第78話 最高の仲間たち
しん……と静まった会場に、嵐のような拍手が沸き起こった。
そして地面を揺らすような歓声が、拍手と共に会場を包む。
芽依はそれを聞きながら、涙ぐんだ。
右手だけ赤い手袋にしようと言ったのは、篤史だった。
それは菅原学園の特性が関係している。普通のチームは小学生は小学生のみ、高校生は高校生のみだ。
だから衣装を揃えるとそれだけで美しい。
でも菅原学園は、下は小学生。上は芸能人の蘭上までいるのだ。
身長差がすごい。だから同じ衣装をきてもバラついて見える。
「じゃあさ、手の位置だけ、しっかり合わせるとかにしたらどうかな?」
篤史の言葉に、蘭上とミコは目を輝かせた。
衣装が真っ黒で右手だけ赤い。そのラインさえ守れば、演舞のランクは一つも二つも上がって見えた。
なにより他がバラついても、その真っ赤なラインさえ死守すれば良い、そう子どもたちが思えたのも良かった。
そもそも常日頃から踊っている蘭上やミコとは違い、小学生たちは踊りに慣れていない。それでも手の位置さえ揃えれば美しいと見せるために、真ん中に入って踊ったら……影山に晒されてしまったんだけど。
演舞を始める前に、会場を緑の布で包むのを考えたのはミコだ。
ミコや蘭上は、もともとファンがいるので、会場に出て場所につく時点でファンたちが声援を送ってしまう。
「菅原学園として始めたいの」とふたりが言い、会場を包むことに決めた。
芸能人としての自覚を持ってるけど、今日は学校として出場したい! という意思はみんなの心をひとつにした。
何度も布を開くタイミングの練習をしたり、どういう布が良いか考えたり、大変だったけど楽しかった。
夜の海をテーマにした蘭上の曲と、ミコの歌は素晴らしくて最初から鳥肌が立った。
練習している時から思っていたけれど、ミコの声は空に抜けるのだ。
屋上で聞いていた時、本当に気持ちが良かった。
それが野外となると更にパワーアップして、会場の人たちの空気を一気に引き寄せた。
蘭上が直前に「髪の毛真っ白にする~~」と言った時は驚いたけれど、これが太陽の象徴としての蘭上を引きたてた。
目には青色のコンタクトを入れたせいで、獅子のようで、衣装に見事にマッチした。
でも旗に似顔絵が描いてあるのは芽依も知らなかった。
完全にサプライズで、正直泣いてしまった。
いつ作ったのか知らないわ。最後の最後まで忙しかったはずなのに。
本当にすてきな子たち。
舞台の裏にあるビルの中が控え室になっていて、顔を出すと疲れ果てた皆が転がっていた。
芽依を見つけて走り寄ってきたのはミコだ。
「芽依ちゃん先生どうだったーーー?」
「最高だった! ミコの声、今日も最高に響いてたわ。足首は大丈夫?」
「うん。テーピングしてもらったの。来年はヒールで踊るのはやめとくーー」
ミコは曲の最初にヒールを鳴らしたい! と決めて練習していたが、これが大変で最後には足首を痛めた。
練習は運動靴で続け、本番の今日のみヒールで踊った。
かなり足が疲れたらしく、今は裸足でペタペタと移動している。
そのミコに向かって弘樹が叫んだ。
「おい、ミコ。なんだあの絵は」
「超うまかったっしょ? ミコ天才だからさ、えへへ」
「なんで服に『弘樹』って書いてあるんだよ。下手だし、ダサすぎるだろ!」
「もう、嬉しかったくせにい~~」
「……そう。嬉しかった。ありがとう」
「やだカワイイ。それに衣装着てる。写真とろ、写真~~~!」
そう言ってミコは弘樹を連れて外に出て行った。
他にも数人の生徒たちが追っていく。
そこに蘭上が来た。
「芽依さん、おつかれー! どう? 俺やっぱ天才だった?」
「天才だったわ」
「え……どうしよ……そんな風に言われると思ってなかった。何も準備してない……」
「アーティストとしては素晴らしいと思う。でも最近忙しいからって、部屋から荷物があふれ出してるわよ。もうグッチャグチャじゃない」
「そうなんだ。もうやっぱりさすがにあの部屋には荷物が入らない。だから、あの部屋を出ることしたんだ。もう俺、大丈夫だから」
「蘭上……」
何度言っても居酒屋に居続けた蘭上。
でもきっと学校に行きはじめたことで、足元を見つけ始めたんだ。
成長したのね、素晴らし……
「だから、すぐ隣のマンションを買ったんだ」
「?? 隣を買ったら何も変わらないじゃない」
「建物は出るよ……俺は成長したんだ」
「変わらないわよ! 結局全部お母さんに頼むんでしょ」
「もう荷物入らなくて。いやあ、隣に手ごろなマンションあって良かった~~」
そう言って蘭上は写真撮影会に飛び出して行った。
ただ荷物が入らないから部屋を拡張しただけだった。
一瞬でも見直した私がバカだったわ。
でも……アーティストとしては素晴らしいから、それを支える人たちが周りにいる環境は、彼にとってプラスなのでしょう。
「おつかれさま。素晴らしい演舞だったわ」
「喜代美さん!! 来て頂けたんですか。うれしいです」
真っ暗な廊下に咲く一凛の百合の花。
それくらい真っ白な肌に、真っ白な着物を着た人……それは菅原喜代美だった。
芽依は休憩所で椅子を勧めた。
喜代美はあれから数回、大きな日傘をさして畑に来てくれた。
そのたびに美味しいお菓子や、お饅頭、それに今週行って来た神社の話をしてくれて、芽依は毎回楽しみにしている。
いつも美しい着物を召されていて、憧れてしまうのだ。
喜代美は丁寧にほほ笑んで口を開く。
「素晴らしい演舞でした。まるで獅子舞のよう。
「!! 私、多度津の青木北山獅子を見たことがありまして」
「まあ。すてき! 五段の舞ですね」
「そうなんです。本村獅子組さんも気になるんですけど」
「まあまあ、さすが芽依さん。そういえば衣装も青木北山獅子に似てますわね」
「そうなんです。実はヒントを頂いたりして」
神社の話になると楽しくて時間を忘れてしまう。
でも喜代美さんもお忙しいようで、鳴ったスマホに呼ばれて車に乗り込んでいかれた。
ああ、こんなところで獅子舞の話ができると思わなかった。楽しくて何時間でも語れてしまう。
スマホを確認すると、結桜から連絡が入っていた。お義母さんの出番が近い!
芽依はすぐに会場に戻った。言われた場所に向かう結桜が見えた。
その顔は、目の上がキラキラしていて、チークもすごくて、お化粧が濃いのでは?
そして横に、騎士さんがいた! 芽依は髪の毛を整えながら近づく。
「結桜、間に合ってよかった」
結桜は芽依の服をグイと引っ張って口を開いた。
「ねえちょっと、芽依さんの学校に蘭上いるって知らなかったんだけど!! 私がファンだって知ってるよね?!」
「仕事をしてる蘭上と、学校の蘭上は別で考えてあげて? 結桜だって今ここに学校の子たちが来たら気まずいでしょう?」
「うーん、まあそっか。あ、彼氏の
騎士というブランド名だし、名前も今どき風だと勝手に思っていたが、古風なお名前が出てきて少しだけ驚く。
そうよね、お名前はご両親が付けるんだもの。
徹男は芽依に向かって礼儀正しく頭をさげた。
「はじめまして。徹男です。結桜さんとは清く正しく美しくお付き合いさせて頂いてます」
「はじめまして。竹中芽依と申します。よろしくお願いします」
徹男も礼儀正しく頭をさげてくれた。でも被った帽子にはピンクのもさもさ? が付いていて、それがファサアアと揺れた。
そして耳には、もうこれ以上開ける場所がないほど安全ピンが並んでいる。
さっき突然衣装が破れてしまい、急遽安全ピンで留めた。
耳にこれだけあれば、すぐに衣装が直せて安心ね……とか考えて、全然そうではないだろうと芽依は我に返った。
そしてとにかく前髪が長い!! 首より下まである。
逆に後ろは刈り上げてあるようだ。謎……。駄目よ芽依、感覚が老人だわ。
その奥でお義父さんがぼんやりと舞台を見ている。
気が付かなかった。芽依は急いでお義父さんのほうに移動した。
そして小さな声で言う。
「(……どうですか。徹男さんは)」
「(いや、予想以上に礼儀正しいが……ズボンの穴からパンツが見えているのが、ファッションなのか、違うのか……朝から気になって仕方ない)」
「(ええ……?)」
首を伸ばして見ると、本当にズボンに大きな穴が? あいていて、どう見てもトランクス? パンツ? が見えている。
見せパンとか聞いたことあるから、そのジャンルなのでは? 戸惑っているとお義母さんたちの演舞が始まった。
鮮やかな青色の衣装を着たお義母さんたちが手を振って出てくる。
曲が鳴るとビシッとカッコ良くポーズを決めて、気持ち良さそうに踊り出した。
前にみた日舞の発表会に出ていた方が多くいらっしゃって、皆さん目を輝かせて楽しそうだ。
演舞が終わって、芽依たちは大きな拍手をした。やっぱり好きなことをしているお義母さんはカッコ良い。
横でお義父さんが口を開く。
「……リハビリが辛くてサボっとったが、ちゃんとする。それで家に帰って、バカ息子の子どもは俺が見ないと駄目だな。あんな楽しそうな母さんを拘束するのは、駄目だろう」
「そうですね。それが出来たら一番良いと思います」
「芽依さんはもうそろそろ、俺たちに関わるのをやめたほうがいい。拓司が離婚して戻ってくるぞ。アイツはアカン。本当に駄目だから、もうあとは俺たちに任せて、幸せになるんだ。菅原学園の舞台、最高にカッコ良かったぞ」
「……ありがとうございます」
そう言って頭をさげた。
関わっていたかったのは、芽依のワガママだ。
拓司以外の人たちは、好きだったから。
でももう、いつまでも甘えてちゃ駄目ね。お義父さんのしわしわな手を優しく包んだ。
お義母さんに挨拶をして外に出た。
掲示板を見ると『ホテルに戻って打ち上げしよ~~』という書き込みが多数入っていた。
芽依は『いきます』と返信した。
そしてLINEを見ると航平から『菅原学園、最高だったな!』と写真付きのメッセージが入っていた。
写真を見ると舞台が小さくしか見えない。遠い場所だけど見てくれたようだ。良かった。
でも……一緒に見たかったな。朝から地味に連絡を待ち、探していた。
お仕事だから仕方ないって分かってるけど、やはり淋しく思ってしまう。
まだ仕事が続くなら、鞄に溢れるラムネ菓子を基地に持っていこうと思った。
芽依は最近コンビニやスーパーにいくとラムネ菓子を買ってしまう。
今まで知らなかったけれど、袋に入った大粒のものや、イチゴ味のものなど色々あった。
いつも同じものよりこういうのも良いんじゃない? と買ってしまう。
デパートで品のよいワイシャツを見ると、やっぱり縫い方が違うものねえ……と観察してしまう。
そして改めて思う。
恋ってこんな風に始まって行くのね。
芽依はいつも打算でしか恋をしていなかった。
大学の時はじめて出来た彼氏は、就職に有利だから付き合った。
結婚相手として相応しいから拓司と恋を始めたのだ。
だからこんな風に「カケラ」で人を思い出すのが恋だと知らなかった。
何度もLINEしようと思ったけれど、眠っていた姿を思い出してやめた。
お仕事や睡眠の邪魔はしたくない。
航平は結婚できる相手じゃない。
だからって、芽生えてしまった気持ちを消す方法なんて、存在しない。
この年になって初めて知った気持ちが心地よい。
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