで気になったのだが、怪盗悪役令嬢の予告状に思い当たる節はあるのか?」


 レオナルドは率直に、ベルモンド公爵にたずねた。もしかすると、本当に怪盗悪役令嬢は、思いちがいをしているのではなかろうか。その質問に、ベルモンド公爵は待ってましたと言わんばかりに答えた。


「もしかして、という物はあるのだが、見てみるかね?」


 そう言うと目配せをして、自分に着いてくるように言った。連れて行かれた先は、宝石類をまとめて展示してあるスペースのようだった。ガラスケースの中の黒いビロードの上に、指輪やネックレスなどの宝石が並べられている。

 男連中は特に何も感じないようであったが、ミタはちがった。

 

 どの宝石も、今流行の意匠をこらしたものばかりである。これらはつい最近買い集めたものだろう。

 通常、ベルモンド公爵のような古くから続く家柄の家庭には、代々伝わる、古めかしいタイプの宝石があるはずである。

 今の流行からはすたれてはいるが、歴史的価値は非常に高く、たとえ宝石がくすんでいたとしても、その価値は十分に高かった。

 しかしそこには、そのような物はいっさいなかった。

 

 これはあやしい。おそらくここにある宝石類は自分たちに見せるために、わざわざここに持ってこられたのだろう。夫人がいないところを見ると、おそらく夫人の部屋のジュエリーボックスから、勝手にこの場所に持ち出したものだろうと、ミタは見た。


「おそらくこれが、怪盗悪役令嬢がねらっているルビーだろう」


 ベルモンド公爵が指し示した場所に、真っ赤なルビーが鎮座していた。まるでさっき加工されたかのように、キラリとかがやくそのルビー。

 それは、遠目に見れば、お城にあった剣の柄におさまっていた賢者の石と、似ているような気がしなくもなかった。


「なるほど。確かに似ていますが、全く別の代物ですね。怪盗悪役令嬢がこれを、本気で賢者の石だと思っているのですかね。この宝石はいつからここにあるのですか?」


 ルーペを出すまでもなく、それが偽物であることを看破したモーゼスは、何かベルモンド公爵がかくしていないかと探りをかけた。

 

「さぁな? 何しろ古い物だからな。いつからそこにあるのか分からんよ。私が生まれたときには、すでにそこにあったはずだからな」

「そんなに昔からあるのなら、賢者の石と思われても仕方がないのかも知れないな。怪盗悪役令嬢も本物を見たことはないだろうからな。このルビーが賢者の石だと言われることは、これまでにあったのか?」


 賢者の石が偽物だと分かったレオナルドは、安心したような表情で、うわさの出所を探った。


「いえ、聞いたことはありませんが……。セバスティアンは、何か、うわさを聞いたことはないかね?」

「いいえ、聞いたことはありませんね。しかし、最近出入りしている商人がたまたまこの宝石を見て、そのようなうわさをした可能性は、十分に考えられると思います」

「なるほどね。そこからうわさが立ったのかな? それが怪盗悪役令嬢の耳に入った、ということか」


 一人で自分の推理になっとくしているレオナルド。モーゼスは本当にそうなのか、と思案顔であった。しかしミタは、先ほどまでのベルモンド公爵たちの話が、ウソであることを見ぬいていた。

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