第60話 叶わぬ恋

「見ろ、これが雑草吐き出しマシンだ!」

「筒からポンポンと雑草が出てくるよ、超楽しい!!」

「いいだろう~~俺天才だからな~~」


 午前中の授業シフトを終えて畑に来たら、航平が妙なマシンを動かしていて、それに蘭上が興奮していた。

 航平は芽依に気が付いて手を振った。


「おい竹中芽依、このマシンすごいだろ!」

「雑草は手で拾って集めたほうが早いと思いますけど」


 芽依はそのマシンが吐き出した雑草を集めながら言った。

 そこに蘭上が走り寄ってきて叫ぶ。


「芽依さんはロマンってものが分かってないね!!」


 そうだよなあ?! と意気投合した航平と蘭上は楽しそうに雑草吐き出しマシンで作業を続けていく。

 ロマンで野菜が育たないから色々研究してるんだろう。

 芽依の隣に近藤が来て口を開く。


「土の中深くにある雑草の根が厄介なんですよ。根は目視で取り切れなくて、そこから育ってしまう。あのマシンは分かりやすい雑草は吐き出すけど、マシン内に根を集めていて、それを後で研究に使うんです。肥料と育てた種類、それに付きやすい雑草を調べることで害虫駆除のデータになります」

「なるほど。そう説明されるとよく分かるし、大切ですね。あの人説明が不足してますね」


 芽依が思わず言うと、近藤は目を細めてほほ笑んだ。

「そうですね、だから私のような人間にも価値があるんです」

 ただのSPだと思ってたけど、近くて見ていると航平を親のように兄のように見守っている人だと分かる。

 航平が頭が良いのは認めるけど、常に説明不足で分かりにくい。




 作業をしていると、横の通路に真黒な大きな車が来た。

 窓が開くと中に小清水がいた。先日のように白衣に眼鏡ではなく、入学式の時のように美しい状態だ。

 そして声を張り上げる。


「竹中さーーん、ランチいこーーー!」


 その声に芽依は身体についていた泥を落として畑を出た。

 そしてまだ作業している近藤に声をかけた。


「すいません、では今日はこれで上がらせて頂きます」

「おつかれさまでした」


 近藤は静かに頭をさげた。

 畑仕事は、やることが多くて、ひたすら地味だ。

 でも芽依はこの作業が自分に向いている気がしていた。広い空間は気持ちが良いし、土の匂いも好きだ。

 小清水は車のドアを開けた。


「そのまま乗って! 都内出るから、着替え適当に買ってあげる。部屋取るからシャワーあびてさ」

「いえ。私はそういうのが苦手なので、学校に一度戻っていいですか?」


 芽依がはっきり言うと小清水はキョトンと目を丸くした。


「全部タダよ?」

「すいません、人に何かを無料で頂くのが苦手なんです。何も返せないのに何かを頂くのが」

「それが竹中芽依だ!!」


 芽依の後ろに、航平が立って叫んだ。

 芽依は航平に向かって「おつかれさまでした」と頭を下げた。

 航平は頭の先から足の先まで、汚れてない所などないほど土だらけだった。

 その後ろに立っている蘭上も同じ状態だ。目だけ白くランランと輝いていて、もう土と同化している。


「飯か、よし。いくか」

 航平はそう言って小清水の車に乗り込もうとした。

「やめて汚い!! そこの川で泳いでなさいよ!!!」

 小清水は航平を足で蹴とばして畑に落とした。

「寒いよお……そんなの寒いよお……ひどいよお……」

 蘭上はもじもじとかわい子ブリッコしていうが、泥だらけなので泥が何か言っている状態だ。

 芽依はここに来た時に乗ってきたジムニーにふたりを乗せて、学校に戻ることにした。





 のんびりとした風が吹き抜ける車内、芽依はゆっくりと車を運転した。

 なぜか学校から畑に行く車はジムニーで、芽依はそれが少し楽しかった。

 蘭上は後部座席に乗った瞬間に眠ってしまったので、起こさないようにゆっくりと運転する。

 助手席で航平が口を開く。


「……竹中芽依はマニュアルが運転できるんだな」

「そうですね。車の運転はわりと好きです。そして航平さん。またフルネームになってますけど」


 航平は芽依の言うことを完全に無視して、目を閉じて車に乗っている。

 

「……運転がうまいな、思った通りだ。ほらギアが変わるたびに喜んでるのが聞こえる。気持ちよく繋いでくれてありがとう~~って言ってるのが聞こえる」

「私には全然分からないけど、航平さんが言うなら、そうかもしれないですね」


 芽依は素直に答えた。

 特殊なメカを作るのが得意な人なんだから、メカのいう事のひとつやふたつ、理解しそうだ。

 航平は助手席で目を輝かせた。


「そうか、芽依も聞こえるか!」

「聞こえないですけどね」

「いや、芽依もそのうち聞こえる。聞こうとしてないだけだ。芽依が一番好きな車はなんだ?」

「実はこういう四角でシンプルな車が好きなんです。だから学校で使ってる車がこれで嬉しくて」

「?! 俺も好きだ。だから学校用の車にしたんだ。ジープも持ってるぞ、乗るか?」

「……少し興味ありますね」

「家から持ってくる。今度運転しろ」

「いいですよ」


 航平は助手席で楽しそうに四駆について語ってくれたが、芽依は運転が好きなだけなのでよく分からなかった。

 でもギアを繋いでいる感覚がわりと好きなのだ。

 そうね、これを車が喜んでいるというなら、そうなのかも知れない。





「改めまして。私は小清水蓮花こしみずれんかと申します。あの畑の裏にある菅原遺伝子研究所で働いてるの、よろしくね」

「竹中芽依です。今年の四月から菅原学園の小学校で働いています、よろしくお願いします」

「新任だから誰も知らなかったのね、今日はあの時のお礼よ。美味しく食べましょう」


 小清水が連れてきてくれたのは、都内にあるレストランだった。

 菅原一族とご婚約されるような方とのランチなので、ある程度は予想していたが、やはり感覚が違う。

 ちらりと見えた値段は芽依の一週間分の食費のような金額で、なんだかもったいないような気がしてしまう。

 でも美味しいものを食べると、それを真似して作りたくなるので、美味しいものを食べるのは好きだ。


「私、料理大好きなんですけど、ここにこれを使うかって感じがして楽しいですね」

「喜んでもらえて良かった。本当に助かったのよ。私あのあと大きな会議があってね、もし気が付かなかったら出られなかった。危なかったわ」

「それは良かったです」


 忙しい人は、簡単に休めないだろう。

 だから体調管理はとても大切だけど、莉恵子含めて忙しい人たちの健康管理は酷い。


「健康診断とかは行かれてるんですか?」

「私バリウムが嫌で。それなら口からカメラ入れるとかいうのよ」

「定期的な検査は有効ですよ。一回壊れちゃうと治すのに時間もかかりますし」

「……そうよね、そうなんだけど。航平はあれが好きで!! 自分の頭の先から足の先まで輪切りにしてデータ持ってるのよ、変人すぎるでしょう」

「ああ、でもなんか、好きそうです」


 自分を輪切りにしたデータを見て目を輝かせている航平を想像するだけで芽依は少し笑ってしまった。

 そういうマシンとかデータとかがあの人は好きそうだ。

 小清水は続ける。


「航平とは幼馴染みなの。航平はさ、昔から面白いのよ。幼稚舎の時に先生のスカートの中を覗く専用のラジコン作ってね」

「同じようなものが、入学式の時にもありましたね」

「確かに!」


 そう言って小清水は爆笑した。

 そして続ける。


「小学校の時『川を下ったほうが学校に早く行けるんじゃないか』とか言い出してオリジナルの船作ってね。即沈没よ!! もうランドセルがどんぶら流れていくのを皆で爆笑しながら見たわ」

「目に浮かびます」

「中学校の時には『ピッチングマシンがあるなら、バッティングマシンも必要だ』って、正確な球を飛ばすマシンを作り始めたんだけど、そいつが360度ボールを飛ばすから、校舎の窓ガラスに飛んで! 長尾は即逃げて、近藤は超素早く動いてキャッチして!」

「目に浮かびます」

「航平は昔から最高に面白いのよね」


 小清水は航平の色々な話を聞かせてくれた。

 すべての話が「ありそう」な話で、それを近くで見ていたら面白かっただろうな……とは思った。

 小清水はいつの間にかワインを飲みながら遠くを見て口を開く。


「私が菅原の本家……岳秋と婚約してることは知ってる?」

「はい」

「菅原の家はさ、日本全国に土地をたくさん持ってるの」

「なるほど。学園も広くて驚きました」

「学園はほんの一部! 土地は全国にあってね、うちの小清水家は道路族なの。私が結婚しないと、絶対に通せない道路が日本中にあるんだって。だからまあ……結婚はいいのよ。子どもはセックスなしで作るし、この家に生まれた人の仕事なの」

「なる、ほど」


 あまりに世界が違い過ぎて言葉もない。

 小清水は続ける。


「菅原のお父さん……道三郎さんも仕事で結婚した本妻……喜代美きよみさんがいるんだけど、少し……疲れちゃって、もう十年以上東京にいないのよね。菅原の系列ホテルにいるみたいで、たまにほら……こうしてメールで写真送ってくるの。これが怖いのよ、なんか団子みたいのが山ほどくっついた帽子とか? なんか達筆な文字とか? もう全然分からないんだけど……これをずっとみんなに送ってきて。メッセージは無しよ。心の病気なの」


 そう言って小清水はスマホの写真画面をつけたまま、机に投げた。

 芽依はちらりと見たが……本当に無数の写真が送り付けられているように見えた。

 でもそれは雨宮家のお義父さんがしていることと同じで……淋しいんだろうと思った。

 小清水は続ける。


「私……本妻になるでしょ? 喜代美さんルートが本当にイヤ。だから、そうならないように、結婚後は仕事に生きることに決めてるの」

「なるほど」

「結婚したら自分の研究所持てるし、ずっと憧れてた教授の所に行けるし、仕事の面では良い事だらけよ。もう岳秋が愛人作っても何しても、見ない知らない、関わらない。喜代美さんみたいになりたくないの。仕事に生きるわ。竹中さんはご結婚されてるの?」

「私は、結婚してたんですけど。旦那が浮気して外に子ども作って、捨てられちゃいました」


 話の流れ的に若干自虐的になったほうが良さそうだと判断して、すべてをさらけ出すことにした。

 小清水は「ええ……」と眉間に皺を寄せた。


「それで菅原学園に来たの?」

「偶然知ったんですけど、良い所で毎日楽しいです」

「それは良かった! もう学長の航平がアレだからね、楽しさは保障する。でももうメチャクチャだからさあ、芽依さんみたいな普通の教師がいてくれると助かると思う」


 そう言って笑う小清水の表情は、婚約と家の話をした時とは全く違い、楽しそうだ。

 芽依はもう気が付いていた。

 小清水は航平が好きなのだ。でも本家の岳秋さんと婚約が決まっているから……絶対に口に出せない、叶わない恋。

 ジープを借りて運転させて貰おうと思っていたけど……断ろうと芽依は決めた。

 航平とふたりで会うのはやめておこう。


 悪いが、単純に『面倒だ』と思ってしまった。


 もうつらい気持ちに巻き込まれるのは、本当にイヤだ。

 しかも仕事場。関わって良いことはない。

 航平とふたりきりになるのは避けようと芽依は決めた。

 適度な距離を取るのが、正解だ。


「……畑にいるので、たまに遊びにきてください」

「行くよ行く行く~。大豆が二百種類くらいあるから、今度食べ比べしましょう」


 そう言って小清水は楽しそうにほほ笑んだ。

 


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