第84話 ミコは俺の……
「行こう」
タクシーの料金は本当にLINEペイで支払えた。
タクシーの運転手は子どもだけで乗り込んだ弘樹たちを見て「お母さんたちに会いにいくのかな~」と優しくしてくれた。
正直緊張しすぎて「はい」しか言えなかったけど、とにかく着いた。
森田ホテルは大きくて、当然だけどこんな所に子どもだけで入ったことがない。
それでも両親とホテルの喫茶店みたいな所に入ったことはあるので、泊まらなくても入れることは知っていた。
篤史は完全にビビっていて、さっき右手と右足が同時に出た弘樹を「スキップしてた」と笑ってたのに、今や篤史が完全に挙動不審でロボットのように歩いている。
そして弘樹に近づいて小声で言う。
「弘樹ぃ……怖いよ。帰ろうぜ。どうせ何もできないよ」
「いや、うん。そう思うんだけどさ。でもさ……」
弘樹は航平時計をクッと握った。
「ミコの顔がさ、忘れられないんだよ。もちろん何かできると思えないよ。でもさ、今帰ったらさ、ものすごく、ず~~~っと色々考えちゃう気がする。なんで行かなかったんだろうって、大丈夫かなって、ものすごく考えちゃう気がする。それに全力出さなかったことを、ミコの顔見るたびにゴメンって思っちゃいそうなんだ」
弘樹がそういうと篤史は少し落ち着いたのか、顔を上げた。
「……そうだよな、うん。行かなくて、行っても、駄目だ。そうだな、その通りだ。思いついたんだけど、航平時計ってトランシーバー機能付いてるよな」
「!! 電波が無くても、500mまで話せる」
「ドアがあるとかなり弱くなるけど、それでも部屋前まで行けば必ず分かるはず」
「行こう!」
さっきから何度もミコのスマホに電話してるけど、電源が落とされている。
それがミコが落としたのか、宇佐美に落とされたのか分からないけど、やっぱりスマホの電源なんて電池切れ以外では落とさない気がするから、どうしても心配してしまう。
今日も学校で会ったから、航平時計は持ってるはずだ。
航平時計がないと最近は学校の端末にログインできないから。
弘樹と篤史は航平時計のトランシーバー機能を立ち上げて、一階の部屋から順番に歩いて行くことにした。
ホテルはかなり大きく、宴会場で集会のようなこともしている。だから小学生が歩いていても、疑われることはなかった。
一階を歩いても反応はない。
篤史が心配そうに口を開く。
「あの男、目つきめっちゃ怖くなかった? 俺、目の前でみたらびびっちゃってさあ」
「ああいう顔なんだと思うよ。俺、前に言わなかった? 顔に大きなシミがあってさ、それで学校でいじめられたんだ」
「あ、ごめん」
「だから顔だけで人を判断しないように、めっちゃ気を付けてる。二階も無いな。このホテル何階建て?」
『六階だ』
すぐに影山から通知が入って笑ってしまうが、影山は影山でさっきから宇佐美の携帯番号の検索をしてるみたいだ。
顔写真とか名前だけで、そんなことまで分かるの?
影山はネットワークの警察とかに就職したら、すっごく強そうだ。ていうか、日本にそんな部署あるのかな?
三階に移動して……歩いて行くとポン……と接続可能通知が入った。
繋がった!!
でもこのトランシーバー機能、500m以内ならどこでも通話可能になる。
この場所から500m、しかも上下左右だと思う。
「500mって……どれくらい?」
『このホテルだと上のフロアの二部屋。そして左右の部屋が相当する』
「ナイス影山。じゃあもう順番にピンポン押していくしかないのか……」
「こええよお、弘樹あ~。ドア開けた瞬間に包丁が出てきてさされたりとかしない?!」
「なんだよ篤史。ここまできてビビんだよ!!」
『宇佐美の電話番号が分かった。今からかけるから耳を澄ませ』
「えええ影山、ほんとすげぇな」
なんとこのタイミングで影山が宇佐美の電話番号を調べ上げた。耳を澄ますと……右側の部屋から話し声が聞こえてきた。
ここだ!! 唾を飲み込んで、ドアをノックする。
するとすぐにドアが開いて、そこにはミコが立っていた。
ミコ……良かった。怪我も何もしてない、いつものミコだ。
そのキョトンとした普通の表情を見ただけで、ここまで来て良かった……と安堵して泣きそうになった。
「ミコおおおお……大丈夫かあああ……」
弘樹が言いたかったことを、なぜか篤史が言い、ミコに抱き着いた。
ミコは優しく篤史を抱き寄せていた。
おいおい、さっきまでビビってたのに、何なんだよ。少し面白く無くて後ろでむくれているとミコが涙目で弘樹のことも抱きしめてくれた。
「うそぉ……なんで場所が分かったの?」
弘樹は航平時計を見せた。
「トランシーバー機能使った。ミコがさあ、変な顔してたからさあ、気になってさあ……」
ミコに抱きしめられると温かくて、今まで張り詰めていた糸が切れたみたいに力が無くなった。
ミコは俺たちを優しく撫でて部屋に入れてくれた。
そして宇佐美を前に口を開いた。
「宇佐美くんが強引に連れ去るから心配になってきてくれたの。ふたりは私と同じ学校の生徒なの。それでね、この男の人は宇佐美くんって言うんだけど、私の血が繋がってないお兄さんなの。それで今日が誕生日で。今日は私と過ごしたいって言ってたのに、私がふたりを誘ったのが気に食わなかったみたい。悪い人じゃないの。ごめんね」
ミコはそう言って男……宇佐美を紹介してくれた。
宇佐美はミコを連れ去った手前、居心地悪そうに頭を下げた。
さっきまで恐怖に震えて、なんならミコに抱き着いて真っ先に泣いていた篤史がドヤ顔で口を開く。
「なんだ。お兄ちゃんなのか。それに今日が誕生日? おめでと~~~」
「そうなの。ちょっと目つきが悪くて、誤解されやすいんだけど、悪い人じゃないのよ」
「じゃあ和解ってことで、俺たちに下のラウンジでパフェ奢ってくれよ。それで帰るよなあ、弘樹」
「お、おう」
素性が分かった瞬間にここまで通常営業できる篤史に弘樹は少し驚いたが、いつも通りに戻って安心していた。
篤史のスイッチの入れ替わりがよく分からないんだよな。
戸惑う宇佐美を連れて下のラウンジに移動することにした。
ミコはこの部屋から出たい風だったけど、宇佐美は出たくなさそうで、来たのはいいけどどうしたらよいのか分からなかった。
だから篤史の「とりえあずパフェ食わせろ」という呑気な言葉に安心してしまった。
合法的に四人で時間を取れる。
このホテルは一階に大きなラウンジがあった。
来たばかりの時篤史は「こんな所に子どもだけで入って大丈夫なのかよー」と震えていたけど、お店の人が運んでたパフェだけはチェックしていたようだ。
弘樹はどうしたらミコを見つけられるかしか考えてなかったのに、抜け目がなくて笑ってしまう。
四人掛けの席に座ってメニューをみて、篤史は自信満々「ビックパフェとオレンジジュース」を頼んだ。
金も持ってないのにドヤ顔で、もう完全に気を抜いている。でも弘樹はずっと宇佐美が気になっていた。
だってあんなローアングルで自信満々写真を撮るなんて、何を考えてるのか分からない。
宇佐美がトイレに行った瞬間、弘樹はミコに向かって小さな声で話しかけた。
「(宇佐美さあ、ミコの写真、ローアングルで撮りまくってたけど、平気?)」
ミコは「ああ、そこも見てたの」と苦笑して、
「なんかね、すごくメンタル弱くて自信がなくてね、何をするにもお金を渡してくるの。毎回返してるんだけどやめなくて。それでミコの写真を撮りためて、それで精神の安定保ってるぽいの」
それを聞いていた篤史はパフェの底からアイスを舐めるように食べて口を開いた。
「自分の立場を利用して甘えて試してるんだな~。結局なんでも許してくれる母親を求めてるんだな~」
その言葉に弘樹は驚いてしまった。
篤史はたまにものすごく大人っぽい分析をする。
そしてスプーンについていたアイスを全部なめて顔を上げた。
「航平がさあ、世界に絶対安全なデータ保管なんて無いって言ってた。データが存在する時点でアウト。そんなことするのは友達いないからだな。よし。パフェ食ったら四人でカラオケ行こうぜ。ミコ歌えよ。俺たち踊るから」
「なにそれ」
ミコは笑ったが、すぐに真顔になった。
そして戻ってきた宇佐美の袖を引っ張って、
「ねえ、弘樹と篤史とカラオケに行こう。好きな歌、何でも歌ってあげる」
と誘った。
宇佐美は困惑していたが、篤史の「ま~ま~いいじゃん?」と言うゴリ押しに負けて一緒にカラオケに行くことになった。
どこまで強いんだよ、本当によく分からない。
そして四人でタクシーに乗り、駅前に戻った。
カラオケに入った時は、ぎこちない空気だったけど、ミコがマイクを持って歌い始めた瞬間に世界が変わった。
ミコの歌声は空間転送装置だと真剣に思う。言葉にしたらみんなに笑われるって分かってるけど、ぜったいそうなんだ。
この世界にたった一つしかない、歌で移動できる空間転送装置。
ここは小さなカラオケボックスなのにミコが歌うと草原にも、数万人が集まるショーの会場にも、宇宙の片隅のジャングルにさえなる。
ミコの声さえあれば、ここではない場所にすぐに行ける。
弘樹も篤史も、宇佐美も、ついでに影山も、その時間を楽しんだ。
帰り道、篤史は完全に宇佐美と打ち解けて「今度菅原遊びに来いよ~~超カルタ大会出ようぜ~~資金援助してくれてもええよ? うちのチーム入る?」と誘っていた。
どんだけコミュ強なんだよ……と笑ってしまうけど、篤史のああいう強さに、弘樹は救われた。
でもまあ、タクシー乗る前に震えてたのは、こんどミコにチクるけどな?
苦笑していた弘樹にミコが近づいきた。両手を広げて近づいてくる。そして両腕で優しく抱きしめてくれた。
ふわりと甘い香りに包まれて、石のようになってしまう。
ミコは弘樹の頭を優しく撫でて頬でスリスリしてくれる。ちょっと、ミコ……!
そして優しい声で話しかけてくる。
「影山が、顛末をLINEで送ってくれた。頑張ってくれてありがとう、弘樹」
「……別に……。ていうか、男にローアングルの写真なんて撮らせるな!! アイドルだろミコは!! それを言いたくて! 追ってきたんだよ!!」
「私のお母さん、宇佐美さんお父さんと再婚したのに半年で別れてさあ……色々悪くて。気を使ってたんだなあ。イヤだったけど黙ってた。だから、ありがとう弘樹」
「親は関係ないんだろ。俺にだって出来るって、認めてくれたのはミコだ」
「……そうだね、うん、本当に、そうだ。バカだね」
「それに宇佐美さんと打ち解けてるのは篤史だろ」
「でも一番頑張ったのは弘樹。ありがとう」
そう言ってミコは俺を抱きしめた。
むむむむ胸がすごいし、匂いもすげぇ良い匂いだし、髪の毛が頬に触れるし、もう……!!
弘樹はミコを突き放して叫んだ。
「ミコはアイドルでいろ!!」
「らじゃー! ミコはアイドル! でも困ったら助けてね。影山もサンキュー! 本当に天才だね。影山が居てくれると助かるよ」
さっきまで常にONになっていた通話が突然切れた。影山も照れるじゃん。
……と、ちょっかいかけようと思ったけど、何より弘樹自身が照れていて、それでいて誇らしくて、嬉しかった。
なによりミコが無事で良かった。もう暗くなってしまった空に安堵のため息を吐いた。
そしてどこか……この男がミコの彼氏じゃないのか……と安心してしまった。
いやいやでも俺が知ってるミコはただの高校生だから彼氏がいてもさあ……とかグルグル考えていたら、ミコが優しく手を握ってくれた。
そんなことより、ミコが笑顔で嬉しい。
ミコは俺を救ってくれた、世界で唯一のアイドル。
ずっと応援したいって思ってるんだ。
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