第99話 好きな人と食べるなら
「高系14号。ナンシーホールとシャムの交配種子で作られた芋ね。ここからなると金時も出来てるのよ」
「最初は英語の先生みたいな名前なのに、なんで次は新幹線みたいな名前なの? なんでそのあとカワイイ『なると金時』みたいな名前になったの?」
「最初は研究者が付けた番号よ。販売するかしないか、みたいのが大きいわね。高系14号って芋より金時のが美味しそうじゃない?」
「そんな気がする」
「曲のタイトルみたいなものよ」
「納得した!!」
今日は菅原の食品遺伝子研究所でサツマイモの仕分けを手伝っている。
小清水はひとつひとつ芋を手に取り、これがどういう経路で作られた芋なのかiPad片手に蘭上に説明している。
芽依は後ろで聞きながら「サツマイモの種類なんて二種類くらいしかわからないわ……」と思っていた。
焼き芋にするなら、金時のがいいのかしら……程度は考えるけど、きっともっと色々あるようだ。
この話を聞きたいと言ったのは蘭上で、色々な芋を片手に小清水に聞いている。
「五郎島金時も、宮崎紅も早掘りができるのは、高系14号と同じ系統だから?」
「そう、その通り。高系14号はそこが素晴らしいのよね。やっぱり結局商売だから少しでも早く出荷したいでしょう?」
「でも色が全然違う」
「それは糖度に関係してるの」
蘭上は「糖度。ふう~~ん、食べ比べしたい」と目を輝かせた。
芽依はその姿を見ながら「これが今朝テレビに出ていたアイドルなんて誰も信じないわね」と思っていた。
蘭上は年に一度アルバムとライブをする契約をしていて、そのチケット発売が始まったとテレビで流れていた。
竜也と篤史に「どんなライブなの?!」と聞かれてたけど、蘭上は「何も考えてない、カケラもない」と笑顔で言い放っていた。
カケラもないのにチケットを売り出すアーティスト。それがテレビに流れるような人なのに、今は芋に夢中。
でもなんか、すごく良いなあと思ってしまうのだ。
作業していたら、近藤が芽依の隣に来た。
「竹中さんすいません。
「え? 岳秋さんって……航平さんのお兄さんの」
「そうです。今日お見えになってるんです」
「こんな服装で菅原本家の方にお会いして大丈夫なんですか?」
芽依は服を引っ張った。
今日は芋の選別だと聞いていたので、一番汚れてもよい服……つなぎのようなものを着ている。
菅原研究所から頂いたもので、動きやすく涼しいので重宝している。
近藤は軽く頷き、
「ここにいる人は皆さんその服装ですから問題ないと思います。もちろん竹中さんが気にされるのでしたら、後日でも問題ないと思いますが」
「先方に失礼かなと思ったのですが、簡単なご挨拶なら大丈夫でしょうか」
そう言って芽依はつなぎを簡単にはたいて埃を落とし、近藤に連れられて二階に向かった。
そこは芋を選別しているホールが見渡せる部屋だった。中には高そうなスーツを着てにこやかにほほ笑む男性……菅原岳秋が立っていた。
芽依は一度だけこの人を見たことがあるが、話すのは初めてだ。
岳秋は丁寧に頭をさげて挨拶した。
「はじめまして、菅原岳秋です」
「はじめまして、竹中芽依です」
岳秋は頭をかきながら口を開いた。
「すいません、お仕事中にお呼び建てして」
「いえいえ、大丈夫です。こちらこそすいません、こんな服装で」
「こちらこそ突然すいません。航平に会いたいと言ったのですが『なんで?』と言われてしまいまして。でも母も世話になっているし一度お話したくて……」
岳秋は何度も頭を下げながら話してくれた。
芽依はすぐに気が付いた。航平や小清水とは違う……こんな風に人を分けてしまうのは駄目だと分かるが、きっと芽依側の人間だ。
話し方や接し方が丸いのだ。大きな会社は独自のオーラがあるけど、この人は違うのね。
岳秋は芽依に座るように促して温かい紅茶を出してくれた。
そして一緒に出てきたクッキーを一口頂いたら、これがとても美味しい。ほんとうに菅原家の賄賂はどれもこれも美味しい。
岳秋は前の席で芽依に向かって頭を下げた。
「母のこと。ずっと竹中さんにお礼を言いたいと思っていました」
「いえ。こちらとしても一度ちゃんとお話をしないと……と気になっていました」
芽依は姿勢を正した。
岳秋は
でも芽依はそんなすごいことをしたと思っていない。本当に自分が神社が好きで知っていただけなのだ。
芽依は一口紅茶を飲んで口を開く。
「あのですね、最近喜代美さんとお出かけすると、ちょっと信じられないような素敵なホテルとかに泊めて頂けて、申し訳がなくて」
「母は嬉しくて仕方ないんです。こんなマニアックな趣味に付き合ってくれる方がいるなんてと」
「嬉しいのは私も同じなんです。だから出来れば同じ趣味の仲間として旅行に行きたいのです。何度伝えても全てお世話になってしまっていて、心苦しいし、あの、あまりして頂くと、一緒に行きにくくなるのです……」
「わーー、それは悲しむな。じゃあ豪華すぎる所はやめるように言っておきます。本当に喜んでるんです、断られたら泣いてしまう。話したら一緒に行ってくれますか?」
「もちろんです。来月も奈良のほうの神社に行く予定で、今から楽しみにしてるんです。ただホテルが豪華すぎて……。でも喜代美さんを私が泊まるような普通の場所では困るのかな……と悩んでいました」
「セキュリティーが問題ない程度に収めるように言っておきます」
「お手数おかけします」
「俺たちみんな、母さんの趣味には付いていけなくて。助かります」
そう言って岳秋は深く頭を下げた。
芽依はずっと気になっていたのだ。一緒に神社に行ってくれる人がいるのは嬉しい。でも何度言っても豪華ホテルを予約してくれるのだ。
菅原本家の方なので仕方ないのかな……と思いつつ、ホテルの支配人が出てきて挨拶されるような状態が、芽依は落ち着かなかった。
ワガママなのかもしれない、でも航平と付き合っているなら慣れろという暗黙のメッセージだろうか。ぐるぐる考えて困ってしまっていた。
喜代美とお出かけするのは楽しいので、もう少し気楽だと嬉しい。
でも芽依も、本当に航平が好きなら、もう少しこういうのに慣れる必要はあるんだろうな……と頭の片隅では思っているが、中々身体に染みついた感覚を取りのぞけない。
岳秋はコーヒーを飲んで楽しそうに口を開いた。
「あと航平がもう面白くて。俺が芽依さんと話したいって言ったら『は? なんの用事が? 俺以外の男と芽依が話す必要はない。何かあるなら文書で提出しろ』ってもう氷みたいな目で睨むんだ。あんな航平初めてみたよ。ねえ、近藤さん」
岳秋が言うと近藤は芽依に紅茶を継ぎ足しながら苦笑した。
芽依はそれを聞いて笑ってしまう。容易に想像ができてしまうからだ。
それでもそれを聞いて、こうして岳秋とお茶を飲んでいることを、一応航平にLINEすることにした。
『岳秋さんが見えているので、少しお話しています。近藤さんも一緒です。航平さんのお話、聞かせて頂いてよいですか?』
するとすぐに既読になり、
『俺のことが聞きたいなら、俺に聞いてくれ。何でも答える。今日は早く帰る!』
と入ってきた。それを岳秋に見せると手を叩いて爆笑していた。
人の視線から聞く航平の話がとても好きだけど、なんでも聞いてくれと答える所も好きだと素直に思う。
早く帰ってくるなら基地で一緒に食事したいな……ホテルで何か作ってもらって……と思うが、航平はあまり味が濃い物も、炭水化物も好まない。
だから糖質を控えたものを作っているから、一度帰って……と考えていたら、目の前で岳秋が嬉しそうにほほ笑んでいた。
「嬉しいなあ。航平は昔から女の人というか、人間に対してあんまり興味がなくてね、ず~~~~っと何か作ってたからさ」
「子ども頃のお話を聞きたいです。航平さん、何を聞いても『俺天才だからさ』で終わってしまうんです」
「航平すぐにそれ言うよね! 子どものころか。俺と航平と
そう言って岳秋は立ち上がって、下で作業している小清水を見た。
芽依は小清水が航平を好きだと気が付いた時は、面倒だから関わるのをやめようと思った時もある。
でも今は逃げなくて良かったと思っている。誰に気を使うとかではなく、航平がとても好きだと、一緒にいたいと思える。
毎日伝えてくれる好きだという気持ちを受け止めたいと思っている。
そして横に立つ岳秋の視線に芽依は気が付いた。
まっすぐで、それでいて優しくて……甘い。静かに岳秋は小清水を見ていた。
それは航平が芽依を見ている時のような視線で……芽依は静かに口を開いた。
「小清水さんは、どんな方だったんですか? 子どものころ」
「ああ、うん。蓮花は、航平の後を追って悪さばかりしてたんだ」
「悪さ」
女の人にあまり似合う言葉ではなくて、笑ってしまう。
岳秋は仕事する小清水を見ながら続ける。
「航平がさ、もう家がイヤだから、山の中に秘密基地作るって言い出したことがあって。ツリーハウス」
「あ。そこ、私この前行きました」
「行った?! あそこさ、蓮花も俺も最初のほう手伝ったんだよ。でもあまりに高い場所に平然と航平は登っていくんだけど蓮花は怖くて上がれなくてさ。それでも行きたくて、ツリークライミングを学び始めたんだ」
「なんですかそれは」
「身体をロープ一本で木の上に運ぶ技術。紐の縛り方が独自で、面白いんだ。俺も本は読んだ。怖くて絶対やりたくないけど」
「私も無理です」
芽依が笑うと岳秋は「はあ……」と息を吐いて苦笑した。
「蓮花はずっと航平が好きで、俺は、航平が好きな蓮花を、ずっと好きなんだよなあ。もうよく分からないけど、航平を追ってる蓮花が好きなんだ」
「……そうですか」
それしか芽依には言えなかった。
岳秋は芽依を見てにっこりほほ笑んだ。
「それで航平も好きなんだ。ふたりとも好きだからさ、わりと幸せなんじゃないかと思ってる」
「ポジティブですね」
「だろ? 菅原の家でお飾りなんてやってるんだ。好きな子と結婚できる俺は、わりと幸せだと思うんだよね」
そう言って岳秋は下で作業している小清水を見て言った。
芽依は菅原の家のことは全然わからない。航平がなるべく関わらなくて良いようにしてくれているのは分かる。
大きな家なのだと思う。それでもこうして中にいる人たちは、話せば話すほど普通の人たちで、芽依と違う……遠い世界の人だとは思えない。
だから同じように苦しむし、傷つくのだろう。そして恋もする。
自分の好きな人が、好きな人が居るという状況を「幸せ」だと言えるかと問われたら芽依は分からない。
自分に置き換えて考えたら……やっぱり悲しくなってしまう。好きな人には、自分だけをみてほしい。
航平が誰かを好きだと考えたら……やっぱり胸が潰れるほど苦しくなってしまった。
芽依は顔を上げた。
「……これから一緒に焼き芋作るんですよ。あの二十種類の芋を焼いて、食べ比べするんです。岳秋さんも一緒にどうですか?」
「え?」
「私は航平さんが好きで、やっぱり、近くまで来たら少しでもお話したいなあと思います。それは深く考えることじゃなくて、単純に自分の気持ちです」
「うん、まあ……そう、だな。え。今から?」
「近藤さん、つなぎありますか?」
「私のジャージならあります」
「ええ……? 近藤のジャージ……ええ……?」
「名前入りですが、どうぞ」
それを渡されて広げてみると、ものすごく大きい。でも岳秋は決意したようにそれを持って奥の部屋に行った。
着替え終わり、芽依と一緒に下に行った。小清水は岳秋に気が付いて目を真ん丸にして駆け寄ってきた。
「ちょっと岳秋、何してるの、こんなの着るなんて珍しい! 近藤って……近藤じゃん!! ブッカブカ! 最高に笑えるんだけど」
「どうも……近藤です……焼き芋を作りにきました……」
「ぎゃはははは!! ちょっと写真、一緒に写真撮ろう、いいじゃない、楽しいわ」
結局みんなで集まってよく分からない集合写真を撮り、芋を濡れた新聞紙とアルミホイルで包み、火起こしをして、焼き芋を作った。
出来上がった焼き芋は、種類によってまったく味が違い、蘭上はそれをちゃんとデータに仕上げていて感動してしまった。
たまにはスーツを脱いで焼き芋作って食べてもいいじゃないかと思う。だって好きな人と一緒に食べる焼き芋は世界で一番美味しいもの。
芽依は早く帰ってきてくれた航平と一緒に焼き芋を食べた。
好きな人が自分を好きでいてくれる奇跡に感謝しながら。
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