第59話 愛のカタチ


「うう……芽依ちん……疲れたよ……」

「おつかれさま」


 莉恵子は、やっと仕事が落ち着いたようだ。

 ずっと好きで憧れていた人との仕事なので、毎日気合い入れて頑張っていた。

 毎日倒れるように眠り続けて心配したけど、やっとこたつでダラダラする所まで体力が戻ってきたようだ。

 そしてスマホをいじりながら膝を抱えてもだもだしている。


「もうすぐデートなんだあ」

「それでこんなにたくさんの服がまた届いてるの?」

「そうなの。終わったらデートって分かってたから、もう落ち着かなくて」


 最近帰るたびに家の前に通販サイトの箱が置いてあり呆れていたけど、買い物は莉恵子のストレス解消だから仕方ないのだろう。

 それに、ありがたい面もある。

 芽依は莉恵子の押し入れを開けながら聞いた。


「ねえねえ、今度雨宮家のお義母さんの日舞を見に行くんだけど、莉恵子の仕事着貸して?」

 台所にビールを取りに行った莉恵子がもう飲みながら戻ってきた。

 そして驚いて声をあげる。

「ええ? まだ雨宮家の人と付き合ってるの? それにお義母さん?」

「ああ、話してなかったわね」


 芽依はお義父さんとのことを簡単に話した。

 莉恵子は「ふへー……」と悲しそうな顔をしてビールを一気に飲んで次のビールを取って戻ってきた。

 

「なるほど。じゃあ介護は気持ち的に難しい時期だったんだね」

「そうなの。私全然知らなかったから。それで服借りて良い?」

「なんでも持ってって。そうだよねえ、日舞だと着物を着てらっしゃる方がメインだから、黒紺がいいよね。押し入れからあふれ出すほどあるよ」

「そのようね。そして何? 届いている荷物の中には下着もたっぷり入ってるんですか?」

「芽依ちんはハレンちさんだ!! ……でもそれも相談したくて!! どういう系統がいいかな、何色が良いかな。ちょっとまって着てくるから」


 莉恵子は下着を抱えて畳の部屋に消えた。

 芽依は押し入れから服を引っ張り出して、何を借りるか考え始めた。

 ちゃんとした場所ならスカートで……シャツ。それに会場が寒いかもしれないから、カーディガン。

 本当に莉恵子は何でも持ってるけど、同じような服が多すぎる。このスカートは何が違うの?

 見ていると「じゃじゃーーん」とふすまが開いた。

 そこには紫色のブラとパンツ、それに右手にビール瓶を持った莉恵子が立っていた。


「どう? かわいくない?!」

「……滝見沢喜一のディナーショーにいく酔っ払いみたいよ」

「芽依ちん、許さないよ!!!!」

「はい、次」

「待ってて~~~」


 莉恵子とふたりであれこれファッションショーをして遊んだ。

 きっと莉恵子は神代と結婚するだろう。

 だから家にいない時間も増えるだろうけど、それは芽依も同じだった。

 最近は朝起きて農作業して、授業、帰ってきたら泥のように疲れてることも多く料理のほとんどは作り置きだ。

 だからこうして一緒に料理できるのは久しぶりで楽しい。

 ふたり並んで台所で焼き鳥を作りながら立ち食いしてビールを飲んだ。

 莉恵子なんて下着に半纏羽織ってビール飲んでる完全な変態だし!

 でも楽しくて仕方ない。この気楽さ、やめられないわ。





「芽依さん~!」

「結桜!」


 お義母さんが日舞の発表会がある日、駅から出ると結桜が待っていてくれた。

 桜色のワンピースに髪の毛はおかっぱに切り揃えされている。会うのは出て行った時以来だ。

 結桜はうれしそうに駆け寄ってきてくれた。


「芽依さんだー。いつもお手紙ありがとう。先週くれた絵葉書も可愛かった~」

「神社のキャラクターなのよ。お出かけしても絵葉書ばっかり買っちゃうのよね。安いから! 出す相手がいてうれしいわ」


 結桜とは定期的に手紙や絵葉書の交換をしていた。

 芽依は出先でいつも絵葉書を買ってしまうのに出す相手がいなくてたまっていた。

 だから結桜に出せるのはうれしかった。

 

「結桜が送ってくれる写真の絵葉書、すてきね」

「あれアプリで無料で作れるんだよ。かわいいでしょー!」


 結桜はスマホを操作して色んな写真を見せてくれた。

 芽依はうれしくてほほ笑んでしまう。


「ご飯食べながら、たくさん見せてね」

「そうだね! 今日はお寿司予約したよ~~!」

「楽しみにしてたわ。ああ、結桜。元気になって良かった。一応聞くけど……拓司さんは?」

「もう帰ってきてない! 存在しない!」

「そっかあ~~」


 結桜のその言い方に思わず芽依はふきだして笑ってしまった。ついに存在さえ消えた。

 でももう結桜が元気ならそれでいい。見ると顔色も悪くないし、髪の毛も艶々している。

 芽依は鞄から紙袋を出して渡した。


「これ。いつもいれてた紅茶よ。淹れ方も一応メモを書いてきたの」

「ええ……ありがとう。そっかあ……お湯の温度をちゃんと測らないと駄目なの?」

「そうね、ここのお茶は80度くらいのお湯がいいみたい。他の商品は100度くらいあったほうが美味しかったりするわ。相性かしらね」

「ここまでしてくれてたの? 私知らなかった。ごめん……」

「いいのよ。私もアピールするのが苦手で、結局浮気されて捨てられたし?」


 そう言って両肩をあげると、結桜は「はあ……」とため息をついた。


「マジでゴミクズすぎるけど、私も何も気が付いてなかったもんなあ……同じだよ」

「ううん。それは私が好きでしていたことよ。結桜は何も悪くない。甘えられてるって、分かってたわ」

「もお、なんか恥ずかしいんだけど!!!」


 結桜は芽依の腕にしがみついて睨んできた。

 家にいた時はこんな風にしなかった。

 でもこの親戚のお姉ちゃんと妹みたいな距離感が芽依はうれしかった。


 信じて愛した人は残念な人で、尽くした結果は浮気……結果だけ見ると最悪の結婚だった。

 でも家にいた結桜はこうして懐いてくれている。

 実の両親はもう十年以上連絡がないし、こっちから連絡する気もない。

 でも小学校低学年の時から芽依を愛してくれるお母さんは別にいて、いつもそばで応援してくれている。

 その娘である莉恵子は、人生においてかけがえのない人だ。


 どうしても血のつながりが薄い人生で、家庭というフォーマットにこだわってしまう。

 でも、それに固執しないほうが幸せな出会いをしていることに芽依は気が付き始めていた。





「……なんか予想と違う」


 衣装に着替え終わったお義母さんをみて結桜は言った。

 まあうん……芽依も実は、日舞っていうと、こう分かりやすく日本髪で着物……と思っていたが、目の前にいるお義母さんは、法被みたいなものをきて、髪の毛はオールバック、そして顔は真っ白に塗っていて、目の横にかなり長いアイラインが描いてある。

 お義母さんは楽しそうに口を開いた。

 

「男役なのよ。舟渡しの踊りをするの」

「なにそれ~~~。お姫様じゃないの~~~?」

「私はこれがいいの!」


 お義母さんは楽しそうに仲間たちと舞台のほうに去って行った。

 どうやら大規模な日舞の発表会らしく、色んな服装をした人たちが歩き回っていて面白い。

 ひな形通りのお姫様に、男性のような着物をきている人、それにトラのようなまっ黄色な羽織を着ている人もいた。

 年代も下は子どもから、高校生、上は本当にご年配の方まで幅広い。

 

 お義母さんは長く日舞をされていて、最初は普通に踊るだけだったけど、最近は弟子を取り師匠になっていると聞いた。

 お弟子さんと一緒に楽しそうにされているお義母さんをみると、いいなあ……私も年をとっても、誰かと楽しく何かをしていたいと思う。

 もうこうなったらあれね。莉恵子は居酒屋なんて興味がないから、あのお店を引き継がせてもらおうかしら。

 



「おつかれさまでした。ああ、疲れたわ」

「すてきでした」


 夜はお弟子さんたちと打ち上げだというので、軽くランチをご一緒することにした。

 雨宮家にいた時は、気を使ってばかりでこんな風にゆっくりランチするのは初めてで少し緊張していた。

 お義母さんはお茶を飲みながら口を開いた。


「まず……芽依さんに謝りたいわ。私本当に……態度悪かったと思う。もうどうしてもお父さんが許せなくて」

「伺いました。結婚の直前だったんですね」

「そうよ。浮気が発覚したのは芽依さんが来る一週間前」

「ひえ……」

「それを拓司も知ってたのに『俺たち幸せになるよ』って芽依さんを連れてきてね……」

「さすがクソ兄貴ぃ~~~」


 結桜は大トロを食べながら笑った。

 言っちゃいけないけど……タイミングとしては最悪だったのは間違いない。

 お義母さんはお茶を一口飲んで


「でもね、それと芽依さんは関係ないのに。色々してくれるから甘えちゃったわ。もう踊りに逃げて……でもそれで立ち直ったら……今度は全部お金にして逃げて行ったんだけど?!」


 お母さんは鉄火巻きを手で掴んで口の中に放り込んだ。

 午後からも出演するため、メイクはしたままなので、迫力が違う。

 ちなみにこの店は発表会があるビルの地下にあるので、その状態の人がたくさんいるので変な感じだ。


「じゃあ、どうしておばあちゃん離婚しないの?」


 結桜はそう言ってカウンターの人に大トロを追加で頼んだ。

 お義母さんは「ふう……」と小さくため息をついて口を開く。

 

「愛してるからよ。愛してる人とどうして離婚しないといけないの?」


 その言葉に結桜と芽依は手を止めた。

 そこまでされて、愛していると言い切れる強さに驚いたのだ。

 お義母さんは続ける。


「心の真ん中にしみ込んでるのよ。駄目な所も、良い所も、ありふれた何もない日々も。ただそこにあった時間だったけど、目の前から本人が消えても積み重ねたものは消えないのよ。それが私の結婚」

「深いねえ。はい大トロ」


 そう言って板前さんが大トロを出してくれた。

 結桜は受け取って一口で食べて口を開く。


「じゃあどうして迎えに行かないの? 行ってあげればいいじゃん、単純じゃん」

「単純じゃありません!! それにほら……元嫁として芽依さんが行けばいいんじゃない?! 迎えに」


 芽依は突然の御指名にアジを喉に詰まらせそうになってしまう。


「なんでですか?! お義母さんが行ってくださいよ!」

「芽依さんが! 行けばいいんじゃないですか?!」


 結桜がスススと近づいて来て言う。

「やっぱ雨宮家駄目じゃん?」

「駄目ね」

 そう言ってふたりで笑った。

 お義母さんはスマホの画面を見せてくれた。そこには施設から見えるのだろうか、たくさんの海の写真があった。

「ほら、こんなに写真を送ってくるのに、メッセージはないんですよ?! どういうことだと思います?!」

 そりゃ……淋しいからだと思うけど。 

 結桜と顔を合わせて笑ってしまった。


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