第3話 ヴェステルマルク公爵の憂鬱

 いつものように、さわやかに起床したダニエラが食堂に行くと、父であるヴェステルマルク公爵が、なにやらウンウンとうなり声を上げていた。そのとなりではヴェステルマルク公爵夫人が、みけんにしわを寄せてすわっている。

 夫人の言いたいことは分かる。


「朝食の時間にまで仕事を持ってくるな」


 であろう。ダニエラが席にすわるとすぐに朝食が用意された。トーストにベーコン、目玉焼き、フレッシュなサニーレタスが目の前に並んだ。

 それらにマヨネーズをかけてトーストにはさむと、満足そうな顔でガブリとかみついた。


「ダニエラ、その食べ方が美味しいことは認めますが、もう少し淑女として、ふさわしい、ふるまいをしなさい」

「は~い」


 父親のとばっちりがこちらにきた。ダニエラは口をとがらせながら元凶である父親を見た。父親はまだウンウンとうなっている。


「お父様、どうなされたのですか? そんなに悩んでばかりでは、ブルー伯爵のように髪が無くなりますわよ?」


 ダニエラのその言葉にビクッとなった公爵。ようやく周りの様子に気がついたのか、バツが悪そうに朝食を食べ始めた。朝食の食べ方はダニエラと全く同じだった。

 子供は親の背中を見て育つとは良く言ったものだ、と夫人は思わざるを得なかった。しかし、いつもよりも数段ふけこんだ夫を、夫人は心配した。


「あなた、どうなされたのですか? そのようにふけこまれて。私たちで良ければ、話を聞きますよ。ねえ?」

「もちろんですわ。お母様」


 そう言いながらもダニエラは、「しまった、巻きこまれた!」と内心では思っていた。どうやって、長々と続く二人のノロケ話からぬけ出そうかと、早くも考えをめぐらせていた。


「それがね。ここ最近、金の価値が段々と下がってきているのだよ」

「え? 金の価値が、ですか?」


 ダニエラの言葉に公爵はうなずいた。ヴェステルマルク公爵家は代々、ここパルマ王国で、金融関連を取り仕切っている家柄であった。そのため、お金の流れや、それに関する金や銀の流れについては、取り立てて神経をとがらせていた。

 その元締めである父親が、何かを感じた。ダニエラは、何かただごとではないことを、感じ取った。


「どこからか、この国に金が流れこんでいるみたいなんだよ。それで他国を調査しているのだけど、いまだに何もしっぽがつかめなくてね。どの国を調査しても、金の取り引きが急激に増えたとか、どこかで金塊が盗まれて、それが持ちこまれた、という話は聞かないんだよね」


 公爵はお手上げ、とばかりに肩をすくめた。なるほど、それで朝から、あんな陰気な態度だったのか。ダニエラは母親と顔を見合わせた。しかし二人とも、それに関連するようなことは、すぐには思いつかなかった。


「金の価値が下がっているということは、どこかで大量の金が売られて、多額のお金にかえられている、ということですわよね? お母様、どこかで急に羽ぶりが良くなった人物の話を、聞いたことはないですか?」


 公爵夫人は、社交界で王妃殿下に次ぐ、二番目の地位を持っていた。そのため、夫人に入ってくるうわさ話の数は、ものすごい数になっていた。社交界での裏話を知るには、打って付けの人物だったのだ。


「そうねぇ……そうだわ。そう言えば、ドケチで有名なベルモンド公爵夫人が、急にぜいたくを始めたっていう話を聞いたわ。今まではお茶会さえ、一度も開かなかったのに、急にお茶会を主催し始めたそうよ。

 それに、宝石商を屋敷に呼びつけては、宝石を買いあさっているというお話も聞いたことがあるわ。

 そうそう、近々ベルモンド公爵家で、ダンスパーティーを開くという話もあったわね。ダンスパーティーを開くと、ものすごい量のお金が飛んで行くのにね。宝くじでも当たったのかしら?」


 その、淑女らしからぬふるまいからも、ベルモンド公爵家がお金に困っていたことが分かった。それが急にお金を使うようになったのだ。これは何かある。ダニエラの直感がそう言っていた。宝くじが当たった可能性も、なきにしもあらずだが、それならそれで、そのうわさが入って来ているはずである。

 

 ベルモンド公爵家は王族の血筋であった。そのため、序列は低いのだが、王位継承権を持っていた。そのため、国王陛下も、ベルモンド公爵家を無下にすることはできない。そんなベルモンド公爵家にお金がなかったとは、どう言うことなのだろうか? ダニエラは疑問に思った。そしてその疑問を、すぐにぶつけた。


「お母様、なぜベルモンド公爵夫人は、ドケチだったのですか? 公爵家なら、お金はそれなりにあると思うのですが」

「それがね、だんな様のベルモンド公爵が、しぶちんみたいなのよ。お金はそれなりに、たくわえてあるとは思うんだけどねぇ。困った、だんな様よね」


 困ったような顔をしながら、ほほに自分の手を置いた。その様子は夫人に同情しているようにも見えた。


「お父様、どうしてベルモンド公爵は、お金があるのに使わないのですか? 普通の貴族なら、お金よりも体面を気にするのではないですか?」


 貴族にとって、一番大事なのは面子である。それを守るために、多額の借金を重ね、破産した貴族は数知れず。そして、それによって爵位を取り上げられた者も、数知れず。一説では、「貴族を減らすために、裏で国が貴族たちを破滅に導いているのではないか」と、うわさされるほどである。


「……さあなぁ。何でだろうな?」


 わずかに言いよどんだ父親の言葉に、ダニエラの目がキラリと光った。

 

 お父様は何かをかくしている。

 

 その確信がダニエラにはあった。一体、ベルモンド公爵とは、どのような人物であるのか。これは急いで調べなければならない。そして、金の価値が下がっているという情報を、レオナルド殿下に伝えなければならない。

 思い立ったが吉日、ならばそれ以外は凶日、とばかりに、ダニエラはすぐに、レオナルドが待つ王城に向かうことにした。

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