第83話 航平時計があれば
「じゃあ俺がトイレ行って、その帰りに自販機ゾーンにいくよ。一番上の所から商品選ぶ……みたいな動きするから、そこで撮影してくれ」
「おっけ~おっけ~。自販機ゾーンな。おっけ~おっけ~」
椅子に影にふたりで座り込み、こそこそと話し合った。
弘樹はなんとなく動きのイメージを浮かばせる。あそこから行って、あっち向いて……。
でも篤史は完全にビビっていて、椅子の前にダンゴムシのように丸まってスマホを抱えている。
「大丈夫かよ篤史。あそこに立ったら、ちゃんとスマホ操作してシャッター押してくれよ。俺さすがに無理だからな」
「おけおけおけ」
篤史は何度も首をふって頷いたが、顔がロボットのように固まっている。
大丈夫かよ?! と思うけど、任せるしかない。
……いくぞ。弘樹は唾を飲み込んだ。そして数歩歩いて……ふと思いついて即レーンに戻った。
椅子の下に丸まっていた篤史が叫ぶ。
「なんだよ、なんで戻ってきたんだよ!」
「顔このままじゃミコに気が付かれるだろ。帽子持ってないか?」
「あ、俺持ってる。あとマスクしてたら完璧じゃね?」
「これなら大丈夫そうだ。よし、行ってくる」
おけおけ! と弘樹に向かって手をふる篤史は完全にビビっていて、すぐ椅子の前に丸まった。
いつも自信満々なのに、こういう時になるとビビってて意外だな。
逆に弘樹は少しワクワクしていた。なんだか探偵みたいでテンションが上がる。
呼吸音さえミコに聞こえてしまいそうで、浅く息をしながらゆっくりとミコと男性がボウリングをしているレーンに近づく。
トイレに行く顔して、ゆっくり歩いて……ふたりがいる方を見た。
居るのは……細くてヒョロヒョロした男性とミコの二人だけだ。
男性の服装は普通の白いTシャツとGパンで、年齢は……航平くらいかな? もうちょっと大人?
そしてミコは深めの帽子をかぶってるから、周りの人たちはアイドルのミコがいるって気が付いてない。
でも服装は菅原学園の制服だし、なにより農作業してる時にいつもかぶってる帽子だから、弘樹と篤史はすぐに分かった。
近づくだけで、心臓がめちゃくちゃドキドキして、足が雲の上を歩いてるみたいだ。音が遠ざかって歩き方を忘れてしまいそうになる。
油断すると右足と右手が一緒に動きそうになり、変なスキップをしてしまった。何やってるんだ俺は。
なんとかトイレに入る。大きなため息をついて時計を確認すると、影山と篤史からメッセージが入っていた。
『時計のカメラは上部についてるから、腕を自販機に対して直角に置くときれいに撮れるぞ』
『弘樹、スキップしてなかった? なんで踊ってんの? きゃはははは!!』
……つったく離れてるやつらは気楽だよな。弘樹は『じゃあ影山と篤史が撮影に来いよ!』と書き込んだらスンと静かになった。
言うだけなら気楽に決まってるだろ。
すぐに出ると疑われそうなので普通にトイレに入り、手を洗って、出た。
そして自動販売機コーナーに向かう。
壁沿いに六個ほどの自動販売機が並んでいて、一番奥のレーンに近い。
そこに立ち……商品を選ぶような顔をして、時計についているカメラをレーンに向ける。
無駄に左腕がひん曲がってるけど、指先を動かしてどれを選んでいるのか演出する。
でもあんまり動かすと画面がブレて写真が撮りにくくなるから……雰囲気だけ……。
自分の呼吸音が聞こえるくらいドキドキしながら腕を止めて待っていると、時計の画面が立ち上がり写真が何枚も撮られていくのが分かる。
すごい、ちゃんと無音になってる! 影山すごいよ!!
待っていると、写真アプリの上に影山からメッセージが入った。
『駄目だ、解析に入らない。横顔だけじゃなくて、もう少し顔を見せてくれ』
えええ……。弘樹は心臓がバクバクして唇を嚙んだ。これ以上近づくの?! 現時点でその距離四メートルほど。これ以上近づいたらミコにばれそうで怖い。
でもここまで来たんだから……! 弘樹は買ったジュースを一気飲みして、そのゴミを片手に歩き始めた。
自販機コーナーに来て気が付いたけど、ゴミ箱が一番奥にあるのだ。そこが一番ミコたちのレーンに近い。
膝が震えているのが分かって笑ってしまう。いやいや、ただミコが一緒にいる男が怪しいから、調べるだけ。もしここでミコに見つかったら「偶然だね」って笑えばいいだけだ。大丈夫大丈夫大丈夫。呪文のように心の中で呟いてゴミを捨てて、時計をミコたちのレーンに向けた。
腕をレーン側に向けて、身体だけしゃがみ、落ちていたゴミを拾う。
そして通知を確認すると影山から『オッケー。正面から撮れた、解析に入れてる』とメッセージが入っていた。
良かったああああ……。弘樹は早足で自分のレーンに戻った。
すると椅子の前で丸まっていた篤史が笑顔で出迎えてくれた。
「やるじゃん弘樹~~! うまく撮れたよ」
「はあああ、オレンジジュース一気飲みしたから、もう腹がチャポチャポ言うよ」
「完璧だったぜ~! ゴミ箱が一番奥にあるって気が付いた弘樹はえらい~!」
「だろ?」
するとポンと影山から通知が入った。
『一緒にいる男が分かったぞ。名まえは宇佐美
「ええ~~、そうなのか~~、アイドルとボンボン息子……あるあるだなあ~~~」
報告を見た篤史は呟いた。
確かにそういうニュースは結構見る気がする。アイドルとIT社長とか、どこかの息子とか。
弘樹の中でミコは……こういったらファンとしてバカみたいかも知れないけど、話し方とか態度とか軽く見えるけど、実はめちゃくちゃ努力家で、よさこい祭りの時もみんなを引っ張って、一番盛り上げてたのはミコだ。
そのミコがこういう人と付き合ってるのか……と思うけど、でも顔のシミでイジメられた弘樹は『本人の持ってるもの以外で人を決めるのは駄目』だと分かっている。
こんなこと言ったら篤史に絶対笑われるけど……清らかなミコを……ちょっと夢見てたのかも知れない。
いやいや有名人でアイドルだし、どういう人と一緒に居ても問題ないだろと思うけど、横の篤史を見たら同じようにむくれていた。
「夢みすぎてたのかな、俺。なんだかショックだ~~。ミコに何求めてたのかな」
「俺も一緒だよ。でもよく考えたら高校生なんだし、彼氏くらいいるよな。……でもあんな写真撮らせていいのか? うーん、なんか辛い。バレる前に帰ろう」
「そうだな。なんかゲーセンって気分でもないし、帰ろ帰ろ~。あ、マックでポテト食べながら愚痴んね?」
「いいな」
一度もボールに触れぬまま、帰ることにした。
ミコたちも丁度ゲームを終えて帰るようだったので、店を出るのを確認する。そして十分くらい待ち……外に出た。
マックでも行こうぜと歩き始めたら、肩を摑まれた。
「弘樹と篤史! 偶然じゃん。遊びに来てたの? 忘れものしちゃって戻ってきたらいるんだもん。これからボウリング?」
ニコニコ笑顔のミコに見つかってしまった。
驚いて「おおおおうミコ、そうか忘れものか、うーんそっかあ」と完全に挙動不審になってしまったが、なんとか自我を取り戻す。
ミコの反応を見ていると、こっそり見ていたのは気が付かれてないようだ。
小さく息を吐いて確認すると、ミコの奥にさっきの男……宇佐美がいる。
近くて見ても何か根暗そうだし、目つき怖いし……いや、そういうので判断するのはやめようと弘樹は心の中で首をふり、笑顔を作った。
「篤史とボウリングしよっかなって。なあ篤史」
「おおおおおおおう、そうなんだよ、あははははは球が投げてぇなあってなああ~~~球やあ~~~どぉ~~ん」
篤史はミコの目を見ずカラカラと笑いながら言った。
裏表がないのが篤史の特徴だけど、それにしてもウソが下手すぎる。何言ってるのかさえ分からない。
じゃあ、ボウリング行くわ~とロボットみたいになってしまった篤史の服を引っ張り、店に戻ろうとしたらミコが弘樹の服を引っ張った。
「実はミコたち、さっきもうボウリングしたの。今からゲーセン行こうって話になってるんだけど、一緒に行かない?」
そう言ってミコは後ろに立つ男に向かって「ね? いいでしょ。ミコと同じ学校の友達なんだよ」と話しかけた。
弘樹は困惑した。ええ……? この男、ミコの彼氏じゃないの? デートに他のヤツを誘ってもいいの? それともこの男の片思いなの? わかんねえ。
篤史の方をみると、笑顔で目を見開いてパチパチさせている。ダメだ、情報がショートしてる。俺が頑張らないと。
弘樹は唾を飲んでミコのほうを見た。
「あの、ミコさあ、この男の人は……?」
「ああ、この人はね」
「あのさあ、今日だけは俺だけのミコでいて欲しいって言ってるじゃん!!」
ミコが紹介しようとしたら、男は突然大声で叫んだ。
あまりに大きな声だったので通行人が見る。
なんだよコイツ……大丈夫か? ミコの顔を見たら、眉を下げて俯いてて……今まで見たことがないような表情をしていた。
大人みたいな、でも今すぐ泣き出しそうな子どもみたいな、どうしよもない顔。
弘樹が話しかけようとすると、男はカバンから封筒に入った何かを取り出してミコの鞄にねじ込んだ。
それを見てミコが叫ぶ。
「ちょっとねえ、だからこういうのが駄目なんだって!」
「行こう」
そう言って男はミコの腕を引っ張ってタクシーを止めてその場から去って行ってしまった。
弘樹は歩道にポツンと取り残されて茫然とする。
俺だけのミコ? こういうのが駄目? 全然わからないけど、これちょっとヤバいんじゃないの?
篤史?! と思った振り向いたらさっきと同じ表情で目をパチパチさせているだけだ。
使い物にならない。そうだ影山!
アプリを見ると『タクシーのナンバーを教えろ。どっち方面に行った?!』と書いてあった。
弘樹はカバンを投げ捨てて走り出した。もうタクシーは去った後だけど、それでもまだすぐ近くにいるはず!
走るのなんて得意じゃないし、遅い。それでもミコのあの表情が脳裏に焼き付いていた。
ミコのあんな顔、見たくないんだよ……!
いつも走らないから足がカクカクなるけど、それでも走って大きな道に飛び出して……走り去るタクシーのナンバーを何とか見た。
息が苦しくて、その場に座り込んでしまう。
でも忘れないうちに……。息を吸い込んで、吐いて、影山に叫ぶ。
「ナンバーは2218! 丸山通りを左に曲がった」
『オッケー、よくやった弘樹。街角カメラ探すからちょっと待ってろ』
街角カメラ?! なんだよそれと思ったけど、この町は至る所に『街角カメラ』という街の情報をリアルタイムで知らせるカメラが設置してあり、それはネットで見られるはずだ。でも移動に合わせて車の位置を把握することなんて出来るんだろうか。
疲れ果てて道路に座っていると、時計に次から次に映像が入ってくる。
『丸山町を左に抜けて、次は新川町のカメラに写ってる。そのあと消えてるからトンネルに入ってるな。その先のトンネル出口を左……この先には森田ホテルがある』
「ええホテル?! ていうか、俺たちそんなお金持ってないから、これ以上追えないよ」
『LINEは使ってるか』
「うん」
『LINEペイに入金した。今からLINEペイで払えるタクシーをそこに呼ぶから待ってろ』
「ええええ……?!」
弘樹が困惑しているとLINEペイに入金された通知が入り、五分後にはタクシーが目の前に来た。
なんという判断力の早さと、行動力、そして知性。
影山がいたら、どんな悪いやつでもリアルタイムで捕まえられるんじゃないか?!
弘樹はごくりと唾を飲み込んで立ち上がった。
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