第5話 作戦会議はお静かに

 宝物庫から、再び先ほどのバラの生けがきに囲まれた場所にもどってきた三人。その顔には三者三様の表情がうかんでいた。

 

 あの後「何かありましたか!?」と、あわてて駆けこんできた兵士たちには、「モーゼスが宝物庫のアイテムをこわしたから、おどろいて声を上げてしまった」とウソをつき、何とかその場を治めた。

 いわれの無い罪をおしつけられたモーゼスは、遺憾の意を顔で表していた。だが、それをとっさに口走ったのはレオナルドだった。さすがのモーゼスも、王子殿下に対して、異議申し立てをすることもできず、今も口をとがらせている。


「殿下、どうなさるおつもりですの?」


 心配するダニエラの声に、レオナルドは目を閉じ、うでを組んで考えこんでいた。

 その後ろにいたモーゼスは、眉間を指でグリグリともみほぐしながら言った。


「まずは賢者の石が偽物とすりかわったことを、おおやけにしないことですね。さわぎになると、非常にまずいことになります。何せ、「いくらでも金塊を生み出せる国」だなんて悪評がつけば、わが国はだれからも信用されず、金とお金を取りかえてくれる国は無くなるでしょう」

「そうだな。父上には話すが、そこまでだ。ダニエラもいいな?」


 素直にうなずくダニエラ。心の中では「そんなこと、言われるまでもないわい!」とご立腹であった。「自分のことを棚に上げ、私を子供あつかいするな」である。

 この国で十二歳はまだまだ子供としてあつかわれる。そのため、レオナルドが子供あつかいしたことは、決してまちがいではなかった。レオナルドにとっては何とも理不尽な話である。


「一体、だれがどうやって、賢者の石と偽物のルビーを、すりかえたのでしょうか?」


 ほほに手を当てながらダニエラが言うと、間髪を入れずにレオナルドが言った。

 

「怪盗悪役令嬢が盗んだんじゃないのか?」

「それはありえませんわ! だって、怪盗悪役令嬢は必ず予告状を出しますもの。殿下の元に、その予告状が届きまして?」


 美しい柳眉を逆立てて、ダニエラがレオナルドにせまった。いきなり沸点に到達した大魔神ダニエラを、レオナルドはあわてて両手を前に突き出して、ちがうちがうと左右に激しくふった。


「落ち着け、ダニエラ。例えばの話だ。例えばの!」


 その声にようやく席にもどったダニエラ。しかしその眼光はいまだにするどかった。

 あ、やっぱりダニエラも怪盗悪役令嬢のファンなんだ、と少しガッカリするレオナルド。

 

 そう、怪盗悪役令嬢は義賊ゆえに、市民のファンは大変多かった。それに盗みを働くのは評判の悪い貴族ばかり。いくつもの悪名高き貴族の家が、怪盗悪役令嬢によって悪事がバレて、取りつぶしになっていた。

 

 そしてその空いたスキマに、有能な貴族たちがどんどんと勢力をのばしていた。それによってパルマ王国は、着実に良い国になっていたのであった。

 

 そのため市民のファンだけでなく、優良な貴族たちの間でもファンが多かった。レオナルドの元に、「怪盗悪役令嬢を捕まえようとするな」という、匿名のクレームが何枚も届いており、かれにとっては頭が痛い問題だった。


「それじゃあ、一体、だれが賢者の石を持っているのだろう……。そうだ、鉛が金にかわるのならば、鉛を買いこんでいる人物が怪しいんじゃないのか?」


 後ろに立つモーゼスに、同意を求めるかのようにふり返った。先ほどから、考えるように首をひねっていたモーゼスは、レオナルドの言葉に自分の考えを返した。

 

「確かにそれも一理ありますな。それでは鉛の流通についても、調べてみることにしましょう。犯人はだれだか分かりません。しかし、あの剣を見ることができる高位貴族を中心に、金の出所と、賢者の石のありかを調査いたしましょう」


 モーゼスは胸に手を置くと、レオナルドに向かってお辞儀をした。

 

「たのんだぞ、モーゼス。ダニエラは引き続き、お父上からの情報を仕入れておいてくれ」

「分かりましたわ」


 とは言ったものの、ダニエラには一人だけ心当たりがあった。

 そう、例の、急に羽ぶりが良くなった、「ベルモンド公爵夫人」である。

 きっと何か関係がある。どこか確信していたダニエラは、家に帰るとすぐにカビの妖精カビルンバを呼び出した。


「カビルンバ」

『そう来ると思って調べておきましたよ。これ、デキる使い魔の鉄則』


 サムズアップを決めて、得意げにウインクをしている。そんなカビルンバの姿が、見えたような気がした。しかし、カビルンバはカビの妖精である。当然、親指はなかった。そこにはウネウネと菌糸がうごめいていた。

  

 カビルンバは、世界中に菌糸ネットワークを張りめぐらせて、ある種のバイオコンピュータのような状態になっていた。

 菌糸によって作られた、人で言うところの、「ニューロン」のような細胞を独自に形成することで、スーパーコンピュータ並みの知能を持ち合わせているのだ。


 そんなカビルンバは、先ほどのレオナルドたちの会話を盗み聞きしており、独自の考えから、何をするべきなのかを判断していた。実に優秀な、デキる使い魔である。


「それで、結果はどうだったのかしら?」

『ビンゴですね。ベルモンド公爵家の地下に、大量の鉛と、それで作られたであろう金の延べ棒が、いくつもありましたよ。すでに監視中ですので、間もなくその犯行の一部始終が録画できると思います』

「さすがカビルンバね。たのもしいわ。さてと、それならどうしようかしら?」


 ベルモンド公爵が怪しい、とレオナルドに言ったとしても、何の証拠もない。それでは公爵家を家宅捜索することはできないだろう。それならば、カビルンバの録画映像を見せれば良いのだが――。

 

 レオナルドには、カビルンバの愛らしい姿は見せているが、スーパー高性能であることは秘密にしていた。今はまだ、それを知られるわけにはいかない。そのとき、ダニエラに天からの閃きが降りてきた。

 思わずニヤリとするダニエラ。

 それを見たカビルンバは、口の端が引きつりそうになった。カビなので口などはないのだが。


『お嬢様、また何か、良からぬことをたくらんでますね?』

「失礼ね、そんなわけないじゃない。ただ、予告状を出そうかと思っただけよ」

『……どんな予告状ですか?』

「うふふ、「あなたの家にある賢者の石を、いただきに参ります」っていう予告状を、ベルモンド公爵と殿下に送ろうと思ってるわ」

 

 カビルンバは高速で考えた。ベルモンド公爵だけに予告状を送れば、おそらく怪盗悪役令嬢から予告状が来たことは、闇にほうむられるだろう。ただ単に、「怪盗悪役令嬢vsベルモンド公爵」の構図が、できあがるだけである。

 

 しかしそこに、殿下たちが加われば――かれらは、「ベルモンド公爵の身の潔白を晴らす」という目的で、家宅捜査をすることができる。ベルモンド公爵としても、「賢者の石を持っていない」ならば、それを喜んで受けるだろう。

 

 だが実際には、ベルモンド公爵は賢者の石を持っている。予告状がくれば、あわててその対策を採る必要がある。そうなれば、ベルモンド公爵家は大童となり、ぼろが出るかも知れない。きっとカオスな状況になるだろう。


『確かにその通りかも知れません。しかし、良くそんないやがらせを思いつきますね』

「ありがとう、カビルンバ。ほめ言葉として受け取っておくわ」


 カビルンバは、「そんなつもりは微塵もないのに」と、首を左右にふった。もちろん、カビに首などはないのであるが。

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