第85話 君といるだけで

「近藤。岸本に基礎ファイルをニ十個ほど送ったが検証結果が出たら数値だけくれるように頼んだ。検証動画が機密になるから岸本から近藤が運んでくれ」

「明日から馬場のラボですよね?」

「そうだ。だから動画は馬場に持って行ってくれ、そっちでみる」


 航平は指示を出してため息をついた。

 新型タービンの開発はやはりかなり大変で、一週間のうち一日でも学校に居られれば幸運なレベルまで忙しくなった。

 でも馬場のじじぃと話してるのは楽しいし、岸本工業の若いやつらはやる気があって、頼むとすぐに動いてくれる。

 今まで何もかも自分でしてきたが、やる気がある奴らに会うと、もっと脳内に溢れるアイデアを共有して一緒に考えたいと思う。 

 iPadで書類を確認していたら、日向ミコの叫び声が響いた。


「きゃあああ、やだ、これ、本当に全然取れないよ?!」

「ミコ~~~。それ素手で触ったら駄目だって弘樹が言ってたじゃん?」

「篤史、髪の毛についてるよ、ぎゃははは!」

「ふたりとも洗いましょう?」

「芽依先生なんて顔についてるよ~~~」

「えーーー?」


 週に一回とはいえ学校に来ると、こうしてみんなが楽しんでいるのが見えるから、それだけで嬉しい。

 今日はサツマイモの収穫日で、朝から生徒たちが畑で大騒ぎしている。

 菅原学園の畑は植物の遺伝子組換え研究をメインにしていて、多種多様なものを育てている。

 サツマイモも土の柔らかさや育てるタイミング、新種も含めてニ十種類以上のものを育てていて、今日から一か月近く、毎日収穫がある。

 研究員たちも収穫作業をするのだが、主に興味を持った生徒たちが手伝っていて、見ているだけで楽しい。

 芽依は篤史やミコの面倒をみるばかりで自分の顔についた汚れを取ってない。

 あれはほんとうに取れなくなるから……と動こうとしたらiPadに通知が入った。

 もう岸本から検証結果が上がってきている。すごいな。

 航平はそれを見ながら、次のアイデア指示を入れるために電話をかける。


「データいいな。これAA-ABよりAB-ABのほうが数値が良さそうだ。そっちをメインに増やしてくれ」

『こっちもそうじゃないかと思ったので確認のために送りました』

「さすがだ。じゃあ明日馬場のラボで会おう」

『よろしくお願いします』


 岸本は企業体力がないからどうかと思ったが、ただの資金難だったようだ。

 そもそも研究内容がマニアックすぎて単体企業がすることじゃない。水中発電なんて金を儲けたあとに遊びですることだ。

 独断で菅原重工の傘下に入れたが、それ以降凄まじい速度で研究を進めている。 

 この速度だと新型タービン、わりと早い時点で結論が見えてくるかもしれないな、面白い。iPadを睨んでいたら目の前に影が落ちた。


「航平~~~。仕事するなら会社行けばいいじゃん、なんでここにこんなデカい日傘だして陣取ってるの?! 通れなくて邪魔なんだけど」


 蘭上が両手に芋を抱えて叫んでいる。

 蘭上は今年の春から入学してきたアーティストで、最初入ってきた時は真っ白で身体も細かったが、菅原に来てから農業が好きになったようだ。

 毎日真っ黒になって畑に出て作業をしているし、研究員から「勉強熱心で驚きます」と話を聞いた。

 菅原学園のイメージアップにも貢献していて、蘭上がいるから菅原に来ました……という生徒に何人もあった。

 たしかにカリスマ性と頭の良さを兼ね備えた男だが……そんなことは今関係がない。

 蘭上は芋を両手に持って睨む。


「航平は芽依さんがここで作業してるから、見ていたいんだろ?!」

「何が悪いんだ」

「ひ、開き直った……。付き合ってるのは秘密とか言ってたのに。芽依さんも困っちゃうだろー?」

「竹中先生、な」

「自分だけが名前を呼ぶという強い意思を感じる」

「何が悪いんだ」

「芽依さ……竹中先生逃げてええ、この人怖いよー、あと邪魔なんだよお~~~一輪車で芋を持って行きたいんだよーー」


 手で芋を運ぶのが大変なんだよ~~と蘭上は芋を抱えて叫びながら去って行った。

 退かないって言ったら退かない、あっちから行け! 航平はふんぞり返った。


 よさこい祭りが終わってから、芽依と彼氏と彼女というものになり、数か月経過した。

 本当に忙しく、丸一日一緒に居られることがほとんどない。

 夜は居られるが、早朝から県外、酷くなると海外に連れて行かれる。

 どうしてこんな状況に……と思うが、仕事自体は楽しくて、現場に行ってしまえばストレスを感じない。

 それに基地に戻ると伝えると芽依が待っていてくれて、作ってくれた食事を一緒にしている。

 静かに話を聞いてくれるのも、作ってくれた食事を一緒にするのも楽しく、帰れる日が待ち遠しい。

 淋しくさせているのでは……と近藤に毎日報告を入れさせているが、畑に学校に楽しそうに暮らしていると聞いて安心した。

 でもたまに学長室にひとりでいて、レゴ作ってますよと聞いて、愛しくて仕方がない。

 それに基地にもたまにひとりで泊まっているようで、この前は俺のベッド横に芽依のパジャマを見つけた。

 どうやら俺のベッドでひとりで眠っていたらしい。そんなの可愛すぎるだろう。

 もっと荷物を持ち込んでほしいと部屋を片付けようとしたら「ここは航平さんの場所ですから」と控えめに甘えられた。

 何度もいうが可愛すぎるだろう。

 菅原に来られる日はなるべく芽依を見たいと思っていて、だから書類はすべて持ち出して近くで仕事している。

 最初、学長と教師が付き合うのが知られるのは良くないんじゃないですか? と芽依が言うので従ったが、そんなの知らん。

 俺はもう芽依が好きなことを、大切なことを、世界中のやつらに知らせたくて仕方ないのに、どうして黙ってる必要があるのか分からん。

 こうして芽依を見てるだけで……見てるだけで……うわああ……俺は芽依をみるためにここにいるんだ。

 アイツに遭遇するためじゃない、遠くに黒い車が、うわあああ……こっちに来るなーー!!


「こんにちは」

「……おいおい。今、毒饅頭から湧き出た仕事で死にそうになってるのに、また何か持ってきたのか」

「そうねえ、今日はようかんにしたの。本丸さんのようかん。芽依さんの大好物なのよ」


 いつも通り真っ黒な車で乗りつけてきた喜代美は近藤が準備した椅子に座り、紙袋を航平に手渡した。

 芽依はようかんが好きなのか。それは良いことを聞いた……じゃなくて。

 喜代美は裏で暗躍しまくっている本家のボスで、危うく政略結婚させられる所を百億倍の仕事を投げ込まれることで回避させてくれた恩人だと言えと喜代美本人に言われるほど、怖い人物だ。少し前は精神を病んで隠居してるなんて言われたけど、総出で騙されていたとしか思えない。

 なるべく付き合いたくないと思うのが本音だが、得られる情報は前回に限って言えば有効だった。

 でも基本的に関わりたくない。

 前回も渡された饅頭の箱の中にUSBが入っていたが……箱を少し開いたら紙が見えて慌てて閉じる。

 

「ほら何か見えたぞ!!」

「大丈夫よ、今回は芽依さんに関すること」

「そうか」


 警戒心が解けて箱を開いた。そこにはUSBと写真が入っていた。

 写真を見ると、個人商店前で仕事している知らない男性が写っていた。車の中から撮影したような不明瞭な写真なので盗撮だろう。

 喜代美は近藤に持ってこさせたお茶を飲んで口を開く。


「芽依さんの実の父親よ。母親は亡くなっていたわ。父親は地方の駅前で小さな酒屋をしてるんだけど、経営がかなり厳しいわね。面倒なことをし始めたら潰すから」

 潰すという言葉を平然という喜代美にドン引きしてしまう。

「お前ほんと……人に向かって言う言葉じゃねーぞ」

「だから先に話をしてあげたのよ? 私って優しいでしょ?」

「お前は俺が面倒な女と結婚するのを阻止したいだけだろ」

「それもあるけど、私も芽依ちゃん大好きなの。あの子、何度も一緒に神社に行ってくれてるのよ」

「近藤から聞いてる。お前が怖くないとか、すごいな」

「もう純粋に神社仲間なの。可愛いわ、私はあの子がいいの。だから父親を潰すかもしれないけど、報告まで」

「可愛い子の父親を普通に潰すな!」

「確認するだけ優しいでしょ。あ、芽依ちゃん、本丸さんのようかん持ってきたわよ」


 喜代美は「またね」と手をふって再び車に乗って去って行った。

 もう本当に怖すぎてしょうがないが、芽依のことを気に入っているのは間違いない。

 本来そんな連絡しないで人を潰す女だ。ありがたいと思うべき……なのだろう。



「航平さん。おつかれさまです」


 作業が一段落したのか、芽依が航平の所にきた。

 頬にまだ白い液体がついていて、慌てて荷物の中からクレンジングオイルを出す。


「芽依。頬にヤラピンが付いてるぞ。これで拭こう」

「この白い液体、ヤラピンって言うんですね。さっき洗いましたよ。まだ取れてませんか?」

「これは洗っても取れないんだ。クレンジングオイルで拭くと綺麗に取れる。痒くなるからちゃんと拭こう」

「じゃあそれをお借りして、子どもたちを先に拭いてもいいですか? 子どもたちのほうが肌が弱いですから」

「そうだな。持っていけ」

「はい」

 

 芽依はふんわりとほほ笑んで子どもたちの方に向かった。

 近藤に喜代美が飲んだお茶を片付けさせて、芽依のためにお茶を準備させる。

 芽依はクレンジングオイルを持って篤史や弘樹、そしてミコに近づいてコットンで拭いていた。

 サツマイモを収穫するときに茎から大量に出てくるヤラピンは整腸作用があり古来から愛された物質だが、糖と脂質の構造を持っているから洗うだけでは落ちない。

 酸化すると肌も荒らすので、収穫時は常にクレンジングオイルを持ってきている。

 みんなの肌を洗い終えた芽依が戻ってきた。


「航平さん、ありがとうございました。さっきまで少し痒かったんですけど、これで拭いたら痒みが消えました」

「赤くなってる。作業が終わったなら基地に戻ってシャワーを浴びよう。石鹸で洗うと綺麗になる」

「まだ作業が残ってますから。それに本丸さんのようかん! それにお茶も、近藤さんありがとうございます。頂いても良いですか?」

「ああ、喜代美が持ってきた」

「喜代美さん、もう戻られてしまったんですね。来月の花祭りにお誘いしようと思ったんですけど……」

「……芽依は喜代美と普通に出かけてるんだな」

「数少ないお仲間ですし、話していて面白いです。スーパー航平さんって感じですよ」

「そ、そうか?」


 心底怯えている女と同列に並べられて困惑するが、芽依が言うなら何でも良い。

 ようかんを美味しそうに食べている所を見ていたら、朝から何も食べてないことを思い出した。

 近藤に伝えて航平も食べ始めたら、甘すぎなくて美味しかった。それに頭に直にエネルギーが入る感じがして良い。

 芽依といると何もかもが楽しい。

 そんな日々が幸せで仕方がない。

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