第2話 公爵令嬢の憂鬱

 ここはヴェステルマルク公爵家の、ダニエラの部屋。そこでは一人の少女が、アンティーク調の机の前で、「はぁ」と一つため息をついていた。

 

 世間をさわがせている「怪盗悪役令嬢」は、悪徳貴族たちの悪だくみをあばいては、光の元へとさらしていた。そしてその報酬としてなのか、悪徳貴族たちの宝石類を盗んでいた。しかし、それらの宝石は全て、お金の困っている人たちに分けあたえられていた。

 

 何をかくそう、その怪盗悪役令嬢の正体こそ、ダニエラ・エディト・ヴェステルマルク公爵令嬢であった。ダニエラの年齢は十二才。幼なじみで、婚約者でもあるレオナルド殿下のために、パルマ王国のためになることを、率先してやっているつもりであった。

 しかし、怪盗悪役令嬢を捕まえる側に、レオナルド殿下が回ってしまった。そのため、真実を打ち明けられないでいた。


『お嬢様、どうしてそのような深いため息を、ついていらっしゃるのですか。問題は全て、解決したではありませんか』


 ダニエラの使い魔である、カビの妖精「カビルンバ」が、不思議そうな目を向けた。カビルンバは、チュッパチャプスに、クリッとした単眼をつけたような、非常に愛らしい姿をしていた。その色はカメレオンのように、色とりどりに変化させることができる。

 

 カビルンバは、その菌糸ネットワークにより、どんな立ち入り禁止の区域にも、入りこむことができた。この世界はカビに満ちあふれている。それが全てカビルンバであると言っても、過言ではない。つまりは、「この世の全ての情報を見放題」ということだった。


「確かに国際問題は解決したけど、私とレオ様の関係は、ギクシャクしたままだわ。怪盗悪役令嬢に手も足も出ないから、完全にめんどうくさい方向にこじらせているわ。これじゃ、正体を明かせないわ」

『それならいっそのこと、殿下に正体をバラすのを、あきらめたら良いではありませんか』

「それってなんか、不義理じゃない?」


 ダニエラは義理深かった。そのため、レオナルド殿下にうそをつくことを、心苦しく思っていた。殿下が宮廷特殊探偵団にさえ、入っていなければ。何度そう思ったことか。

 宮廷特殊探偵団とは、パルマ王国が容認した探偵集団である。そのメンバーは、大賢者モーゼスを筆頭に、十三人の賢者が並び立っていた。そしてその中に無理やりレオナルドが加わったのだ。

 国の暗いやみの部分を、いとも簡単に解決していく怪盗悪役令嬢に、レオナルドがメラメラと対抗意識を燃やしたのが、全ての始まりであった。


 初めてそのことをレオナルドから聞いたときに、ダニエラはイスから転げ落ちそうになった。どうしてこうなった。相思相愛の二人が敵対関係になったことに、神様をうらまずにはいられなかった。


『でも、全戦全勝するんですね』

「戦いは常に非情なのよ」


 ダニエラは負けずぎらいであった。完全に似たもの夫婦である。


「それにしてもあのハゲ伯爵、人のお墓をあららしておいて、良くもまあ、「何も知りませんよ」みたいな態度がとれるわね」

『ハゲ伯爵ではなくて、ブルー伯爵ですよ。確かに髪は側面にしかありませんでしたがね。ですが私も、あの態度には遺憾の意を表します。何の罪にも問われないのは、はらわたがにえくり返る思いがしますね。まあ、私にはらわたはないんですがね』


 カビルンバは言い直すとともに、菌糸ジョークを言った。それを何事もなかったかのように、ダニエラは右から左へと受け流した。


「大丈夫よ。私が個人的に、制裁を加えておいたから」


 フッフッフ、と不気味笑うダニエラ。カビルンバは背筋が寒くなった。まあ、カビルンバに背筋はないのだが。


『一体、今度は何をしたのですか?』

「私が送りつけた予告状に、何て書いてあったか覚えてる?」

『確か、「あなたの大事にしている宝石を、全ていただきます」でしたっけ? あっ!』

「そう。だから、あのハゲの家にあった宝石を、全部いただいてきたわ」


 そう言ってポケットからふくろを取り出すと、ふくろの中から盗んできた宝石類を、ジャラジャラとパチンコの出玉のように出し始めた。

 ダニエラが持っているふくろは、「四次元ポシェット」と呼ばれる特殊なふくろであり、そのふくろの中には、無限に物を入れることができるという、国宝級のアイテムだった。

 

 ダニエラはこの四次元ポシェットを、国王陛下と王妃殿下から借りていた。つまり、ダニエラが怪盗悪役令嬢であることを、両殿下は知っているのである。もちろん、ダニエラの両親も知っている。「レオナルド殿下のために何かしたい」という、ダニエラの熱い思いを、受け取った結果である。

 

 ダニエラが両殿下から借り受けているアイテムは、それだけではなかった。怪盗悪役令嬢のトレードマークである、「真っ赤な仮面」もその一つである。

 その仮面には、きわめて高い認識阻害効果が備わっていた。そのため、きわめて親しい関係にあるレオナルドでも、その正体がダニエラであることに、気がつくことはなかった。


『良くもまあ、これだけ盗んできましたね。これでブルー伯爵も、しばらくの間は、大人しくしていることでしょう。さすがは悪役令嬢。人がいやがることをすることには長けていますね』

「……それ、ほめ言葉として、受け取っても良いのよね?」

『もちろんですよ』


 何だか釈然としないが、ほめ言葉として、受け取っておくことにした。明日からしばらくの間は、この宝石を、お金に困っている人たちに配る仕事が待っている。キリリ、と真面目な顔つきになると、ダニエラは机の上に置かれたノートに、計画を立て始めた。

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