第92話 莉恵子と芽依、こたつを出す
「そろそろ寒くなってきたし、今日はこたつを出しましょうか」
「やったーーー!」
超うれしそうに両手を上げて喜ぶ莉恵子を見て、芽依は笑ってしまった。
そんなにこたつが出したいの?
莉恵子は部屋に転がっていた服や本やゴミを適当に退けて空間を作っていく。
そしてドヤ顔でふり向いた。
「よし片付いた、出そっか」
「莉恵子?」
「……はあい……」
芽依が睨むと莉恵子は「まず出してからのがテンション上がるのにぃ……」と本の山を抱えて二階の書斎に向かった。
莉恵子と一緒に住み始めてかなりの月日がたち、この家もかなり片付いた。
もう段ボールの壁みたいなことにはならないけど、莉恵子は基本的に忙しくて、数日目を離すと机のまわりに城が形成されている。
資料本のタワーは通常営業、パソコン用のケーブル、家用のマウスに付箋紙のゴミ、書類や手紙やチラシが挟まっている。
ゴミが挟まってるわよ? と聞いたら「あれはしおりなの」と言われた。
レシートやチラシや……なんならティッシュ一枚さえ莉恵子にすると「しおり」らしい。
正直まったく理解出来ないし、莉恵子は本のカバーを投げ捨てて読むので皮のように中身を失ったカバーがそこら中に転がっている。
芽依はそれを付けてまわっているが、それでも今日も足元に本の皮が転がっている。
休日くらい自分で掃除しなさいと言っても九割ごろごろしていて動かない。
これが外では超有能っていうんだから、よく分からないものね。
でも……航平も良く似てて、仕事をしている秘密基地は足の踏み場もない。
何が置いてあるのかもわからないので、指一本ふれないと心に決めている。
石のように丸まって動かないので眠っているのかと思ったら一心不乱にiPadで文章を読んでいたことがある。
この前もそうなっていたので、読んでいるのね……と思ったら丸まったまま寝ていた。しかも場所は玄関だった。
分からない。本当に分からない。
でも休みにすると決めると、どうしようもなく甘やかしてくれて、先日ついに秘密基地に芽依のための洋服ダンスを置いてくれた。
「ここは芽依の場所だ!」と自分の書類をぐちゃあああと部屋の隅にどかして満面の笑みで。よく考えたらあの行動も莉恵子と同じで笑ってしまう。
ものすごく愛してくれてるのが分かるし、こんなに甘やかしてくれて大丈夫なのかしら……と思うけど、仕事は超有能で「菅原最大規模のお仕事をされてます」と近藤から聞いた。
ふたりしてふり幅が大きすぎて、芽依の理解をこえている。
芽依は相変わらず普通の毎日を過ごしていて、天才たちのことはよく分からないけど、その人たちが楽しそうだということは分かる。
それを見ているのも、好きだし、支えている居る自分も、好きだ。
莉恵子と旦那さんがこの家に住むから、出て行くことは決まっているので、それまでにもう少し片づけをしておきたい。
だって芽依が出て行ったら莉恵子が何かするとは微塵も思えないのだ。
ちなみに旦那さんの神代もやると思えない。莉恵子曰く「パソコン部屋が増えるかな!」とウインクしていた。
この家のどこにそんなスペースがあるのよ……?
せめて二階の物置部屋でも片付けようと先日入ったら、古いピアノや、メーカーごと消えている掃除機、そして子どものころ莉恵子と一緒に遊んだジャングルジムまで置いてあって叫んだ。
この部屋だけ二十年以上時が止まってる!
こういう大物は捨てるために申し込みが必要なので大変なのだ。
それにジャンルが細かく分かれていて、それを見て申し込むだけで一苦労。
……とスマホで粗大ごみのサイトを見ていたが……莉恵子がいつまで待っても二階から下りてこない。
ため息をつきながら二階に上がると、莉恵子は座り込んで本を読んでいた。
「やっぱりこうなった」
「ここにあったわ~。ずっと探してたの。いやあ無いなあと思ってた。これ神代さんが読みたいって言っててもう絶版なのよね」
「莉恵子、片付けてこたつ出すんじゃなかったの?」
「そうだったーーーー! あ、芽依そっちの本持って」
「六冊持って上がって、七冊持って下りたら、増えるじゃない!!」
「三冊は神代さんに貸し出しだから」
にぱあと笑う莉恵子に思わず詰め寄ってしまう。
「ねえ莉恵子、動線が間違ってると思うのよ。こんなに本を読むなら一階に書庫を置くべきでしょ?」
「いやあ、書庫はお父さんの部屋で魂が漂ってるから……」
「言い訳でしょ」
「五千冊以上あるんだよ?! 動かすとか現実的に物事を考えなしゃい!!」
「旦那さんと一緒に住むなら、先のことも考えなさい~!!」
結局ふたりでギャーギャー騒ぎながら本を抱えて一階に戻ってきた。
そして莉恵子はそれをドスンと床に置いた。……片づけたはずがプラス一冊……。
せめてこの部屋に一時的な本の置き場を作れば良いんじゃないかしらと棚を見たら、よく分からないものがみっちり詰まっている場所が見えた。
近づくと、それはこけしの集団だった。
「これって、お母さんが集めてたやつでしょう?」
芽依がこけしを見せると本を読み始めていた莉恵子が膝をついて見に来た。
「うわあ……これお母さんがどっか行くたびに買い集めていた恐怖のこけし集団じゃん。こけし怖くない? 子どもの頃から怖かったの」
「顔がついているものは、夜みると単純にドキッとするわね。子どもの身代わりにこけしを作った逸話も多いから仕方ないけれど」
「怖くて手を出してないままだあ~」
「じゃあこれ、お母さんに送りつけましょうよ」
「芽依ちん、天才じゃん!?」
芽依ちん?! ふり向くと莉恵子はもうビールを飲んでいた。コラーー! と取り上げるが、もう二本目だった。
お昼からビールを二本……と思うけど、こけしの山を引っ張り出してきて段ボールに詰めだしたので許すことにする。
一階に置いてある巨大な棚は、よく見ると莉恵子は全く使ってない。ほとんどがお母さんのものだ。
通販で届いた段ボールを芽依は綺麗に保管していたので、それを広げて中に荷物を積める。
古い貯金箱に、お母さんの趣味と思われる花瓶、ふるい保険の証書に、大昔の年賀状。見ていると時間が過ぎるので、問答無用で段ボールに詰め込んだ。
その量五箱! 即宅配便に連絡して取りに来てもらう約束をして玄関に置いた。
掃除の結果、棚の半分が空いて莉恵子が目を輝かせた。
「本が置ける!」
「ほらね。ここに置きましょう」
「やったーーー!」
莉恵子は部屋のいたるところから本を発掘して、棚にせっせとつめた。その結果、隙間はすぐに埋まってしまった。
そして部屋はそれほど片付いたように感じない。この部屋……魔境だわ……。総荷物量が凄すぎて、押し込んでも変わらない。
しかし莉恵子は満足そうに部屋の真ん中にこたつを引っ張り出してきて、先日すでに買っていた新品のこたつ布団をセットして肩まで入った。
「……ふああああ……、戻ってきた日常。おかえりこたつちゃん。新品のこたつ布団最高……休日最高」
「莉恵子、古いこたつ布団は……」
「ん? もちろんあそこだよ」
莉恵子は身体を起こしてビールを持ったままの手で外の物置を指さした。
芽依はそのビールを思わず奪ってこたつに置く。
「私が出て行くまでに、あそこも掃除するわよ」
「芽依ちんがダンジョンに……ダンジョンに向かうんや……ポーション……ポーション持ってて。あ、これビールなんだけど元気になると思う」
ふざけて満面の笑みでビールを渡してきた莉恵子を芽依は睨む。
「莉恵子、私はここを出て行くのよ?」
「やだやだやだやだ、芽依ちんはずっと私と住むのーー、金持ちの学長がナンボのもんじゃーい」
莉恵子はそう叫んで転がった。最近事あるごとに、航平と同列に並ぼうとして笑ってしまう。
でも芽依はいつか訪れる航平と莉恵子の出会いをとても楽しみにしている。
別に今すぐにだってふたりを会わせられるけど、なんだか楽しみで、ちゃんとしたいと思っている。
だってどこか似てるから、すっごく楽しそう。でも似てるって言ったら、ふたりともきっと否定するわ。
そんなこと考えるだけで楽しくて仕方ない。
芽依は横に座って莉恵子のビールを一口飲んで笑いかける。
「神代さんが淋しがるわよ?」
「仕事が忙しくて帰ってこないもんーーー」
「そんなこと言って。東京戻ったときはいそいそと会いに行ってるじゃない。この家に帰ってきてほしいでしょ?」
「うん……それはそう思うけど……」
「私も航平さんと住む家、近くに借りるから。それまでに片付けましょう」
莉恵子は「ふむううん……」とよく分からない息を吐いて頷いた。
「最近芽依ちん、めっちゃ綺麗。そうだよね、芽依ちんの幸せも、莉恵子さんはちゃんと考えてる……」
口を尖らせる莉恵子を見て笑ってしまう。
どんなに言おうと、芽依も莉恵子といるのが一番気楽なのだ。
航平が好きだと思う。愛されているし、愛したいと思う。でも莉恵子といる時間はぬるま湯のお風呂みたいで気持ちが良い。
ずっとずっと近くで暮らしていきたい。芽依は思い出してスマホで画像を見せた。
「ここから近くに手頃なマンションが出来るみたいなの。ほら、公園の奥」
「あーー、あの斜面」
「ここからも近いし、居酒屋にも近いの。いいんじゃないかなって航平さんに聞いてみようと思ってて」
「徒歩圏内だしいいね。えへへ、そうだよね。芽依がいるうちに片付けたほうがいいね。そっかあ、よく考えたら芽依の旦那さんも近くに住むのかあ。片付けるかなあ……」
「航平さんが引っ越すと、近藤さんも同じマンションに住むみたいなの」
「?! あのグラサンスーツさん?! そういうものなの?!」
「そういうものみたいよ」
「SPじゃん!」
「だからそう言ってるでしょ? すっごく料理が上手よ」
「……ごくり……詳しくお聞かせ願いますか……?」
結局物件サイトを見てゴロゴロしていたら夜になり、鍋を食べてビールを飲み、アイスを食べたら休日が終わってしまった。
やっぱりこたつは危険すぎるわ! と思うけど、こんな休日が何より大切だって芽依にはもう分かっていた。
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