第8話 それぞれの思惑

 ベルモンド公爵家主催のダンスパーティーのおさそいが、ここヴェステルマルク公爵家にも届いた。待っていました! とばかりに、ダニエラは予定通り、ベルモンド公爵と、殿下に、予告状を送りつけた。もちろん確実に受け取ったことが分かるように、書留で出すことも忘れない。

 

 ダンスパーティーまでは二週間も時間がある。それまでには確実に手紙は届き、何らかのアクションがあることだろう。カビルンバに両方を厳重に監視するように指示を出すと、ワクワクしながらおたがいの出方をうかがった。

 その様子はまるで、クリスマスの日にねたふりをして、サンタクロースを待つ子供のようであった。

 


 手紙が届いたベルモンド公爵家は騒然となっていた。自分だけに予告状が届いていたのならば、知らぬフリをすることもできた。しかし、予告状には、王子殿下にも同じ物を送りつけてあると書いてある。

 これは非常にまずい。これと同じ予告状が、本当に王子殿下のところに送られているのならば、確実にお城に安置されている剣を調べられるだろう。そうすれば、さすがに、賢者の石が偽物にすりかわっていることに、気がつくはずだ。

 そうなれば、その容疑者として、まちがいなく自分たちが疑われる。十三賢者を引き連れてこの家を家宅捜査しに来るのも、時間の問題だろう。この予告状を、家人にナイショにしておくわけにはいかなかった。

 

 この手紙を見たベルモンド公爵夫人は、ビックリ仰天して腰をぬかした。


「ま、まさか、あなた……そ、そのような物を本当に持ってはおりませんよね?」

「ももも、もちろんだよ。確かに賢者の石によく似たルビーを持ってはいるが、怪盗悪役令嬢は、それとまちがえているのではないかね?」

「あら、そうですの。それなら大丈夫なのかしら?」


 いずれにせよ、それなりに価値がある宝石をねらわれているので、本来であれば、全然大丈夫ではない。しかし夫人にとっては、「賢者の石を持っていない」ということの方が大事だった。


 一方のベルモンド公爵はたまったものではない。賢者の石の身代わりにするための、大きなルビーを、急いで手に入れなければならなかった。

 賢者の石の偽物を作ったときの設計図はまだ手元にある。物さえあれば、すぐにでも偽物を作ることができるだろう。費用はとんでもなくかかるだろうが、本物の賢者の石があれば、いくらでも再起可能だと判断した。


「セバスティアン、すぐに偽物を作る手配をしてくれ。ああ、あまりそっくりに作りこまないようにな。賢者の石と似ている感じでたのむ」

「かしこまりました」


 セバスティアンだけに聞こえるように、ベルモンド公爵は言った。それを聞いたセバスティアンは、だれにも気づかれないように、すぐに行動を開始した。しかし、セバスティアンの行動は全てカビルンバ様が見ている。すごうでの刑事もビックリの監視網であった。


 そうとも知らずにベルモンド公爵夫人は、ダンスパーティー用の新しい服と、新しい宝石を購入するべく、商人を呼び寄せていた。



 一方、レオナルドの元にも、怪盗悪役令嬢からの予告状は届いていた。


「おのれ、怪盗悪役令嬢! こんな予告状を、わざわざ私のところに出すとは!」


 予告状に書かれた挑発的な文章に、怒り心頭のレオナルド。今にもその予告状を破り捨てようかとしていたが、それを大賢者モーゼスに止められた。


「お待ち下さい、殿下。お気持ちは分かりますが、それを破り捨ててはなりません。どのようにして知ったのかは分かりませんが、どうやら怪盗悪役令嬢は、賢者の石の秘密を知っているようです」


 モーゼスの言葉に落ち着きを取りもどしたレオナルド。モーゼスは、なぜこの場にダニエラ嬢がいないのかと、首を左右にふった。ダニエラ嬢がいれば、殿下がダニエラ嬢にいいところを見せようと、自分を見失うこともないのに。


「どこから情報がもれたのかは分からんが、怪盗悪役令嬢は、「ベルモンド公爵が賢者の石を持っている」と結論づけたようだな。それで、ベルモンド公爵とは一体どんな人物なのだ?」


 この国の次期国王としては何ともたよりない言葉だった。「自国の主要な貴族の人物像くらい覚えておけよ」とモーゼスは思った。どうも殿下は、ダニエラと、怪盗悪役令嬢以外には、興味がなさそうであった。

 モーゼスは、殿下にしっかりと、王族としての基礎知識を学ばせる必要があると考えた。それにはダニエラ嬢にたのむのがいいだろう。ダニエラ嬢なら、きっと殿下を何とかしてくれる。モーゼスはようやく、にぎっていた拳をゆるめた。


「ベルモンド公爵は王家の分家にあたる家柄ですね。過去何度も「自分たちこそ、真の王位継承者だ」と主張している、大変面どうくさい公爵家ですね」

「何でそんな面どうくさい家をtぶさないんだ?」

「腐っても王位継承権があるのですよ。三十番目くらいですが」

「そんな家、もういらないんじゃないかなぁ?」


 レオナルドの言葉は最もだった。国王陛下もそろそろ、けりをつけようかと考えているはずだ。この賢者の石にまつわる騒動は、ちょうど良い機会かも知れない。そう思うと、モーゼスはますますやる気がでてきた。


「殿下のおっしゃる通りかと存じます。それでは、賢者の石を盗んだという疑いで、ベルモンド公爵家を家宅捜査いたしましょう。本当に賢者の石が出てくるかも知れませんよ?」

「まさか……だが、怪盗悪役令嬢がターゲットにしたからには、本当にあるのかも知れないな。それにしても、ベルモンド公爵は何をするつもり何だろうか?」

「そりゃあ、殿下。戦争するためだろう?」


 そこに、一人の男が話しに加わってきた。

 身長は二メートルはあろうか、という大きな体に、鋼のような肉体。着ている真っ白なスーツは、ぴったりと体に張り付いており、今にもはちきれそうだ。茶色のひとみに、茶色の髪を後ろへオールバックにしている。

 

 二人の話に加わってきたのは、十三賢者の一人、アームストロングである。かれは身体能力強化の魔法のスペシャリストである。そしてその圧倒的な暴力によって全てを解決するという、きわめて好戦的な人物であった。

 幸か不幸か、それをおさえることができるのが、モーゼスしかいなかったため、こうして十三賢者の一人として君臨していた。モーゼスにしてはいいめいわくであった。

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