怪盗悪役令嬢

えながゆうき

怪盗悪役令嬢、現る!

第1話 怪盗悪役令嬢、現る!

 きらびやかに整えられたブルー伯爵邸の大ホールに、怪盗悪役令嬢の高笑いがこだまする。

 真っ赤な仮面に、真っ赤な衣装。黒のシルクハットに、黒のマント。ドリルのように巻かれた金の髪が、風になびいた。

 事前に送られていた予告状どおりに、怪盗悪役令嬢は、どこからともなく現れた。マスクの下にかくされた素顔は、だれ一人として、見たことはない。


「オーホッホッホッホ! 「砂漠の女神」、確かにいただきましたわ。それではみな様、アデュ~」


 怪盗悪役令嬢は、ふところから何か丸い物を取り出して、地面に投げつけた。するとそこから、真っ白なけむりがモクモクとまい上がった。辺り一面が雪のような白さでうめつくされる。当然、何もかもが見えなくなった。それにおどろいた招待客たちからは、「何だ、何だ、どうなった」とさわぎの声が上がった。


「おのれ怪盗悪役令嬢! 魔法だ、拘束の魔法を使え!」


 一人の少年が声を上げた。金色にかがやく髪の下に、まるでサファイアのような、美しい青色のひとみが、ギラギラとかがやいている。

 真っ白な布地に、金色の刺繍が入った豪華な衣装。ところどころに、フリルもあしらってあった。それは着ている人物がただ者ではないことを示していた。

 

「むちゃを言わんで下さい、殿下。相手の場所も分からない上に、周りには他の貴族たちもいるのですよ。その方たちがケガでもしたら、どうなさるおつもりですか。それに怪盗悪役令嬢には魔法が効きません。以前も同じようにためしたでしょうに」


 この国の王子である、レオナルド・ファウスト・オラーノ・パルマ殿下をたしなめたのは、十三賢者を束ねる、大賢者のモーゼス・カルマンである。モーゼスは、レオナルド殿下の正義感が強いのは評していた。しかし、その猪突猛進なところが、非常に頭の痛い問題だと思っていた。

 最近ではレオナルド殿下の婚約者である、ダニエラ・エディト・ヴェステルマルク公爵令嬢が、うまくコントロールしているおかげで、以前よりかは大分マシになっていた。それでも、ヴェステルマルク公爵令嬢がいなければ、このありさまである。

 白いけむりが収まった後には、すでに怪盗悪役令嬢の姿はなかった。

 

「覚えていろ怪盗悪役令嬢! 次は必ず逮捕するからな!」

 

 負けゼリフを言うレオナルド。「そりゃ、全戦全敗していたらそうもなるか」と、ホールにいる人たちは、あわれむようなひとみで、その姿を見つめていた。

 怪盗悪役令嬢は、お天道様がかがやいているにも関わらず、白昼堂々と仕事をやってのけたのであった。

 

 

 この日、大ホールでは、巨大なダイヤモンドが展示され、人々の注目を集めていた。ブルー伯爵はそれを、砂漠の王国「サラマンダー」の砂漠に住む先住民からもらった、と自慢していた。何でもその宝石は、「先住民たちが怪物におそわれていたところを、助けた報酬として受け取った」と言っていた。

 

 しかし、ゆうに八百カラットはあるだろうかという宝石は、サラマンダー王国の「王家の墓」から盗まれたものではないか、とうわさされていた。

 

 現に、サラマンダー王国から、「砂漠の女神」がそれなんじゃないか? と被害届が、ここパルマ王国に届いていた。パルマ王国にとっては、とても頭が痛い問題だった。下手に手を打てば国際問題に発展しかねない。そのため、怪盗悪役令嬢によって、その宝石が盗まれることは、非常に都合が悪かった。

 しかし、厳重な警備だったにも関わらず、「砂漠の女神」は怪盗悪役令嬢によって、いともたやすく盗まれたのであった。



 ここはパルマ王国にあるオラーノ城の広大な中庭。その一角にある東屋で、一組の男女がティータイムを楽しんでいた。


「殿下、そのようなお顔をされておりましたら、女性たちがみんな逃げてしまいますわよ?」

 

 いたずらっぽく、レオナルドの正面にすわった女性は言った。

 その女性は、レオナルドの婚約者、ダニエラだった。レオナルドと同じく、金色の髪に青いひとみ。長い髪は、グルングルンとドリルのようにねじってある。レオナルドは一度、それを引っ張ったことがあったが、ものすごくおこられた。

 

「……ダニエラも逃げるのか?」


 レオナルドは、苦虫をかみつぶしたような顔でダニエラを見た。対するダニエラは、そのような顔にはいっさい気にかけずに、のほほんとお茶を飲んでいた。気持ちをリラックスさせる効果のある、カモミールのハーブティーである。


「まさか、そのようなことはありませんわ。殿下からにげ出すつもりがあるのなら、とっくの昔にそうしてますわ」

「そ、そうか」


 その声は安心したような、情けないような、複雑な声色をしていた。

 はぁ、とレオンハルトは一つため息をついた。


「殿下、ため息をつくと、幸せが逃げて行きますわよ?」

「……ダニエラ、二人きりのときは、「レオ」と呼んでくれるんじゃなかったっけ?」


 今度はダニエラがため息をついた。


「そうでしたわね、レオ様。それで、いかがなされたのですか?」

「それが、聞いてもらえるか? ここだけの秘密なのだが、サラマンダー王国から、お礼の手紙が来たのだよ」

「一体、何に対してのお礼の手紙なのですか?」


 首をコテンとかしげるダニエラ。その仕草に口元をはわはわとさせながら、それでもなんとか口元をおさえ、レオナルドは顔をキリッとさせた。


「王家の墓から盗まれた、とされていたダイヤモンドが、無事にもどってきたらしい」

「まあ、良かったではありませんか。これで、国際問題にまで発展することは、なくなりましたわね」

「ああ、まあそうなのだが……」


 レオナルドはびみょうな顔をしていた。それもそのはず。おそらく、そのダイヤモンドをサラマンダー王国に返したのは、例の怪盗悪役令嬢なのだろうから。

 

 本来なら、この王国の次の王である自分が解決すべきだった。それをこともあろうか、怪盗悪役令嬢はやってのけたのだ。これを喜んで良いものやら悪いのやら。その判断がレオナルドには分からなかった。


「一体、だれがそのようなことを? この国の問題を解決して下さった方に、お礼を言わないといけませんわね」


 ダニエラはとぼけて言った。その言葉に、レオナルドの顔はますますしぶくなった。

 ダニエラは思った。これは重症だ。怪盗悪役令嬢にコテンパンにやられ過ぎて、心がひねくれ始めている。冷静な目で、「政治」というものを、見ることができていない。


「レオ様、だれが問題を解決しても、良いではありませんか。その方はきっとこの国のことを思って、そうしてくれたのでしょうから。冷静にそのことを、見きわめねばなりませんよ」

「う……そ、それもそうだが……。そうだな。確かに、この国の国際問題の一つが、無事に解決されたのは事実か。今度会ったらバレないように、コッソリと礼を言うことにしよう」


 レオナルドは猪突猛進ではあったが、同時にとてもすなおでもあった。これで本当に、次期国王としてやっていけるのだろうか。ダニエラは、なんだか胃が痛くなってきたのを感じていた。


「ああ、今度こそ、ダニエラに格好いいところを見せたかったな……」


 あの日、レオナルドは怪盗悪役令嬢をつかまえて、ダニエラに良いところを見せたかった。しかし、それはかなわなかった。ガックリとかたを落とすレオナルド。


「レオ様、レオ様はいつも格好いいですわ」

「そ、そうか?」

「ええ、もちろんですとも」


 ダニエラの言葉にレオナルドは赤くなっていた。それを言ったダニエラも、はずかしくなってきたのか、顔を赤くしていた。

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