第9話 家宅捜査は大胆に
アームストロングの、戦争という言葉に敏感に反応したレオナルド。そのような言葉が、物騒な人物の口から出たことに、背筋が凍る思いがした。
「どうしたんだ、アームストロング。すいぶんと物騒なことを言い出すじゃないか」
「物騒などとは心外ですね。あのベルモンド公爵一族なら、それをやりかねない、ということですよ」
自信満々に言うアームストロング。なんで、戦争とベルモンド公爵家とがつながるのか。イマイチつかめていないレオナルドに対して、モーゼスは合点が行ったようだった。
「まさか、お金を集めてクーデターを起こそうとしている、とでも言うつもりかね?」
「ク、クーデター!?」
平和ボケしているレオナルドには、あまりにもショッキングな内容だった。クーデターが何を意味するかくらいは、レオナルドでも分かる。しかし、そんなことをくわだてる人物がいるとは、とても思えなかったのだ。
レオナルドの父親である国王陛下の統治は、歴代を通じても大変すばらしいと評価されている。そのため国内外からは「賢王」と呼ばれている。それを引きつぐことになる、次代の王であるレオナルドは、その重圧におしつぶされそうになることもあった。
だがそのたびに、レオナルドは、「私にはダニエラがいるから大丈夫だ」と、自分に言い聞かせていた。何だかんだでレオナルドは、それだけダニエラを信頼しているのだった。
「なんでそんなことを……」
「そりゃあ殿下、戦争がしたいからに決まっているだろ。どうやらやつらは俺にケンカを売っているようだな。その心意気やヨシ。俺が直々に相手してやろうじゃあないか」
「だまらっしゃい! なんでお前は、いつも泣くまでなぐることしか考えていないのだ」
モーゼスは大きな、大きなため息をついた。アームストロングが事件を処理すれば、必ず死傷者が大量に発生する。変な情報をアームストロングの耳に入れたくはなかった。しかし、もうおそかった。
「ベルモンド公爵のところに乗りこむんだろう? もちろん俺も行くぜ」
「まあ、そう言うことになるのかな? 家宅捜査には必ず行かなければならない。そしてそこで、絶対に賢者の石を見つけ出さなければいけないからな。怪盗悪役令嬢よりも先に見つけて、今度こそアイツの鼻を明かせてやる!」
レオナルドもレオナルドで、本来の目的とはちょっとちがう方向に進もうとしていた。
この二人の世話をしなければならないのか。一人ではとても無理だと判断したモーゼスは、助っ人を呼ぶことにした。十三賢者の一人、どんなかくし事でも探し出すことができる、家政婦賢者のミタである。
「それでは殿下、さっそくベルモンド公爵家へ、家宅捜査をしに行くとしましょう。と言っても、この予告状と同じ物が、相手側にも届いているのですよね? それならば、すでに何かしらの手を打っているでしょう。見つけるのは難しい、かも知れませんね」
「それでも証拠を見つけて見せるさ。それが宮廷特殊探偵団の役割だからな」
「だな! 怪しいところを全て破壊すれば、必ず何か証拠が出てくるさ」
レオナルドがそう言うと、アームストロングは大きくうなずいた。モーゼスはすぐさまミタを呼びに走った。
その様子を、カビルンバが作り出した、有機ELディスプレーでながめるダニエラ。その顔は口元を器用に片方だけつり上げ、にんまりと笑っていた。その表情はまさに、悪役令嬢その者だった。
そんなお嬢様の様子に若干引きながら、カビルンバは映像から読み取れた情報を話した。
『今回は殿下とモーゼスの他に、脳筋賢者アームストロングと、家政婦賢者ミタが一緒に同行するみたいですね。ミタは役に立ちそうですが、アームストロングを採用したのはなぞですね』
「屋敷の使用人を拷問するんじゃないの? あとは、壁をひたすらなぐって、かくし扉を探し出すとかかしら」
ダニエラの物騒な物言いに、「十三賢者たる者が、そんな野蛮なことはしないだろう」と一瞬思った。しかし、相手はアームストロングである。その可能性は非常に高いと評価した。
『衝撃映像がとれるかも知れないので、お嬢様にはモザイク加工をほどした物を、あとで見せるという形でよろしいでしょうか?』
「そ、そうね。どうなったか、結果だけ聞こうかしら」
これまでアームストロングが行ってきた、蛮行の数々をかんがみると、その方が良いような気がした。レオナルドがそれに感化されて、とつぜん筋トレを始めないかだけが、今のダニエラの不安要素だった。
『それではそのかわりに、ベルモンド公爵家の方を映しますね』
カビルンバはすぐに、画面をベルモンド公爵家サイドに映しかえた。そこにはイライラと自室の中をうろつく、ベルモンド公爵の姿が映し出された。
「何をしているのかしら?」
『おそらくは、執事のセバスティアンの帰りを待っているのでしょう。偽物のルビーの準備は、かれがしているみたいですからね』
「セバスティアンの方はどうなの?」
『心配ご無用です。どこの宝石店でルビーを購入したのか、どこの工房で加工しているのか、どちらもすでに裏付けをとってあります』
エヘン、とカビルンバは胸を張った。超がつくほどの優秀な部下であった。
「さすがはカビルンバね。ご褒美は何がいいのかしら?」
『ご褒美として、常にお嬢様から魔力をいただいておりますので、特に必要ありません』
カビルンバの動力源はダニエラの魔力であった。ダニエラの豊富な魔力があるからこそ、自我を持つことができ、こうしてダニエラの手足となって働くことができるのだ。
このようなことができる優秀なカビは自分だけだろう。その自負と誇りがカビルンバにはあった。そう、カビルンバはカビたちの希望の星なのである。
「あ、セバスティアンがもどってきたみたいね。うんうん、鈴カステラみたいな大きさのルビーをわたしてるわね。これで一応、ベルモンド公爵側の偽装工作が完了したわけね。さて、殿下は本物の賢者の石を見つけることができるかしら。見物だわ~」
ダニエラは完全に第三者として観戦気分だった。使用人にジュースとポップコーンを用意させると、画面にかじりついた。
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