第81話 芽依が恋だって?!

「恋って楽しいわね」


 芽依のその言葉に、莉恵子は右手に持っていたビールをタバーーとこぼしそうになった。

 分かってた、知ってた。最近芽依がめちゃくちゃキレイになったのだ。

 仕事でボロボロな莉恵子はお金をつぎ込んでなんとか保っているけれど、芽依は違う。

 もう生まれたての赤ちゃんの肌のようなプリプリとした肌で、最初は「学校が楽しいんだなあ」と思っていたけど、これは違う。

 莉恵子はチータラを口から垂らしながら口を開く。


「恋の相手は相手は学校の人? どんな人? 年上? 年下? 先生? 事務の人?」

「質問が多いわね。学校の人よ。でも結婚できる人じゃないの。でもただ好きで……とても楽しいわ。こんな気持ちははじめて。ゆっくり話したいから、また今度ね。近藤さんが迎えにきてくれたみたい」


 そう言って芽依はバタバタと出て行った。

 その恋のお相手は近藤さんではないのね? 違うって言ってたもんね? それ以外の学校関係者?

 ねえねえ、結婚できない人ってどういうこと? 不倫された芽依が不倫するはずない。それは絶対にない。

 年齢がめっちゃ離れてて十五才とか?! ここここ高校生とか?! 学生さんと芽依が恋?! そんなっ!! 逆に六十才とか?!

 結婚だから法的な話かな。女性の方とか? ああああああ……気になる、誰かに聞きたい今すぐ聞きたい。

 学校関係者……蘭上さん!!

 莉恵子は即LINEを取り出して連絡した。




「あははは! 莉恵子さん、さすがの想像力だねえ」

「蘭上さん、教えてください!」


 引っ越したというわりには、居酒屋の屋上にまだ住み着いている蘭上はニヤニヤしながらビールを飲んだ。

 今日は土曜日だ。別に期待していたわけじゃないけど、土日はいつも芽依がご飯を作ってくれるので、それをあてにしてビールを飲んで待っていたら、可愛くメイクをして出て行ってしまった。

 夏が始まったばかりの気持ちが良い夕方にひとりでご飯もない。庭にカラスが鳴いてるだけ。

 神代は企画に煮詰まり島根に移動。海を見れば良いアイデアが浮かぶんだ(別名・先っぽ巡り症候群)(症状・何も思いつかない)もいい加減にしてくれないと困る。

 つまりのところひとりだったので、こうして実家の居酒屋に押しかけて蘭上を問い詰めることにした。

 蘭上は豆腐を美味しそうに食べて口を開いた。


「相手は学長。菅原学園の学長だよ~」

「学長さん?! ちょっとまってください、あのレゴが大好きで雑草ゴロゴロの人ですか?!」

「そう、レゴが好きな人」

「最初めっちゃイヤがってましたよ!」

「そうなの? いやあもう、学校ではさ、あの二人、付き合ってるのを隠してるみたいだけど、も~~~あふれ出すラブがすっごいんだよ!!」

「聞かせてくださいっ!!」

「芽依先生に怒られちゃうなあ~~でへへへ~~~」

「ビール追加しますね!!」


 結局蘭上はビールを飲んで上機嫌で話し始めた。

 

「学長はレゴが好きでさあ、学校にオリジナルのレゴが作れるマシンとソフトがあるんだ」

「ええ……? レゴって作れるですか?」

「何か作れるんだよ。ソフトで作るとブビーって出てくる。俺は全然分からないんだけど。そもそも言語が英語だし、3Dだし、立ち上げた瞬間から分からないの。なんじゃこれって感じ。でもそれをさあ、学長が仕事で居ない間、芽依さんはひとりで勉強してたんだよね。小学生のそれが得意な子たちに聞いてさあ、わかんないー、これなんで落ちちゃうのーーって騒ぎながら。それで作ったのが、これ」


 そう言って蘭上が見せてくれた写真には、ワイシャツを着たレゴの男の子と、おかっぱの女の人……これは芽依だろう……が写っていた。

 めちゃくちゃかわいい。こんなの作ってる芽依が何よりかわいい。

 蘭上は枝豆を食べながらしみじみと話す。


「芽依さんはPC苦手なのにさあ、小学校たちに聞いてさあ、がんばって作ったんだよ」

「芽依かわいい……」

「そして見てみて! これも作ってくれたの!!」


 そう言って蘭上は鍵につけているキーホルダーを見せてくれた。

 それは同じようなレゴに人形なのだが、髪の毛が白くて着物のような衣装……この前のよさこい祭りで芽依が作っていた衣装だった。

 芽依は忙しそうだったので邪魔をせず、神代と演舞を見た。

 舞台の上で舞う人たちから出てくるエネルギーがすごくて、見せ方を熟知していて……神代なんて感動して莉恵子を置いて仕事場に戻ってしまった。色々と酷いが仕方ない。

 クリエイターを興奮させるクリエイターは一級品で、ものすごく良い作品を見ると、自然と何かを作りたくなる。

 それくらいのパワーが菅原学園の演舞にはあった。

 その時のレゴを、芽依は作っていたようだ。

 目も青で、ちゃんとあの時の蘭上だ。

 莉恵子はそれを見ながらニヤニヤしてしまう。


「嬉しいですね、蘭上さん」

「めちゃくちゃ嬉しいよお。飾りたいけど、飾ると毎日見られないから、持ち歩いてる! もう学長なんて、隠してるけどデロッデロだよ。この前も学長室覗いたら、ふたりで本棚の整頓してたんだけど、芽依さんが本をいれて行くでしょ? それを航平が……あ、学長なんだけどね。航平が台から落ちないか見守ってるの。そんで台から下りるときにさ、こう手を優しく差し伸べるの。その視線の甘さがもうチョコレートファウンテン!!」

「なんとチョコがあふれ出して……?!」

「そんで芽依さんが、ふんわりほほ笑んでさ、手を伸ばしちゃうんだよ……はいここで滑り込むように軽やかにピアノがイン」

「おっと、鳴らしてきましたね、蘭上さん」


 業界人、すこしテンションが上がるとすぐに自分の得意分野をあてがってくる。

 蘭上は嬉しそうに少し立ち上がって手をクッ……と動かしてピアノを弾くような動きを見せる。


「その伸ばした手をさ、航平がやさ~~しく、ほんわ~り握ってえ……あ、ここは跳ねて踊るみたいな高音だね。水みたいな感じがいいと思う」

「いいですよ、音響監督!」

「そんで芽依さんがトンッ……ておりてさ『ありがとうございます』ってふり向く所は一度音楽をとめて!」

「絵を優先して?!」

「そんで髪の毛がふわりと揺れた時に、ギターが入ってくるんだよ~~~そんな曲が生まれちゃうくらいラブラブ」

「ああああ……」


 莉恵子は話を聞きながらビールを一気に飲んでドンとジョッキを置いた。


「甘酸っぱあああああ~~~い。もっとください!!」


 超楽しくなってきてふたりでビールを追加で頼んだ。

 蘭上は目を輝かせて話を続ける。


「それでね、この前屋上庭園で簡単な滑り台作って、ウォータースライダーして遊んでたんだけど」

「さすが菅原学園、意味が分からないですね」

「小学生たちが芽依さんを無理矢理滑らせて濡らしちゃって。もう秒よ、秒で航平が学長室のシャワー室に連れて行って」

「連れて行って?!」

「ふたりで顔真っ赤にして出てきた」

「はああ~~~何してるんですかね、学校で何してるんですかねえ~仕事中ですよねえ~アカンですね、これは」

「アカンですよねえ~~~~」


 二人でアカンアカンと言いながら二人でグビグビとビールを飲んでドンと置いた。

 もう完全に楽しくなってきた。


「シャワー室から出てきた芽依さんは、雨具のズボン履かせられてて」

「パンツが透けたんですね」

「透けたんだろうねえ。我慢できなかったんだろうねえ。そんで小学生たちが水をかけようとしてたら、上もゴアテックス出して着せてた。八月だよ、暑いよ!!」

「雨具で本気で守った!!」

「結局守るより自分が戦ったほうが早いと気が付いて、その後屋上でウォータースライダー大会始まって、芽依さんを上手に逃がしてたよ。航平は高そうなスーツべっちゃべちゃにしてたけど」

「頭もいい人なんですね。そうですかーーー、学長? え、ちょっとまってください、ものすごく金持ちなんじゃないですか?」

「いや、俺もよく知らないや。調べてみよっか」


 蘭上がノートパソコンを取り出したので、ふたりで菅原学園の学長を調べる。

 すると最近大きな会社と技術合併が発表されたとかで、おじさんたちに囲まれて握手している写真が出てきた。

 少年みたいな顔で、髪の毛の先だけ金髪……でも頭が良さそうな雰囲気。ふーん。この人かあ。

 芽依が大学の時に付き合ってた人も拓司さんは真面目で大人っぽい人だったから意外だ。

 そして記事を読んで叫んだ。


「合併規模三兆円!!!!!」

「なんか最近半分くらいに痩せちゃうくらい仕事してたよ。これかあ。えーー、俺より儲けてるじゃん。ずるい~~~」

「いえ、これは会社の規模の話なので個人の元に入る金額じゃないですけど、それでも……なんか業界三位だったけど、これで一位になるみたいですよ。それはこの学長さんの特許らしいから……本当に天才ですね。あーー、だから結婚できない人ってことですかね。芽依はそう言ってました」

「え? 芽依さん、そんなこと言ってた? いやあ、あの状態の航平が他の人と結婚するとか……お金持ちならあるん?」

「やはり血しか信じてない人は一定数います。ああ、やっぱり……菅原一族はみんな政略結婚してますね。あ、でもちょっとまってください。樹航平。なるほど本家じゃないんですね」

「あ、愛人の息子なんだよね。そんなこと言ってた」

「そっかあ、芽依ちん……なんか大変そうな恋始めたんですね、でも幸せそうなら良かった」

「それは俺が保証するよ。すっごい幸せそう。だってもうあまりに甘いからミコとテーマソング作った。題して『学長ラブ』。見て?」


 そう言って蘭上がスマホで見せてくれたのは、音楽室でピアノを弾く蘭上と、歌う日向ミコだった。

 演舞を見た時も思ったけど、この二人の声の相性は絶妙だと思う。

 プロデューサーとしてうずうずするけど、学校で一緒のふたりに手をだしたら芽依に怒られそうで我慢している。

 そこから流れてきた歌詞は……、


『君が振り返った指先、俺が離さないよ。君の事をもう離さない、学長室のアイドル』


 ミコがものすごく美しい声で歌っているが……これは。

「怒られましたよね」

「航平にエレキギターで殴られてお蔵入り。酷くない?! 学長からの傷害事件だよ、あんなの! 許せないよね?!」

「怖すぎですけど、秘密にしてるって言ってるの曲を作っちゃうのは、どうなんでしょうか」

「もう配信オンリーの『学長アルバム』作ろうかな。ふたりを見てるだけでどんどん曲が浮かぶんだ」

「言い値で買います」

「でしょう?」


 そう言ってふたりで笑いあいながら酒を飲んだ。 

 そっかあ。芽依がそんな恋を始めてたんだ。

 芽依が幸せならそれでいい。いいけどさあ……。




 三時間飲むだけ飲んで叫び続けて声が枯れた。

 ふらふらと家に帰ると、丁度芽依も帰ってきていた。

 もう本当に艶々した肌に可愛くて……莉恵子はしがみ付いた。


「芽依ちん、かわいくなった……莉恵子さんはお話が聞きたいです……」

「また酔ってる! それで何その声。ガラガラじゃない。はい飴食べて、お風呂行くわよ。もう莉恵子は航平さんみたいに手間がかかる」


 と笑った。

 それを聞くと妙なライバル心が顔を出して、もう玄関に転がった。

 私はその男よりワガママですけど何か?

 芽依は私の芽依だったのになあ~~~~、ワガママ? ワガママですよ~~~。

 兆か~~兆は映画で稼げないなあ~~~。

 莉恵子はそのまま芽依に風呂に投げ込まれた。

 兆か~~~ブクブクブクブク……。

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