第91話 ダメ大人と適材適所とガメラ3

 芽依は庭をみて深くため息をついた。

 これは長引きそうね。


 今日は自宅に神代が来ている。

 駐車場に置きっぱなしになっている自転車や乗り物、もう車はないのに置いたままになっている車用のグッズなどを片付けるためだ。

 神代が車をここに止めたいから……という理由らしいが、ふたりはさっきからずっと遊んでいる。


「おいおい莉恵子、なんで庭からスーパーマーケット加藤の買い物カートが出てくるんだよ」

「あー、これあれですよ。加藤10周年で全部新品にしたとき、お母さんが貰ってきたんです」

「いらねーだろ!」

「神代さん、私が乗るので運んでください、よっこらしょ」

「おいおい、危ないぞ、気を付けろ……いらっしゃいませーー! いらっしゃいませーー!」

「ちょっと神代さん、私を乗せたまま道路に出ないでください、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!」

「乗ったのは莉恵子だろ!」


 ふたりはさっきから掃除という名の下で遊んでいるだけだ。

 これで酔っぱらってないんだから、このふたりよく分からない。

 このままじゃ全く片付かないし、車なんて永遠に停められないけど……ここに住むふたりがそれで良いなら良いわ。

 芽依は台所に入って料理の続きを始めた。

 結婚の挨拶が終わってから、神代は月に一度ほど家に来るようになった。

 事前に連絡をくれるし、朝来て何かしら作業をして夜には帰っていく。

 泊まるなら私は航平さんの基地にいくからと伝えても「俺の家自転車で10分だし、夜は仕事したいんです」と言われてしまった。

 莉恵子は莉恵子で「どっちでもよい」らしく、たまに神代の家まで追っていくが、半分は自宅でそのままダラダラ過ごしている。

 長い付き合いのふたりだから、ペースが出来ているのだろう。

 やっと莉恵子がカートから降りて、大きなボックスを開いた。そして叫ぶ。


「神代さんっ、これ、私が小学校の時に作った鳥の家じゃないですか?」

「鳥の名前、なんだっけ……トリッピーの家だ!!」

「よく覚えてましたね! あ、書いてありました。鳥がくるようになったから作ったんですよね。神代さんと木を買いに行ったの覚えてます」

「一回も鳥が入らなかったな。むしろこの箱の上にハンガーを10本くらい置かれてな」

「足場にされて終わりましたね。あ、ちょっとまってください、これ土ですかね。すんごい量の腐葉土。いつのだ? 土に使用期限ってあるんですかね、埋めます? 捨てます? ああ……疲れてきました。おでん食べたい」

「莉恵子。びっくりするほど進んでないぞ。むしろ散らかった」

「だって今日の晩御飯はおでんなんですよ? 芽依が昨日牛すじ煮てました。駅前の肉友で大量に買ってたんです。少しくらい食べても大丈夫ですよ」

「そうだな。食べてからにしよう」


 この夫婦、人間の根底部分が似た者同士で、芽依からみるとサボり星人だ。

 そして自分に甘い。芽依はやるべきことを後回しにするのが、とても嫌いだ。

 結局今日やらないといけないことを後にして何かよいことがあるのか。

 終わらせてから休むほうが効率が良いと思う。

 縁側からモゾモゾと部屋に入りこんでこようとするふたりの前に芽依は正座した。


「終わってからじゃないとダメ。莉恵子、ぜっっったいやらないわ」

「やるやる~~やりますよね、神代さん」

「やるや……る……。やらねーだろ、莉恵子」

「やるやるやるやる~~! 少しだけ、少しだけおでん食べたら絶対にやる~~~。お腹すいたもん。ビールを飲まなきゃいいの、ビール飲んだら駄目なのは分かってるから。ね、芽依!」

「うーん……?」

「お昼少なめだったああ~~~頑張れない~~~!!」

「うーん……」


 たしかに作業するからとお昼はお餅を食べて軽く済ませた。だから三時になった今お腹がすいたと言われたら……まあ良いかと思ってしまう。

 ビールだけ飲まなければ莉恵子はわりと動く、と信じるしかない。

 仕方なく仕込んでいたおでんを少し取り皿に出して持ってくる。

 今日は神代がくると聞いていたので、大きな鍋でおでんを作った。秋になったばかりだが肌寒い日もあるし、なにより大根が太くなり嬉しくなって作ってしまった。牛すじを大量に煮て、汁も一緒におでんに少し入れた。残りは冷凍。カレーをつくったりスープを作ったりするのに重宝する。

 コトコト煮るのが楽しいけど、たくさん煮ないと美味しくないから、一人前ではやりたくない。

 でも外で買うと全然美味しくなくて、結局莉恵子のお父さんに教えてもらって二日かけて煮てしまった。

 どう考えても料理は趣味で、たくさん食べてくれる人がいるほうが楽しい。

 このふたりはニコニコ笑いながら何でもおいしく食べてくれるので作り甲斐がありすぎる。

 航平は、実は料理がわりと好きで、芽依と一緒に台所に立つのが好きらしく、最近は基地で一緒に料理している。

 仕事が忙しくて長くいられないが、この前の遠出のようにお出かけできると、すごく嬉しい。

 おでんを食べた神代が漫画のほうに目をパチパチさせて絶句している。

 なにか不味かったかしら……? 芽依は心配になってしまった。

 神代はモグモグと大根を食べて口を開く。


「莉恵子……お前……こんな豪華飯を食べられる環境にいながら……俺と結婚してくれたのか……」


 美味しかったようだ、良かった。

 莉恵子はからしをたっぷり付けた卵を口に入れて大きく頷く。


「神代さん、それはもっと全力で感じてほしい話ですよ。私は神代さんを選んだんです!」

「すごく美味しい。すごい、おでんって家で作ってこんなに美味しいのか……飲み屋のおでんレベルじゃないか」

「でしょーーー?」


 なぜか莉恵子がドヤ顔なので芽依は笑ってしまう。

 でもそんなに喜んでくれると嬉しくなってしまう。やっぱり料理はもう趣味ね。

 その時芽依のスマホにポン……と通知が入った。それは学校の弘樹が新しい動画をネットに投稿した通知だった。

 見てみると、巨大怪獣が? もそもそ? 動いている動画だった。

 弘樹はよさこい祭りで動画を担当していた子だ。あれ以来動画制作にハマり、ネットに自分で作った動画を投稿している。

 それを見せると神代と莉恵子は目を輝かせた。


「コマ撮りですよ、神代さん!」

「うおおお……すごく頑張ってるな。いいよ、ここのカット割りとかすごくいいね。え、教え子ですか?」

「そうですね。うちの学校の小学生です」


 芽依はスマホを神代に渡した。でも……芽依は少し気になっていた。最近弘樹が作る動画が、わりと……残虐というか、怪獣がとにかく出てくるのだ。

 そして街を破壊して、人を踏みつぶしたりする。それは思春期の子どもの危ない心の現れなのでは……と思ってしまう。

 弘樹は顔にアザがあり、それでいじめられた過去がある。だから芽依は少し心配だった。

 心の大きな傷があるのではないだろうか。トラウマから攻撃性のある作品を作っているのでは?

 それを言うと、神代は大根を食べて笑顔を見せた。


「めちゃくちゃ大切なことですよ、それは」


 めちゃくちゃ大切なこと? 残虐な映像を作ることが?

 分からずに首を傾げると神代は「ごちそうさまでした」と手を合わせて立ち上がった。


「俺たち映像を作る人間は、実際の人の気持ち、感情を、結局何かにのせて見せてるんです。苦しみ、悲しみ、どうにもならない気持ち。それが暴れるからこそ、怪獣は面白いし、意味があるんです。弘樹くんは心をちゃんと怪獣で表せてるから、もうクリエイターなんですよね。表現したいことがない人間はダメなんです」

「はあ……」


 芽依はよく分からない。やっぱり結局心が疲れているという話だろうか?

 莉恵子は卵を口に入れて頷く。


「ジブリの宮崎駿監督は、若いクリエイターにバイクに乗ることを禁じたんだって。理由はそれでストレスが解消されちゃうから。そんな短絡的に自分のストレスを解消するんじゃなくて、絵に描いて解消しろってことよ。弘樹くん、すっごく将来有望。業界ウエルカム、才能あるよ!」

「そうしたい、そうはならない、そうしてはいけない……そういうことや、気持ちを映像にして見せていくのが、俺たちの仕事だな、莉恵子」

「そうですね」

「前に言ってたけどさあ、やっぱり中学生主人公で怪獣ものやりたいなあ~」

「神代さん、まずはMTUの脚本書いてくださいって全力でツッコミたいですけど、気持ちは分かります」

「ガメラ3見たか?」

「見ました。いいですね、あの女の子の所だけが」

「おいおい、もっと樋口真嗣さんを崇めろ!!」

「二十年前ってのがすごいですよね」


 結局ふたりはおでんを少し食べてパワーが溜まったのか、話ながら作業を開始して夕方には終わらせた。まあ半分くらいだけど?

 そして「弘樹くんにはこれを見せて!」とガメラ3という映画を再生しながら夕食となった。

 見たけど……よく……分からない……子どもが可哀相としか思えない……。

 でも莉恵子と神代はすごく楽しそうにビールを飲みながら大騒ぎしていた。


「これやっぱりあれですよね、中学生が怨念とかで学校に怪獣呼び出せる話にしたらダメなんですか?」

「莉恵子、それじゃナイフと怪獣が変わらないだろ。怪獣には怪獣の意味がないと!!」

「いやいや神代さん、思春期の気持ちを怪獣に載せた時点で意味があると思うんですけど」

「結果がナイフと変わらねーだろ!」

「それは脚本でなんとかすることですよね?」


 ふたりは「あーん?!」「おーん?!」と創作論? で戦いながら最後はチータラで殴りあっていた。

 よく分からない……。

 でも神代は弘樹の動画を見て「このソフトは無料で合成できるんですよ」教えてあげてくださいとLINEをくれた。

 莉恵子は子どもが参加できる映像コンテストを何個も紹介してくれた。それを送ると、ぜひ参加したいというメッセージが掲示板にすぐに来た。

 本当に適当なふたりだけど、きっと適材適所。このアドバイスは芽依には出来ない。

 それでよいのだと、最近は思う。



-------


 一度更新はここで終了とします。

 コミカライズが始まったタイミングで、最後まで更新しようかなと思っています。

 1/25に一巻が発売されてまして、書き下ろしも入っています!

 よろしくお願いします。




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