第7話 予告状

 空は夕暮れ、時刻は晩餐時。ダニエラは父親に、お城とカビルンバから入手した情報を提供した。


「お父様、お母様、二人だけに内緒のお話があるのですけれども?」


 これはダニエラが、「両親が頭が痛くなる計画」を打ち明けるときの、お決まりのサインだった。

 色とりどりの食卓が、一気に色あせたようにヴェステルマルク公爵は感じた。

 ヴェステルマルク公爵は目配せをして、使用人たちを下がらせた。

 このようなことは何度もあった。そのため、使用人たちは同情した目で夫妻を見ると、静かにダイニングルームから退出した。


 それを見送ったダニエラは、ことのあらましを両親に話した。もちろん、賢者の石についてのこともである。そうすることで、両親からの信頼と、新たな情報を得ようという算段である。


「……やはりベルモンド公爵が、からんでいたか。まさか賢者の石を盗み出しているとは、大それたやつだな。ダニエラもお株をうばわれたんじゃないのか?」


 ニヤリと笑うヴェステルマルク公爵。そんな父親を、ダニエラはムッと口をとがらせてにらみつけた。金の価格が下がっている原因が分かり、ヴェステルマルク公爵の気持ちに、余裕が出てきたようである。

 しかし、愛するむすめ、ダニエラからの評価は、下がる一方であった。


「お父様は、最初からベルモンド公爵があやしいと、思っておりましたのね」

「ああ。公には悪いうわさがつきまとっていてね」

「どんなうわさですの?」


 少し考えこんだヴェステルマルク公爵だったが、どのみち時間の問題か、と腹をくくった。


「これを言えば、お前が猪突猛進につっこむだろう。そう思って、これまで言わなかったのだが、ベルモンド公爵家は、昔から王家にたてついているのだよ。自分たちこそ真の王家の血を引く者だ、とね」

「まあ! ベルモンド公爵家は、本当に真の王家の血を引いておりますの?」


 ヴェステルマルク公爵は首を左右にふった。その様子は、言うことを聞かない子供にウンザリとした様子であった。


「過去、何度も王家とやり合っているようだが、そのたびに、「事実無根」と、裁判所にバッサリと切り落とされているよ」


 ダニエラの顔が引きつった。何度やっても無駄なのに、それでもやり続ける姿。それは、キャンキャンと見境なしに吠える、しつけの悪い犬を、ダニエラに連想させた。


「それでお父様は、「王家にたてつくようなことを、また、計画しているのではないか」と、思っておりましたのね」

「ああ、そうだ。どうも、ベルモンド公爵家は、お金を集めているという話があったのでね……」

「……お金を集めて何をするつもりなのでしょうか?」


 どうせロクでもないことだろう、と思ってはいるが、何だかイヤな予感がした。それはヴェステルマルク公爵も同様のようだった。

 

 そこにカビルンバが横から口をはさんだ。カビなので口はないのだが。カビルンバの声がどこから出ているのかは、永遠のなぞであった。

 一説には、菌糸をゆらして音を発生させているのではないか、とも言われていたが、真相は闇の中である。


『お嬢様、どうやらベルモンド公爵は、兵を集めているみたいです。となりの国の傭兵団にコンタクトを取っているようです。大量の金品もわたしている模様です』


 ああやっぱりか、とヴェステルマルク公爵は頭をかかえた。想定した最悪の事態に、発展しようとしていたのだった。


「お父様、まさかベルモンド公爵はクーデターを起こすつもりですか!?」

「その可能性は十分にあるだろうね。それで、どうするつもりだい?」

「ベルモンド公爵と殿下に予告状を送りますわ。内容は、「賢者の石をいただきに参ります」というものですわ。そして予告状通りに、ベルモンド公爵から賢者の石を取りもどしますわ」


 ダニエラの言葉にヴェステルマルク公爵はうなずいた。なるべく穏便に済ませるには、その方法が良さそうだと感じたからだ。決してダニエラが引っかき回せば、ベルモンド公爵がぼろを出すかも知れない、と期待したからではない。


「あとは、予告状の日付をどうするか、なのですが……」

「ダニエラ、ちょうどいい日付があるわよ」


 これまで静かに聞いていた夫人が、「ようやく自分の出番がきた」と声をかけた。その顔は得意げである。


「今度、ベルモンド公爵夫人がダンスパーティーを開くのよ。パーティー会場は、ベルモンド公爵家。その日にしたらどうかしら? 大勢の人が出入りするし、きっと私たちも招待されるわ。潜入するには持って来いだと思わない?」


 パチリとウインクをする夫人。何だかんだと言っても、母親もまた、怪盗悪役令嬢のファンなのである。怪盗悪役令嬢が派手好きなのも良く知っている。


「いいですわね、お母様。その案、いただきました!」


 これで大まかな計画は決まった。決戦は彼の地で。

 ダンスパーティーが開かれるまでの間、個々でどのような動きがあるのかは、神のみぞ知るところだった。



 ****


 拝啓

 

 パルマ王国の衛兵の皆様、並びに宮廷特殊探偵団の皆様。

 日々、ご多忙の折、皆様にはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 先日は無駄な努力を、大変お疲れ様でした。反省会は無事に終わりましたでしょうか?

 

 さて、このたび、ベルモンド公爵が所有している「賢者の石」を、華麗に盗み出すことにしました。ルビーのように真っ赤な賢者の石は、ベルモンド公爵よりも、私の方が間違いなく良く似合うと思われます。

 

 つきましては、ベルモンド公爵家でダンスパーティーが開催される日に、いただきに参ります。

 私を捕まえることは不可能です。つきましては、今度こそ無駄な努力をやめて、怪盗の華麗な犯行を、ハンカチの端を噛みながらご覧になることを、お勧め致します。


 なお、この予告状はベルモンド公爵様と、王子殿下様に送らせていただいております。

 

    敬具

 怪盗悪役令嬢


 ****


「よし、これで準備はオッケーね。あとはベルモンド公爵家が主催する、ダンスパーティーの日程しだいね。それが決まってからこれを届ければ、殿下たちの試合開始ね。さて、殿下たちは、かくされた地下室を見つけることができるかしら?」


 ウフフと笑うダニエラを、カビルンバは残念な人を見るような目で見ていた。大切な人である婚約者に対してでさえ、自分の楽しみに変えてしまうその態度。その考えはカビルンバには理解不能だった。

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