第4話 レオナルド殿下の憂鬱
目にしみるような空の青さ。そこに真っ白な雲がぷかぷかと、気持ちよさそうにただよっていた。
ここは王城の中庭。バラの生けがきに囲まれたその場所からは、空の青さと、すんだ空気の心地よさを、胸いっぱいに感じることができた。今日も大変気持ちがいい。
そんな心地の良い日差しの下では、何やら怪しい雲行きで、一組の男女が顔をつき合わせていた。ダニエラとレオナルドである。その後ろには大賢者のモーゼスの姿もあった。
大賢者モーゼスの名前は、最強の魔法使いとして、国内外に知れわたっていた。そしてモーゼスは、魔法だけでなく、その知識も知恵も、大変すぐれているとうわさされていた。
年齢不詳だが、白髪に、同じく白い髭を生やしてることから、それなりの年齢だと思われる。背筋はしゃんとのびており、若者のように歩いていた。
モーゼスの青いひとみは、なんでも見通すことができる、とおそれられていた。
そんな人物が見守る中で、ダニエラは昨日父親から聞いた話を、レオナルドにたずねた。
「殿下、お父様の話では、このところ、金の価値が下がってきてるそうですわ。そのことをお父様がしきりに気にしており、食事ものどを通らないほどですわ。何かご存じではありませんか?」
ダニエラの父親はしっかりと朝食を食べていた。もちろん、この発言はレオナルドの同情を引いて、情報をもらうための作戦である。戦いはすでに始まっているのだ。
そうとも知らず、そのことに同情したピュアピュアな殿下は、しきりに何か情報はないかと頭をひねっていた。
「うーん、特に思い当たることはないな。しかしダニエラ、二人きりのときは名前で呼んでくれると……」
「殿下の後ろにモーゼス様がいらっしゃいますわ」
レオナルドはふり返った。そしてそこにモーゼスがいるのを見て、「チッ」と小さく舌打ちをした。モーゼスはレオナルドの教育係と護衛を、同時にこなしている。そのため四六時中いっしょであることが多かった。
「モーゼス、お前も何か気になることはないか?」
自分には何も思い当たることがなかったので、レオナルドはモーゼスにたずねた。腐っても大賢者である。何か知っているかも知れない。
「他国からの流通は確認されていない……それならば、この国のだれかが、ためこんでいた金塊を大量に売りに出した、と考えるべきでしょうな」
「金の価値が下がるほどの量の金塊か。そんなものを持っている人物がいるのか?」
レオナルドの言葉にモーゼスは考えこんだ。さすがにあり得ないだろう。金塊をためこんでいる人物はいるかも知れないが、市場に影響をあたえるほどの量を、個人が持っているとは考えられない。
そこまで考えて、モーゼスはいやな予感がした。
「おそらく、そのような人物はいないでしょう。で、あるならば……」
「で、あるならば?」
ダニエラとレオナルドが、そろってゴクリと生唾を飲みこんだ。そして、モーゼスの次の言葉を待った。
モーゼスはチラリと二人を見ると、意を決したかのように、口を開いた。
「で、あるならば、「だれかが金塊を作り出した」としか、考えられません」
「金塊を……」
「作り出した……?」
ダニエラとレオナルドは、そろってコテンと首をかしげた。そのあまりのシンクロっぷりに、「これは似たもの夫婦だな」とモーゼスは舌を巻いた。
「ここだけの話ですが、実は金を作ることができるのです。ですが、それができるとは、とても考えられません」
「モーゼス、一体どうやって、金を作り出すんだ?」
ダニエラが真っ先に聞きたかったことを、レオナルドが聞いてくれた。いいぞ、もっとやれ! と心の中で思いながらも、ダニエラは何一つ聞きのがすまいと、耳をすませた。
モーゼスも、その質問が来ることが分かっていたのだろう。天を仰ぎ、目を閉じた。そして、心の準備ができたかのように、目を開いて二人を見た。
「賢者の石を使えば、鉛から金を作り出すことができるのです」
賢者の石、それはどこのだれが作り出したのか分からない、大変なぞめいた石だった。まるで真っ赤なルビーのようなその石は、この国を最初に作り上げた、「建国の王」が所持していたと言われている、剣の柄に、はめこまれてあった。そしてその剣は、今もこの城の中に大事に安置されていた。
ダニエラとレオナルドはこの話を始めて聞いた。モーゼスいわく、このことを知っているのは、ごく一部の限られた人間だけだ、と付け加えた。
レオナルドとダニエラは同時に立ち上がった。
「モーゼス、剣を確認しに行くぞ」
レオナルドの声にモーゼスが胸に手を当てて返事する。
「ハッ!」
モーゼスも、気が気ではなかったのだろう。レオナルドの指示に、直ちに動き出した。モーゼスもまた、二人と同じように、その可能性にたどり着いているのだ。
「ひょっとしたら、剣にはめこまれている賢者の石が、偽物とすりかわっているのではないか?」
考えただけでも恐ろしいことだった。
その剣は、丁寧にあつかわれてはいたが、極秘あつかいはされていなかった。王族であれば、だれでも、いつでも、見ることができた。定期的に開かれる、王城見学ツアーでは、一部の高位貴族たちに、お披露目されることもあった。
そのため、ある程度の身分の高い者であれば、一度は見たことがある代物だった。
剣が安置されている宝物庫は、王城の地下一階部分に存在していた。宝物庫の前では、今も二人の見張りの兵士が、油断なく周囲に目を光らせていた。二人の兵士は突然現れた王子殿下一行を、「何事か」と思いながらも、無言で、丁寧にむかえてくれた。
「中を見せてもらいたいのだが、構わないか?」
「もちろんです。さあ、どうぞ」
兵士は三人が通りやすいように道を空けた。もちろん兵士はカギを持っていない。この中でカギを持っているのはレオナルドだけである。レオナルドはカギ穴にカギをさすと、わずかにふるえる手でカギを回した。カチャリ、とかわいた音を立ててカギが開く。
宝物庫の中は真っ暗だったが、すぐにモーゼスが照明のスイッチを入れた。部屋の中がランプの魔道具によって、明るく照らされる。
宝物庫は二十五メートルプールほどの大きさをしていた。壁にはギッチリと棚が打ち付けられており、部屋の中には、図書館のようにいくつもの棚が並んでいる。
そこには、一見するとゴミにしか見えないものが、ところせましと並べられていた。
何の生き物なのかも分からない、奇妙なオブジェ。
使い方が想像できない、正方形の魔道具。
いかにも持つと呪われそうな、トゲトゲした槍。
ボロボロになった、今にも破れてしまいそうな布。
何だかさっきから、こちらをジッと見つめているような気がする絵画。
バツ印がついた、どこを示しているのかも分からない、なぞの地図。などなど。
まるでゴミのようだが、きっと何かご利益があるものなのだろう。ダニエラはギラギラした目でそれらを物色していた。
どこからか、「またお嬢様の悪いクセが始まった」と、カビルンバのため息が聞こえたような気がした。
その中に例の剣があった。すぐにモーゼスがかけ寄った。そして剣の柄にはめこんである賢者の石を、ふところのポケットから取り出したルーペを使って、つぶさに確認した。ルーペを持つ手はふるえている。
「何ということだ。これはただのルビーだ。いつの間にか、偽物にすりかえられている」
「な、なんだってー!?」
モーゼスの絶望感の混じった声に、二人は同時にさけんだ。
いやな予感ほど良く当たるものである。三人は、賢者の石を持っている人物が大量の金を作り出し、何をする気か存ぜぬが、お金を集めていることを、このときハッキリと認識したのだった。
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