第90話 約束と共に
「こっちだ。寒いからダウンを着るといい」
航平に渡されてひざ下まであるダウンコートを着た。
興奮して気が付かなかったが、かなり冷たい風が吹いていた。
停めてあった車に乗り、山道をニ十分ほど移動すると大きな木が見えてきた。
そこで降りるように促されて外に出る。
「ここだ」
「わあ……」
航平が立ち止まったのは、ものすごく……芽依には木の樹齢の事など分からないけれど、とても太い木だった。
歩いて回っても数十歩かかるような太さ。人が何人手を繋げば丸を作れるのかもわからないほど太い。
その木を回りこむように階段が作られていて、真ん中あたりに建物が見えた。
「ツリーハウスですか!」
「そうだ。これを作り始めたのは小学生の時。時間を見つけて通い続けて十年以上。最初の俺の隠れ家だ」
「これを小学生の時に作り始めたんですか?!」
「周りの木を切り、階段一つずつな。この一番下の木……これを埋めたのは小学校三年生だったはずだ」
「えっ、すごいですね」
「懐かしいな。すぐ横の木を切ったんだ。ここは菅原の山だから好きにしろと言われたけど全く切れなくてな、木を一本切るのに一週間以上かかったんだ」
航平はまだ残っている切り株の上に立った。
芽依も同じ視界にしてみたくなり、同じように切り株の上に立った。
ここに小学校三年生の時の航平がいたと思うと楽しくなり、手に触れて温度を感じながら聞いてみる。
「まずどんなことしたんですか?」
「あの頃の俺は全部ひとりでやりたくて仕方なくてな、木を切ったのはいいけど、ほら、上が引っかかって倒れてこなかったんだ」
「倒れる方向まで考えてなかったんですね」
「そうだ。切ったのに倒れてこなくて、もう悔しくて。こう、蹴とばしてなんとかしようとしたけど、倒れないんだ」
「どうしたんですか!」
「横の邪魔になってる木を更に切った」
「えーーー?!」
「そしたらそいつも隣の木に引っかかってさ」
「あははは!!」
ドミノのように木が重なって、それでも全然倒れなかったと航平は笑った。
当時の様子を残すように、一方向に向けて切り株が残っていた。「だったらお前も倒してやる」とひとりで木を切って進んだ小学生の航平を思い浮かべると楽しくて仕方がない。何より小学校三年生で木を切ってツリーハウスを作ろうとするのがスゴイと思う。
航平は手を引いて木の階段を上りはじめた。
小学生の時から手作りした……というわりには、階段はものすごくしっかりしていた。
「ものすごくしっかりしてます。プロの人が作ったみたいです」
「構造はCADを使ったからな」
「CADって本当の家を作る時に使うソフトですよね?」
あまりそういうことに詳しくない芽依も、ソフトの名前は知っていた。
航平は芽依と手を繋ぎながらゆっくりと頷いた。
「元々ツリーハウスを作っている人のデータを購入して、それにここの寸法を合わせただけだから難しくない。全く新しいことを始めるのが一番難しいんだ。先人の教えを素直に受け取れば、何かを作ることは容易だ。職人たちの木の扱いは本当に素晴らしい。小学生の俺はそれに憧れたんだ。だから木で家を作ってみたかった」
「法隆寺の話は読んだことがあります。お寺が好きなので」
「その通りだ。法隆寺は木造建築の最高峰だ。国立博物館にある1/10模型を見た事があるか?」
「ないです」
「今度見に行こう。日本にひとりしか居ない専門の職人が作ったもので本当に素晴らしいんだ、日本古来の建築は。それをしてみたかった」
「してみたかった……で、作れるのがすごいです」
「天才だからな」
航平は眉毛をあげていつも通りのセリフを言った。
到着したツリーハウスは、もう本当に木の途中にある普通の家だった。あまりにしっかりしていて驚いてしまう。
「基礎工事含めて大人になってから再工事したんだ。最初に作ったハウスは数年で梁が腐って危なかったから、鉄骨で骨組みを作った。台風レベルの強風にも耐えられる。どうぞ」
「お邪魔します……すごい、ドアも木なんですね。わ、取っ手も木だ。すごいです、お部屋です!!」
芽依は中に入って興奮してしまった。床も壁も天井も、すべて木で出来ている……昔物語で読んだことがある『木の家』だった。
窓枠もテーブルも、すべて木。広さは四畳ほどだろうか、それほど広くないが窓が大きく取られていて、遠くまできれいに見渡せた。
木で作ったベンチが置かれていて、温かそうな毛布が置かれている。
航平はそこに座り、毛布を広げて芽依を呼んだ。嬉しくて飛びついてしまう。
暖かな毛布と航平のキラキラとした瞳……そして窓の外に広がる景色と青い空……さっきヘリコプターで飛んできた空がそこに見えた。
「すごい……航平さんの秘密基地、もうひとつあったんですね」
「ここが元祖だ。ホテルの基地も、ここも、芽依しか入れたことがない。それに……これを見せたら、喜んでくれる気がして連れてきた」
航平は「こっちだ」とすぐ横の木を見せてくれた。そこには何か木が削られて文字が書いてあるのが見えた。
それは何個も書いてあって一番下に書いてあった文字は『ショーサン ココ』。
芽依の胸ほどの高さで、ショーサン……。
「あっ、身長ですか」
「そうだ。一人ここで身長を測って、木に書き込んでいたんだ。学校でみんな家でやってると聞いたのに俺はやってなくて……なんだか悔しくなってひとりで始めたんだ。ショーヨン、ショーゴ、実は高校までずっと書いてある」
少しずつ上のほうに書かれている文字……これは航平が自分で書いたものなのか。
芽依はそれに触れながら胸がいっぱいになってきた。実は莉恵子の家で書いてあるのを見て、芽依も気になったが言えなかったからだ。
だってこれはひとりでは出来ない。誰かが測ってくれないと、書けないのだ。
それにものすごく『家族のもの』というイメージがあった。
家族が家族の成長を喜び、書き込む成長の記録。
芽依は書き込まれた文字に触れながら言う。
「これひとりで書き込むの、難しくないですか? どうやって……」
「このためだけにマシンを作ったんだ。ほら、身長計を自動化した。ほら、ここの足元のバーを踏むと……上から板が降りてきて、自動的に木に傷を付ける」
航平は芽依をその木の前に立たせた。
足元に金属の板があり、それを押すとプシューと空気が抜けたような音がして、上から何が降りてきた。
頭の一番上で止まり、キュキューーッと音がした。そして自動的に天井に戻っていく。
ふり向くと木に傷がついていた。
「すごい!」
「ここが芽依の身長か。書いておこう」
航平は嬉しそうにそこに今日の日付を書き込んだ。
芽依はなんだか……どうしようもなく嬉しくなって航平の後ろからしがみ付いた。
「ここに立ってください。私が今日、航平さんの身長を書き込みますから」
「……そうだな。それを芽依にしてほしかったんだ。なんか、それがいいと思ったんだ」
「はい。来年も再来年も、ずっとずっとここに身長を書き込みにきましょう。これからずっと私が航平さんの身長を書くし、航平さんも書いてほしい」
「もう大人だしな、そう変わらない気がするが、これが芽依としたかった。記念日にすることか分からないが……」
「すごくうれしいです、こんなすてきな記念日、他に知りません。もっと教えてください、航平さんがしていたこと。そしてこれから続けられること」
芽依がそう言うと航平は目を細めて抱き寄せてくれた。
記念日は途中経過だと、未来に続くのだと思えた。
過去だけじゃなくて、未来もちゃんと刻める場所。
そんな人と一緒にいられる幸せ、信じられる約束、甘えても良い人。
それは芽依が一番ほしいものだった。
記念日が好きなのではない。小さな積み重ねがまだ続くと信じたいのだ。
ツリーハウスを見学したり、周りにあった航平が昔探検したという洞窟に行ったりして(今度装備を持ってきて、もっと奥まで行こうと約束した)記念日を過ごした。またここに来たい。ずっと来たい。芽依はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます