第79話 真実の花


「こりゃすごい」


 航平はスマホの電源を入れた瞬間に流れ込む通知に苦笑した。

 通知が落ち着くまで触れそうになかったので、スマホを机に投げ捨てた。

 そしていつの間にか肩にかけてあった芽依のパーカーを引き寄せた。

 机の上には水とラムネ、それに屋上で芽依がくれた飴が置いてある。


 ……来たんだな。全く気が付かなかった。


 航平は頭をガシガシかきながら通知が収まったスマホを手に取り、まずLINEを立ち上げた。

 そして芽依の所を見るが……なんの連絡も無かった。

 掲示板も何も書き込まれてない。気にされてないのか……と少し淋しくなる。

 でも同時に「それでいいじゃないか」と思う。


 航平は集中するとそれ以外ができない。

 約束も忘れてしまうし、作業で手一杯になる。

 近藤が管理してくれるようになりマシになったが、それまでは酷かった。

 無視したくてしてるわけではない。そうなってしまうのだ。

 でもまあ……気にされてないのは淋しいものだな。


 置いてあった飴を食べると、やはりメチャクチャ甘くて舌が痺れた。

 でも脳内が再び動き出すのを感じる。


「さて、と」


 近藤からの連絡を見ると、籠もれるのはあと二日。

 三日後にはよさこい祭りのようだ。

 どうやら今まで最長の十六日間もここに籠もっていたようだ。

 あと二日で終わらせたい。航平はPCの電源を入れて、最後の謎……見合い写真を見た。

 この会社は岸本重工……調べると


「……おいおい。タービンはタービンでも飛行機のジェットエンジンじゃねーか」


 岸本の業務内容の九割はジェットエンジンの開発で、同じタービン開発をしている菅原とは似ているようで全く畑が違う。

 それにシェアは新田エレクトロニクスが九割で、岸本は一割以下だ。

 こんな弱小企業と俺を結婚させても、なんの旨味もないだろうよ。

 いや……旨味がないからこそ、何か別の意図があるんだろうな。

 航平は膝を抱えて考えた。

 まずは岸本が持っている特許をすべて洗い出して確認する。

 どうやら岸本は新しく合併した海中発電の部署に面白いヤツがいて、そいつが色々新しい特許を取得していた。

 若いし、発想力は面白い。でもコイツを菅原に引っこ抜いたほうが早いだろ。

 岸本の企業体力はほぼゼロだ。わからん、全くわからん。

 航平はザラザラとラムネを食べて水を飲みほした。

 そして岸本が持っている特許と菅原と馬場の特許を使った場合、何かあるのか……と演算しはじめた。


「……ジェットエンジンは、きれいだよな」


 航平はプログラム内で回転するファンローターを見ながら呟く。

 流体力学を専門分野にしているが、発電タービンは単純に利益率がけた違いに高いから手掛けている。

 利益度外視ならジェットエンジンもやりたいが(だからこそドローンも好きだ)これはほんと楽しくてガキの遊びになっちまうんだよな。


 昨日はベッドではなくソファーで気絶するように眠ってしまったが、どうやら深く眠れたようで、どれだけでも頭が回った。

 似ているが違う畑の仕事を知るのは楽しくて、単純にワクワクしてしまう。


 夢中になって演算をかけ、夜と朝を何度も越えた頃……スマホのアラームが鳴った。

 タイムリミットだ。さすがに準備しないとよさこい祭りを見損ねる。

 冷静になって部屋を見渡すと、足の踏み場どころか、部屋が紙や本、そしてゴミで埋まっていた。

 芽依はよくこんな所に入ってきたな。

 こそこそ歩く芽依の姿を想像して……どうしよもなく会いたくなって頭をかいた。



 久しぶりに階段を上ると……膝がカクカクして力が入らない。

 そして扉を開けると、恐ろしいほどの光で何も見えない。


「うっお!! めちゃくそ眩しい!!!」


 叫ぶ航平の前に見慣れたシルエットが頭を下げていた。


「おつかれさまでした」

「近藤、悪かったな。予想より時間がかかった。まずは風呂と飯。そのあと馬場に行く。じじぃに連絡いれといてくれ。あと肉が食いたい」

「準備してあります。……本当におつかれさまでした。馬場工業との技術合併が決まり菅原重工のほうからも恐ろしい量の連絡が来ています」

「分かってる。よさこいが終わったら着手する。とりあえず風呂だ。足がのばしたい。あと近藤、髪を切ってくれ。メチャクチャ痛んだ」

「了解しました」


 足元がフラフラして真っすぐ歩くことも出来ない。

 近藤に助けられながら舗装されてない道を歩いた。

 さすがに籠もるのは一週間程度にしないと、やべぇ事になるんだな。

 航平は身をもって知った。



 風呂と食事を済ませて髪を切り、航平は車に乗り込んだ。

 今日はよさこい祭り本番だ。芽依と見たかったが、馬場のじじぃが「早く見せろ!!」とうるさくてスマホが爆発しそうだ。

 最初から相談してくれたら良いのに、本当に素直じゃねーな。

 

 よさこい祭りの会場に到着すると、華やかな衣装に身を包んだ人たちが出店でたこ焼きを買っていた。

 旨そうだったので一つ買い、会場に向かう。しかし悠長に食べながら見ている時間はなく、航平は遠くからでも見える場所に移動した。

 みどり色の布が会場を包んでいるのが見える……どうやら菅原学園の演舞が始まるようだ。

 芽依が布を持って走りまわっているのを学長室から見ていたから知っている。

 風に吹っ飛ばされてのを思い出して笑ってしまう。


 そして演舞が始まった。布の真ん中から現れた蘭上の圧倒的な存在感がすごい。

 やはり一級のエンターテイナーだな。歌、ダンス、芸能方面で成功する人間にもっとも必要なものは一般教養だと航平は思う。

 存在自体を育てることなど出来ない。エンターテイナーは持って生まれた力で決まってるんだ。

 ただひとりで踊っていても誰も気が付かない。それを先に見せていくのは、結局芸術を商売にしていく凡人たちだ。

 そいつらと付き合っていかないと、誰にも知られない。

 ひとりじゃ遠くになど行けない。

 それは航平が菅原学園を愛している最大の理由だ。

 仲間がいないと、結局「ただ荒野で踊る天才」で終わるんだ。

 大きな拍手に包まれて終了した舞台を、航平はスマホで撮影した。

 こういうのが見られるから、学長はやめられない。

 


 馬場工業に到着すると、建物の前でじじぃが仁王立ちで待っていた。

 目をキラキラさせて、その表情はまるで子ども。きっと自分もこういう顔をして設計図を引いているのだと思うと笑ってしまう。


「航平ー! さあこっちへ来い。データを見せろ」

「その前にじじぃよ、岸本のアレは何なんだ」

「あれなーーー、航平でも無理そうか。演算上は良いデータが出るんだが、どーしてもうまいいかん」

「いやいや。どうして普通に『この会社のアイデア試してくれ』って言わずに、一人娘の見合い写真つけてきたんだ」

「喜代美さんが『このほうが航平のやる気があがりますから。航平くん、今、初恋なうなので』って言ってたぞ。初恋なう?」

「ちょっとまて、俺で遊ぶな」

「俺じゃねぇよ、喜代美さんだよ。初恋なう?」

「もう帰る」

「ウソだよ、航平、ウソウソ~~~~。……どんな子? お前が恋とかなあ。だってお前オムツしてプログラム作ってたのによお……待てって!!!」


 最初からじじぃが全力でイジりたおしてくる。

 このじじぃ、タービンと一緒に墓に埋めたほうが世界が平和になるだろう。

 ていうか、喜代美……マジでアイツ、どこまで情報握って俺をオモチャにしてるんだ。

 とりあえず『許さねぇ』とだけLINEを打って電源を落とした。

 楽しい答え合わせの時間だ。

 

 二週間かけて死ぬ気で作ったタービンの設計図は、じじぃが作ったものとは全く違い、その差にふたりで感動した。

 エネルギー効率はじじぃが作った物のが上だが、耐久性では航平が考えたものがズバ抜けて高い。

 お互いのアイデアを複合させれば更に先に行けそうで、たまらなく興奮する。

 技術合併の契約を済ませて、ふたりでたこ焼きを食べながら岸本の特許を見る。


「……これ、あれだな。じじぃのヤツと、俺のヤツ。融合する過程で……岸本のコレを使えば……うーん?」

「そうなんだよな。可能性は感じるんだが……こう四歩先のアイデアで、そもそもこっちがそこまで行けてないから、使えるかもわからん。そこに向かって歩くのが正解もわからん。でもこの先に進むためにプラスになる可能性は高い。ただ無駄足の可能性も高い」

「やってみる価値はあると思ったから、俺に投げたんだろ?」

「その通りだ」

 

 馬場のじじぃは岸本のアイデアに何かを感じている。それは航平も同じだった。

 新田はここの部分で何をしてるんだ……とサイトを調べて……指がとまった。

 部屋の真ん中に金ぴかな銅像、これものすごくデカいんだ。なんだ知ってるぞ。

 創業者の顔にも見覚えがあった。いや、畑が違うから会ったことなんて無いだろう。

 でも脳内でチリチリと何かが見える。


「……なんだっけな。なんだっけ。なんだこれ……あーーー!!」


 航平は指をパチンと叩いて近藤のほうを見た。


「昔俺が、何度も無理矢理パーティーに連れて行かれたのは、新田のパーティーだろ」

「調べます」


 近藤はその場でノートパソコンを取り出して、航平の過去のスケジュールを確認し始めた。

 そして顔を上げた。


「そうです。航平さんは八年前から三度、新田のパーティーに参加されています」

「……だよな」


 会場にある金ぴかの銅像を見て「バカじゃねーの」と言ったから覚えていた。

 それを言ったらものすごく怒られた。その周辺から秘密基地に行きはじめたんだ。

 これはあれだ、新田エレクトロニクスと晶子が何か繋がってるんだ。


「……はへーーーー」


 航平はもう拍手した。たぶん喜代美は新田エレクトロニクスのシェアを岸本に奪わせたいんだ。

 じじぃが岸本の特許に興味を持っていると知って、粉ふりかけてきたんだな。

 ほんの少しで良いから新田エレクトロニクスのシェアを奪いたい、痛めつけたい?

 なんだか知らんが、新田エレクトロニクスと晶子は繋がってる。

 俺を引きずってパーティーに行っていたんだから、昔から何かあるんだろ。

 八年前!! 八年前から喜代美はこの情報を握って業界見張ってたのか? 


「こえーーよ!!」


 思わず叫ぶ。

 腐ったハイビスカス……これは本当に晶子の事なのかも知れない。

 足の踏み場もなく広がった資料の上で横になりながらたこ焼きを食べていたじじぃが口を開く。


「とりあえず一回岸本行くか。このエンジニアと話をしてみたい。航平も来い」

「俺、じじぃが仕掛けてたテストで二週間まともに寝てないんだ。休ませてくれよ。疲れた」

「初恋ちゃんに会いたいのか」

「じじぃ、それ以上イジるとお前が麻布に持ってる……」

「あーーーあーーーーあーーーーー、休め航平。来週会おう」

「だよな」


 馬場一族を調べたら、山のようにヤバいネタが転がっていた。

 これ以上俺をオモチャにするなら、全部ぶちまけてそのまま墓に投げ込んでやる。 

 ……新型タービンに開発が終わったら、な。

 


 車に乗り込み、喜代美に電話をかける。

「お前は何がしたいんだ」

『大掃除よ』

「うわああ……怖い」

『夏の大掃除』

「もういい、聞きたくない。二度と饅頭持ってこないでくれ。俺は何も受け取らんぞ」

『あらら。芽依さんは打ち上げに行くみたいよ。最近可愛くなったわねえ。すぐに彼氏ができちゃいそう。航平は仕事なんてしてていいの?』

「お前が持ってきた仕事だ!!!」

『ジェットエンジンのシェアも取ったら、お父さまも航平を認めて、きっと自由にしてくださるわ。だから言ってるじゃない、私は航平と芽依ちゃんの味方。それでももう饅頭は要らないの?』

「わーい、饅頭おいしいでーす……」

『でしょう? 感謝してほしいわ。私は芽依さんくらい普通の人が航平の奥様になってくれると助かるの。航平の奥様になる人が強いと面倒だわ』

「なるほど。そういう話があるのか」

『だから言ってるじゃない、夏の大掃除よ』

「はああああ……ボスキャラ強い……」


 そう言って航平はスマホを投げ捨てて車の中でふて寝した。

 もうとにかく疲れたけど、芽依には会いたくて近藤に打ち上げをしているホテルに向かうように伝えた。

 そしてまたも喜代美に上手く使われていることに頭を抱えた。

 ラスボスにも限度があるだろう……。


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