第66話 家族になるためのプロポーズ


「めめめめめ芽依ちゃん、変じゃない?!」

「何度も言ってますけど、変ですよ」

「変じゃないでしょおお???」


 莉恵子のお母さんは台所で叫んだ。

 朝から何度も言っているが、変な服装をしているのだ。

 黒のワンピースなのだが、右側だけラメが大量に付いていて、右袖だけ斜めに長い。

 そして左側にサイズを間違えたような巨大なリボンが付いているのだ。

 どう考えても変な服だ。

 お母さんはいつもの二倍濃い化粧で叫ぶ。


「じゃあ何を着たらいいのよ、この晴れ舞台に」

「普通に黒のハイネックに黒のパンツとかじゃないですか?」

「地味すぎるでしょう、四十年待った日にぃぃぃ」

「お母さん、私たち、三十になったところです」


 朝から何度も答えているのだが、落ち着かないようで再び台所に立った。


「豆でも煮る?!」

「料理すると落ち着くのはわかりますけど、これ以上作っても食べられません」


 お母さんも芽依も落ち着かなくて、昨日から何品も作ってしまった。

 来る人数を考えると、どう考えても作りすぎだ。

 お母さんは巻いてある髪の毛を耳元で更にくるくる巻きながら口を開く。


「ああああああ……あと何分?!」

「さっき出たってLINEきてましたから、十五分くらいでしょうか」

「ビール買ってくる?!」

「生ビールのサーバーまで借りたんですよ? 落ち着いてください」


 芽依が窘めると、すごすごと台所の椅子に座った。

 今日は莉恵子と神代が結婚の挨拶に来る日だ。

 莉恵子の家にお母さんとお義父さん、そして芽依の三人で待っている。

 莉恵子と神代は、神代の家で準備をして来る……とさっき連絡があった。

 

 昨日の夜、前のりで来たお母さんは、ず~~~っと料理をし続けて、盆暮れ正月クリスマスが全部来たような料理三昧だ。

 その気持ちはわかる。芽依も莉恵子に

「三人にご挨拶したくて……いいかなあ」

 と言われた時は、やだちょっとまっていつなの?! 美容院行かなきゃ! と思ったのだ。

 名前だけは知っていた神代に初めて会う。

 学生の時に会ったことがあるみたいだけど……全く覚えてないのよね。

 それに結婚の挨拶なんて……芽依も落ち着かなくて、もう一度トイレと洗面所をチェックしよう……洗面所に向かうとスーツを着たお義父さんが立ち尽くしていた。


「びっ……くりしました、どうしたんですか、こんなところで」

「俺……居てもいいのかな。居ない方がよくない? せっかくの晴れの日なのに、無関係の俺がさあ」

「お義父さん、無関係というなら私のほうが無関係です」

「そんなことないよ、芽依ちゃんは莉恵子の親友じゃないか、俺は母さんを横取りした男だからなあ~~。もうこの家も正直入りこんですいませんって感じだよ~~~」

「お義父さん、再婚するときに『俺は他人だから、莉恵子ちゃんがイヤなら、再婚しない』って言いましたよね。莉恵子、あの言葉がすごく嬉しかったみたいで、あの時からお父さんになったんだ……って今もお酒飲みながら言うんですから。居ないと悲しみますよ」

「うわあああ~~~ん、落ち着かねーーー!」


 そう言って裏口を開けたら、そこまで莉恵子と神代さんが来ていた。

 お義父さんはバターンと裏口を閉めた。その表情はもう完全に泣いている。


「こういう所!!」

「少し運が悪いだけですよ!!」

 

 日本料理の有名店で修行を積んだ、とても料理が上手な方で普段は冷静なのに、もうどうしようもない。


「もう無理だ……包丁研いでくるわ……最高に落ち着くからよ……」

「挨拶に来たらお義父さんが包丁研いでたって怖すぎですよ! お母さんーー、もう来ますよーー」

「あ~~、駄目ええ~~~あああ~~~~」


 顔を合わせると「早く結婚すればいいのに、ねえ?」と言っていたのに、どうしてこうなってしまうのかしら。

 家のチャイムが鳴って、お母さんは「はいはいはいはいはい」と分かりやすく廊下を滑って行った。


 ちなみに家の掃除は今日のために莉恵子が本気を出した。

 まあ事実上すべて二階に投げ込んだのだが。

「挨拶に着る服を買うの!」と、投げ込んでも投げ込んでも段ボールが届くので笑ってしまったが、そうしないと落ち着かなかったのだろう。

 でも届く荷物の中に、料理レッスンやお掃除グッズも混ざるようになってきた。

 先日は「神代さんとお弁当持ってお出かけするの。カワイイお弁当作る!」と少女のようなことを言って、聖域・台所をグチャグチャにした。

 片づけが出来ないなら使わないで! と怒ったら、次からはなんとか片づけるようになったけど、この前から、後ろに小さなスプーンが付いているお気に入りの菜箸が見当たらない。どこにやったのか、問い詰めないと……。


「……」

「……」


 チャイムが鳴ったのに、玄関が開かない。

 お母さんは玄関に正座して動かないし、面白いほど震えているお義父さん。

 玄関前のすりガラスには動けないままの莉恵子。

 なんなのこれは。

 芽依は一歩おりて、玄関を開いた。

 同時に莉恵子が叫んだ。


「どうも莉恵子です!!!!」


 その勢いに芽依は噴き出してしまう。


「何なの、漫才でも始まるの?!」


 玄関を開けた瞬間に棒立ちして叫ぶ莉恵子に爆笑して涙が出てきてしまった。

 莉恵子の横に茶色のふわふわとした髪の毛……そして黒縁メガネにスッキリとしたスーツを着た男性……この方が神代さん……あ!

 芽依の記憶が蘇った。


「!! 中学校の文化祭の劇で、監督をしてくださった!」

「そうです。竹中さんにはとてもお世話になりました。神代勇仁と申します」

「ああ、なるほど!! ガリガリ君を10箱買ってきた方ですね」

「そんなことしましたっけ……?」

「思い出しました。さあ、どうぞ」


 ふたりを促して中に入れるとお義父さん一歩前に出てきた。


「はじめまして。樋口慎太郎と申します。莉恵子さんのお母さんと再婚させて頂いたものです」

「神代と申します。というか……何度か居酒屋にお邪魔してますよね、どうしてこんなに緊張されて……?」

「そうだよな、顔見ると落ち着いてきた。ああ、挨拶終わった、ビール飲もうかな」

「これからですよね?!」


 思わず芽依はお義父さんの背中の服を引っ張る。

 神代が家に入って、莉恵子も入ってきた。

 服装は色々持って行ったが、一番シンプルなワンピースにしたようだ。

 芽依にスススと近づいてきて口を開く。


「お母さんのあの服なに?! なんで半分だけラメなの?!」

「私だって何度も止めたわよ。でもこれがいいって聞かないのよ」

「紅白に出てきそう。特殊すぎる」

 

 莉恵子はお母さんの服装をみて緊張がとけたようで、スリッパも履かず家に入って行った。

 そしてこたつの部屋に並べられた大量の料理を見て「なにこれ、アホなの?」と叫んだ。

 それも止めたんだって。なんなら軽トラックで宴会用の長い机を家から運んできたのだ。

 こたつに載るくらいの料理で良いって言ったのに、ふたりともまるで芽依の言うことを聞かずに、なぜか居酒屋の宴会場仕立てになっている。

 神代はこたつの部屋に入って見渡しながら言う。


「……久しぶりです、この部屋。懐かしいですね。このポスターとか変わってないですね。あ、人形も」

「神代さん、はい、座って お茶? ビール?!」

「お母さん、なんでそんなに緊張されてるんですか? 俺先週も飲みに伺いましたよね」

「それとこれとは別よ!!」

「じゃあまず……先にご挨拶を済ませましょうか。美味しそうな食事を緊張しながら頂きたくないので。莉恵子、おいで」

「はい!!!!」


 神代は莉恵子を呼んだ。

 その呼び方が、ものすごく自然で優しくて、当たり前みたいで……なんか良いなあと芽依は思った。

 普段の愛情が垣間見える……そんなの素敵。


「お父さん!!」

「はい!!」


 お母さんに呼ばれたお義父さん……四人が向かいあって座った。

 そして神代が丁寧に指先を畳について、頭を下げた。そしてゆっくりと顔をあげて口を開く。


「この部屋、懐かしいです。最初にこの家の門をくぐったのは高校生の時でした。ただの演劇好き、何もわかっていない俺を英嗣さんは家に入れてくれました。そしてこの部屋で色んなことを教えてくれました。俺は両親を早くに亡くしているので、英嗣さんと、お母さんがいるこの家に来るのが本当に楽しみでした」


 お母さんはもうテュッシュを片手に目を潤ませている。

 神代は続ける。


「今も……あの時、自分は、もっと何か出来たのでは、と思います。それは常に思います。あの時もっと頑張って自分を見せていたら良かった。英嗣さんから頂いたものを、俺は何か返せたのか、ずっと考えています。でも……ここから先、莉恵子と作っていく未来で、返せるのでは……と最近は思います。あの頃と、何も変われてません。ただの高校生のクソガキのままです。でも……きっと、莉恵子を守るだけの力は、付けられたと思うし、莉恵子も守られるだけの女の子ではありません。さすが英嗣さんとお母さんに育てられた子です」

 

 莉恵子はメイクがすべて雪崩のように落ちている。

 妖怪みたいよ……? でもきっと私もそうね。芽依は廊下に座りこんだ。


「再婚すると伺った時、早すぎるだろうと思いました。でも……莉恵子の父親ではない、お母さんを愛しているのだと知った時に、俺はなんて出すぎたことを考えたのだと反省しました。ご自分の難しい立場を誰より理解して、素晴らしい距離感で莉恵子を見守ってくれたお義父さんだったからこそ、この距離で、ずっと一緒に居られる家族になれたんだと思います」


 お義父さんはもう畳に倒れて泣き崩れてしまった。

 本当に……お話が上手。さすが監督さんね。


「そして竹中さん」

「はい?!」


 呼ばれて廊下から部屋に入る。


「あなた無しに、莉恵子は語れません。英嗣さんのお葬式のあと、俺は忙しくて莉恵子に付き添えなかった。それをずっと見守ってくれていたのは竹中さんです。俺はそれを見て、とても安心しました。莉恵子が辛いとき、嬉しいとき、いつも芽依さんが横にいて、助けて、励ましているのを俺は知ってます。何人たりとも入ることが許されなかったこの家は、竹中さんがきたから動き出したんだ。今俺たちの幸せがあるのは、竹中さんが莉恵子を見守っていてくれたおかげなんです。本当に感謝しています」


 そんなの……勝手に押しかけただけだし、何もしてないし、なんなら私は家がなくて、ここに勝手に住んでいるだけで。

 ただ泣けてきてしまって、深く頭を下げた。

 そして神代は最後にお母さんたちのほうを見て背筋を伸ばす。


「監督という立場は非常に不安定ですが、なんとかやっていけるだけの立場になれたと思います。このタイミングで、莉恵子さんと結婚させてください」

「どうぞ~~~~~~」


 お母さんとお義父さん、そして芽依の三人で畳に突っ伏して叫んでしまった。

 背中に手があって顔をあげたら莉恵子だった。もう付けまつげが取れて頬に付いている。

 ちょっともう、顔面が完全に崩壊してるわよ?


「芽依ちん~~~」

「莉恵子なんで付けまつげにしたのよ、泣くって分かってたでしょ」

「こんな……挨拶がうますぎる。ああ、神代さん、ちょっとまってください、乾杯しましょうよ!」

「はあ、緊張した。ビール頂いても?」


 四人が泣き崩れている間に神代はスーツの上着も脱いでビールを手酌で飲もうとしていた。

 なんとか涙を止めたお義父さんが生ビールを持ってきて宴会が始まった。

 莉恵子と芽依はとりあえず洗面所に行き、メイクをすべて落とすことした。


「……莉恵子、神代さん、さすがね」

「いや、さっきまで『軽く結婚します~って言えばいいか』って言ってたわよ」

「いやいやいや……監督さんは違うわ……」

「怖いね、ビール飲もう。ていうか、部屋着に着替えよっと」

「なんでじゃあそんなに服を買ったのよ!!」

「楽しいから?」

「わかるけども!!」


 ふたりでこたつの部屋に戻ってビールを飲んだ。

 お母さんとお義父さんが本気を出して作った料理はどれも最高に美味しくて、夜更けるまで宴会は続いた。

 

 

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