第76話 進化した蘭上


「あ、すごくいい。一気にエキゾチックになった」

「やっぱり褐色少年には白い髪の毛って決まってるんですよね~~」


 小野寺はその場で上がってくるスチール写真を加工しながら言った。

 今日は蘭上のライブDVDのプロモーション撮影だ。

 居酒屋で結婚パーティーをした時に「莉恵子さん、来月俺のプロモーションよろぴく~!」と雑に頼まれた。

 飲み会で仕事の話をしても両者覚えてないし、まあ来るなら正式に依頼がくるだろう……と思っていたら、一週間後には社長から連絡が入った。

 どうやら本当の依頼だったようだ。


 現在、蘭上にはとんでもない量の仕事が殺到している。

 菅原学園に入学してから蘭上は明確に変わり、評判が上がったのだ。


 まずビジュアルが大きく変わった。実に適当な日焼けをしているのだ。

 もう首と胸もとでクッキリ! Tシャツの形でクッキリ! 顔も黒々!

 社長は「健康的でいいじゃないか~」と喜んでいるが、慌てているのは蘭上のプロモーションを仕掛けている人たちだった。

 「線が細い病弱で厨二全開」で売っていたのに、筋肉も付いて日焼け跡がクッキリの元気少年になってしまった。

 プロモーションの依頼と共に「莉恵子さん、路線変更したいんです!!」と泣きつかれた。


 そして人と話せるようになった。

 昔は音楽番組に出てもぼんやりしてるだけだった、司会者としっかり話をするのだ。 

 ボケ側だと思ったら、司会者に的確なツッコミを入れる姿が好評になり、色んな番組への出演依頼が殺到している。

 店で常連相手に話しているのを見ていても思うけど、子どもからご年配の方々まで誰でも話せるし距離感がフランクだ。

 弱さを知っているのに、対人的な怯えが消えた人間は、正直かなり強い。


 そして病気で学校に行けなかった蘭上が、大人になってから学校に通い始めたというのも非常にプラスなイメージだ。

 最近週刊誌に『アイドルの日向ミコとのデートか?!』とすっぱ抜かれていたが、すっぱ抜いたほうが叩かれていた。当たり前だ。

 人の努力を笑う人に加担するほど世間は緩く出来てない。

 芸能人は売れなくなってくるとムチャな路線変更をするけど、蘭上は「病気で学校に行けなかったから、今行くんだ」という前向きなメッセージがある。

 そのメッセージに共感した子どもたちが菅原学園に入学した……という話もこの前ネットで見た。


 つまりの所、評判爆上がりしているのだ。

 当然仕事も殺到している。


 問題は本人に全く仕事をする意欲がないことだった。

 今まで十年以上、ため込んできた貯金で死ぬまで生活が出来る。

 音楽を作る以外に欲もなく、ギャンブルも女遊びもしない。

 朝から真面目に学校に通い、無遅刻無欠席、あげくの果てには芽依が顧問をしているよさこい部に入り、オリジナルソングでダンスまで作っていた。

 模範的すぎる……。


 学校に通いながらプロモーションを仕掛けるにあたり、蘭上からの依頼内容は明確だった。


 ①時間をかけない

 ②病弱じゃない

 ③メイクしたい

 

 年に一度のプロモーションなので蘭上の会社スタッフは気合いが入っていたが、蘭上はどこ吹く風。

 スタッフたちはいつも通りコンペをするつもりだったが「よさこい祭りが近いんだ」と笑顔で断ったようだ。

 コンペしないなら、慣れた莉恵子で良いや~と指名してくれたようだった。

 蘭上の仕事は基本的に好きにできて楽しいので、大歓迎だ。

 要求を元にチームで話し合い、引き受けることを決めた。

 今は省庁との仕事も落ち着き、神代との仕事は企画段階。映画の出資元が海外なので、やり取りも煩雑で待たされていた。

 じゃあやろうか……と引き受け、小野寺が出してきたアイデアが「髪の毛真っ白なアラブの油田王が黒豹撫でてるのがいいと思います!」とだった。



 小野寺は写真を見ながら言う。


「アラブな衣装は日焼けが隠れるのがいいですよね。腕、足。どれだけ適当に暮らしたらここまでクッキリ焼けるんです?」

「元々真っ白だったもんね。そりゃ焼けるよ」


 莉恵子も釣りに誘った時はスキーウエアを着せたほど、蘭上に日焼けさせるのは怖い。

 紫外線で火傷する病気だと聞いていたので、完治したとしても、それをさせる勇気は無かった。

 でもあの焼け方を見ていると、本当に完治したようだ。

 真っ白から真っ黒へ。劇的な変化だ。


 そして元々金髪だったのに、いつも間にか何もせず真っ黒になっていた髪の毛を今回真っ白に染めた。

 それが黒い肌によく似合っているのだ。

 目には水色のコンタクトレンズを入れて、本当に異世界の王子様のようだ。

 芽依曰く「毎日鍬を振り回してるし、山を何キロも移動してるわ」らしく、身体がものすごくしっかりしたのだ。

 その焼けた肌に金色のジュエリーが映える。

 小野寺は写真を見ながらうっとりして口を開く。

 

「なんかこれが日サロじゃなくて農作業してて焼けたってのが……もういいですよね……」

「農業してる蘭上は強いね。単純にギャップが印象も良いもん」


 初回特典に写真集を作っているのだが、その中に本人の希望とおり「農業している蘭上」を入れた。

 社長が「毎回捨てるのが忍びないから」と買い与えているという黒いTシャツに、黒いズボン。

 それに大きな麦わら帽子をかぶって雑草を両手に持っている写真だ。

 菅原学園にメディアを入れたくないというので、レンタル農園で撮ったのだが、これがすごくいい。

 めちゃくちゃ人間っぽいのだ。

 写真を芽依に見せたら「ちゃんと芸能人風に農業してるじゃない。菅原の畑では頭の先から足の先まで泥だらけで川で泳いでるわ」と聞いて爆笑した。

 どうやら「自分が楽しい場所にメディアを入れたくない」ようで、取材はすべてNG。

 ちゃんと切り分けているようなので、撮影には行けない。少しだけ残念だ。

 一階に下りると、蘭上が撮影用の黒豹と遊んでいた。


「莉恵子さん、見て~~~! すっごくかわいい」


 動物レンタル会社に依頼した黒豹は思ったより大きく、なにより身体がしなやかで美しい。

 莉恵子はシベリアンハスキーやゴールデンレトリーバーのような大きな犬が大好きなので、さっきからコソコソと戯れている。

 完全に人に慣らされているので、撫でるとゴロゴロ言って転がるのがたまらない。

 それなのにカメラを向けられるとキリッ……とした視線をする動物界の女優さんだ。

 写真を撮ってくれと頼まれて、黒豹と蘭上の写真を撮る。

 恐ろしく絵になって良い感じだ。

 それを蘭上は嬉しそうにインスタにアップしていたが、その前のアップされた写真は畑で抜いた雑草だった。


「ちょっと蘭上さん、これ歌手のインスタとしてどうなんですか?」

「メヒシバねー。もう大変すぎて思わず写真に撮ったよ。ほら、見て。スライドすればするほど抜いた雑草が増えていく。これだとやる気になる」

「この写真を見せられてるファンは……めちゃくちゃ喜んでますね。訓練されすぎてませんか?」

「メヒシバは地力が低いから生えちゃうんだって。ノボロギクとか、ホトケノザとか生えるような畑を目指さないとダメなんだ」

「雑草ウンチクは会員専用WEBでお願いします」

「あれね。莉恵子さんやるなあ~~。俺、仕事は基本的にしたくないけど、あれは楽しい」

「ありがとうございます」


 莉恵子は頭を下げた。

 仕事をしたくないという蘭上を働かせるために、会員専用WEBで農業対談を始めてみた。

 その結果入会者は倍に増えたし、蘭上も畑のウンチクを聞かせてもらうのは楽しいらしく、唯一ライブ以外の仕事として引き受けてくれた。

 ものすごく普通に豆を作っている話や、未来の農薬、ひいてはビル内で育てる野菜の話までしていて、驚いた。

 キャラクターの幅が広がりすぎて、会社側が追い付いてないのがもったいない。

 でも……今が楽しいんだよね。

 見ていると本当にそう思う。

 



 朝の六時から始めた撮影は、夕方の六時きっかりに終わった。

 ここから合成や加工に入るが、蘭上の撮影はこれで終了だ。 

 打ち上げは要らない、はやく居酒屋に帰ってご飯にしたい~~と言うので、久しぶりに一緒に居酒屋に行くことにした。

 そもそもいつまで実家の居酒屋に住み着いてるのよ?! と思うが、お母さんもお義父さんも、なんなら常連さんも大歓迎しているので、もう諦めた。


「おつかれさん」

「神代さん!」


 居酒屋に行くと神代がカウンターでビールを飲んでいた。

 莉恵子はここ二週間蘭上の準備が忙しくて会えてなかったので嬉しい。

 神代も企画のために美術館や写真撮影に行くことが多く、先日まで青森に居た。


「週末は休めますか?」

「うん。月曜石川行くけど、土日は休む」

「石川。なんでです?」

「日本の先っぽ巡りすると良いアイデアが浮かぶ気がする……」

「それ疲れてますよ。日本先端巡り症候群っていう病気で、クリエイターがよくなる病です」

「尖りを求めておかしくなってるのか俺は」

「海見ると何とかなると思うみたいですけど、変わらないですよ」

「そんな……!!」


 あ、そういえば軽い打ち上げのために蘭上と来たんだった……とふり向いたら、入り口で蘭上が目を輝かせていた。

 そして荷物を投げ捨てて叫ぶ。


「神代監督だ!」

「おお、蘭上くん。この前はごめんね。君が来る頃には俺、寝てたね」


 神代は苦笑しながらビールを飲んだ。

 正直あの結婚披露パーティー? 飲み会? は莉恵子のトラウマだ。

 飲まされまくった神代は仕事を終えた蘭上が来るまで持たず、スヤスヤと眠っていた。

 莉恵子は神代の隣に座ってビールを頼んで口を開いた。


「神代さん、もう飲み過ぎないでくださいよ。もうタクシーで奈良漬け運びたくないですからね」


 蘭上は何を飲むの? と思って顔を見たら、蘭上は目をキラキラさせて神代の横に座った。


「神代監督、俺、監督の『君が産んだ殺人』がすごく好きです」

「おお~~? 映画祭に出した短編だ」

「俺、時空神主に憧れて、三枚目のアルバムで神主になったんです」

「そうか。うれしいなあ」


 ??? 莉恵子はお義父さんが持ってきたビールを勝手に飲みながら思った。

 蘭上は神代のファンだったの??

 そういえば、この前のパーティーの時も神代の横で起きるのをワンコのように待ってたのを思い出した。

 まあ神代は微動だにしない奈良漬けになってたんだけど。

 蘭上は背筋を伸ばして続ける。


「最近脚本書かれてた『恋の変光星』も見ました。年齢逆転のSFいいですね!!」

「これまたマニアックだな。あれ苦労したんだよー。そっかあ、蘭上くん色々見てるんだね」

「新しいアルバムで、あの映画をイメージした曲を書いたんです。聞いてもらえますか?!」

「お、そうなの。聞かせてごらん」

「はい!!」


 蘭上がiPadを出して神代にヘッドフォンをしている。

 莉恵子はその横で、お義父さんが持ってきた豚キムチを食べながらビールを飲んだ。

 蘭上、神代のめっちゃファンじゃね?


 ふたりはキャイキャイと映画と音楽の話をして、どんどんお酒を飲んでいった。

 結果やはり神代は二時間で奈良漬けになり、莉恵子はそれをタクシーに投げ込んだ。

 到着したマンションで莉恵子は叫んだ。


「もう!! 今日はふたりで、ゆっくりお風呂に入りたかったのに!!」

「莉恵子ー、寝ようーー。明日、明日は一日家から出ない。本当だ。一日一緒に居よう?」


 そう言って神代は莉恵子の頬に優しく触れた。

 そして肩にトスンと頭を置いて……眠った。

 もおおお~~~~やっぱりもう実家の居酒屋行かない!!!

 

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