第6話 悪だくみは人知れず
ここはベルモンド公爵家の地下室。ベルモンド公爵夫人さえも知らない、この秘密の地下室には、大量の鉛が置いてあった。その部屋に、ベルモンド公爵の姿があった。
かれの目の前には、いくつかの金塊が、まばゆい光を放っていた。ベルモンド公爵は、悪役その者の顔で、ニヤニヤと、賢者の石と金塊を、代わる代わる見つめていた。
スラリとした、と言うよりかは、どこかやせたような体つき。白髪交じりの茶色の髪に、同じ色のヒゲを生やしている。ギョロリとした目が顔のくぼみにおさまっていた。
「これさえあれば、私がこの国の王になれるのだ。もう少しだ。もう少しで正しい血筋へと、王位は受けつがれるのだ!」
そして高笑いをしようかとした、そのとき。後ろから声がかかった。若い男の声である。
「だんな様、そろそろ部屋へおもどりになった方がよろしいかと。ベルモンド公爵夫人が不審に思うかも知れません」
「おわっ! いたのか、お前」
突然かけられた言葉に、思わずビックリするベルモンド公爵。かれは今、この部屋には自分しかいないと思っていたのだ。そこに右腕のセバスティアンがいたので、大変おどろいたのだった。
黒髪に黒い目をした、無口な青年である。スラリと引きしまった体は、獣のようにしなやかに動いた。
セバスティアンは優秀な部下だった。何でもその昔、どこかの国の暗殺部隊にいたそうであり、こうして気配を無くして近づくことなど、お手の物であった。
「そうか。もうそんな時間か。金を見ていると、あっという間に時間が過ぎるな」
そう言うと、地下室の壁に埋めこまれている金庫の中に、賢者の石を大事そうにしまった。この金庫は特殊な金庫であり、所有者にしか開けることができない仕組みになっていた。このレベルの金庫を持っているのは、国王陛下ぐらいだろう。
何でも、所有者の魂をカギにしているという、とてもスピリチュアルな代物だった。
かくし階段を上り、辺りにだれもいないことを慎重に確認すると、秘密の入り口から屋敷の一階部分へと出た。
この秘密の入り口もまた、この計画のために長い時間をかけて、歴代のベルモンド公爵たちが用意したものである。
「自分たちが王位につく」
それは現在のベルモンド公爵が計画したことではなく、歴代のベルモンド公爵から、代々受けつがれてきた思想であった。
かれらにとって現在の王家は、自分たちから王位をうばった、反逆者の一族であった。それを正しい王位継承者へもどす。それがベルモンド公爵一族の悲願であった。
もちろん、そのような事実はいっさいなかった。ベルモンド公爵はただの王家の分家である。公爵位をもらっているだけ、運が良かったとも言える。
近年では分家としてあたえる爵位もなくなり、王家の血筋と言えども、適当な貴族のところに放り出されるのが一般的であった。
自分勝手な思いこみで、良からぬ計画を立てているベルモンド公爵家に、今、破滅がおとずれようとしていた。
怪盗悪役令嬢は、のさばる悪を許さない。
「あら、あなた、こんなところにおりましたの? 部屋にいなかったので、探しましたのよ」
階段を上り、自分の部屋へともどっていると、向こうからベルモンド公爵夫人がやってきた。
同じ物を食べているはずなのに、なぜかふくよかな夫人。ベルモンド公爵を見つけると、ニッコリとほほえんだ。つい最近まで、そのような笑顔をすることはなかったのに、本当に現金なものだ、とベルモンド公爵はため息をついた。
賢者の石を使って、鉛から金を作り出せるようになった。そのことに調子に乗って、ついついお金を夫人にわたしてしまったのだ。するとどうだろう。これまでの態度がウソのように優しくなった。
金とはこんなにも人を変えるものなのか。その変貌ぶりにベルモンド公爵は舌を巻いた。
夫人に少しもお金をあたえなかったことには、もちろん理由があった。本当にお金がなかったこともあるが、少しでも節約して、お金をひねり出す必要があったのだ。
賢者の石を偽物とすりかえるためには、それとそっくり同じ物を、何としてでも作り出さなければならない。そのためには、賢者の石と色合いが良く似ている、ルビーを使うのが一番だと判断した。だが、賢者の石は鈴カステラほどの大きさがあり、そのサイズのルビーを用意するためには、非常にお金がかかった。
そのため、そのルビーを買うためのお金を、長い間、貯金していたのであった。
ルビーを買うお金だけではない。賢者の石と、うり二つに加工する費用も必要だった。
長い時間をかけ、慎重に慎重を重ねて賢者の石を計測し、ようやく偽物を作りあげることに成功したのだ。
こうして、まんまと賢者の石を手に入れたベルモンド公爵は、かねての計画通り、何の変哲もない鉛を金塊に変え、それをお金にかえた。そしてそのお金で軍備を整え始めた。他国からお金で大量の傭兵を雇い、クーデターを起こすつもりであった。
平和ボケしている今の王国では、手も足も出ないだろう。クーデターは必ず成功する。ベルモンド公爵はそう信じて疑わなかった。
しかしそこには、自分の味方になってくれる人がどれだけいるのかなど、全く計算に入れていなかった。
「私が王位につけば、みんなついてくる」
何の根拠もなく、ベルモンド公爵はそのように考えていた。完全に自分に酔いしれた、一人よがりのナルシストであった。
そんな裏事情があることも知らず、夫人は上機嫌であった。
「ほら、これを見て下さいな。もらったお金で買った指輪なんだけど、この豪華さに夫人たちがおどろいて、それはもう、いい気味だったわ」
夫人は、自分の指に着けている、大きなダイヤモンドの指輪を見せた。ぱっと見、良いものには見えなかったが、機嫌をそこなうわけにはいかない。
「良く似合っているぞ。散々馬鹿にしてきた連中が手のひらを返すのは、実に良い気分だろう?」
「ええ、そうですわね。あの顔を見たら「ざまぁ」って言いたくなりますわ!」
夫人も夫人である。類は友を呼ぶとは良く言ったものである。
それを聞いていたセバスティアンは、「夫人のこの急激な羽ぶりの良さが、だれかに疑われるのではないか」と心配していた。
しかし残念なことに、セバスティアンはそれを止める方法を、持ち合わせていなかった。
セバスティアンは雇い主の指示に従うのみである。それがかれの仕事だと思っていたし、それを誇りに思っていた。
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