第53話 一緒に過ごす夜

「神代さん……私、気がついたんですけど、この炊飯器、すごく高そうですね」

「気がついちゃった? かなり高いね。圧力が違うんだよ。俺さあ……家電好きなんだよね」

「私、気がついたんですけど、これ、延々煮込めるマシンですよね」

「気がついちゃった? トロトロの角煮が作れるんだけど、一回も使ってないんだよね」


 神代は棚の下から何個も調理器具を見せてくれた。

 ネットで見たことある商品が多く、莉恵子は笑ってしまった。

 それにどれもピカピカなのだ。なんなら封も開いてない商品もある。

 よく考えると前きた時はこたつでピザを食べただけで、台所には入っていなかった。

 莉恵子は座りこんでそれを見た。


「……私の通販癖と同じじゃないですか」

「基本は家電だけど、まあ同じようなものだ」

「それで各所に掃除機が」

「そうなんだよ。掃除機って何個あっても良いだろ?」

「いいえ。ひとつでいいです」

「何個も買いたいんだよ!」


 そう言って神代は台所用卓上クリーナーを見せてくれた。

 水分も吸い取るのだとドヤっているが、これで良くない……? と布巾を握って見せたら、無言で首をふられた。

 リビングを見ると、巨大なテレビが目に入った。

 前来た時に気になっていたが、正直普通のマンションにあるサイズではない。CGスタジオレベルのもので一畳くらいある。

 「有機EL65インチ最新式なんだよ~」と目を輝かせていたが、配信系がすべてボタンひとつで見られて便利だなあ……くらいしか思わなかった。

 そしてぶり照りを作ろうと取り出したフライパンはボロボロで笑ってしまった。

 家電がピカピカなのに、どうしてフライパンはボロボロなんだろう。

 莉恵子は口を開く。


「……私、神代さんのこと、何も知らないかも知れません」

「だから一緒に暮らそうと言ったんだ。俺に呆れてくれ」

「フライパンはさすがに新しくしたほうが良さそうですよ」

「普通に使えるぞ?」


 神代はフライパンをガス台に置いて作業をはじめた。

 莉恵子はフライパンが入れてあった棚の奥に……鍋をふたつ見つけた。

 なんだかそっくりだけど、これは……? 取り出してみるとほんの少しサイズが違う圧力鍋だった。

 それを見た神代がドヤ顔で言う。


「圧力が違うからな。料理によって使い分けるから」

「新品のようですが?」

「これから莉恵子と料理するんだ」

「いえ、私は圧力かけるような料理しません。面倒なので」

「まあ、それは俺もだ。使いたいんじゃない、買いたいんだ」


 神代が自信満々にいうので、また爆笑してしまった。

 莉恵子も袖の長さがほんの少し違う、同じ形のワンピースを三枚持っている。

 だからなにひとつ偉そうに言えないし、新しく神代を知れることが楽しくてしかたない。

 鍋を置いて後ろからしがみ付く。


「……たくさん呆れることにします」

 そう言うと神代はふり向いて、腰をかがめた。そして莉恵子に向かって顔を斜めにする。

 そしてゆっくりと……今度は確かめるように唇を重ねた。

「……今日寝るときは、自動掃除機の設定をオフにしないと。アイツら二十四時に勝手に動き出すから、ムードぶち壊す」

「お願いします。私、笑ってしまうと思います」

 そう言うと「じゃあ今見る?」と神代は自動掃除機が動く所を見せてくれた。

 それは一台ならまだしも、なんと三台もあって、シャカシャカ部屋中を移動していく。莉恵子は素直に言った。

「虫みたいです」

「おいおい。おいおいおいおい」

 神代はそう言ってフライ返しを振り回した。そして落ちた醤油を台所用卓上クリーナーで拭きとった。

 電源入れないと拭けないなんて、効率が悪すぎる。

 こんなことでいちいち笑っていたら、全然ご飯が食べられないことに気がつき、ふたりで料理をした。

 出来上がったご飯はどれも普通に美味しくて、神代の「白米が旨けりゃそれでいいよ」という言葉が気楽だった。それに同意見だ。



 お先にどうぞ、と言われて莉恵子はお風呂に入った。

 実は今日のために、十個以上のブラとショーツを買って、芽依の前で下着でファッションショーをした。

 最初は笑顔で付き合ってくれたけど最後には飽きて「どうせ脱ぐし」とムードぶち壊しなことを言っていた。

 まったく芽依は!! 莉恵子はお風呂で膝を抱えた。

 神代のマンションは仕事場を兼ねてることもあり、ファミリータイプでお風呂はかなり広い。

 莉恵子の家のお風呂は古くて超絶熱いお湯が出てくるので、芽依がはじめて入った時は悲鳴をあげてたなあ……と思い出す。

 そしてとっておきのシャンプーを取り出した。

 おすすめです、とリリヤに貰ったのだが、ものすごく良い香りがして、本当に髪の毛がサラサラになった。

 だから自分で小さいボトルを買ったのだ。こうして置かせてもらおう……と神代のシャンプーの横に置いた。

 神代のシャンプーの横に莉恵子の小さなボトルが寄り添うようにある。

 ……もう少し近くにおいてみる。うん、良いかんじ。

 こういう風に、神代の横にいる世界を増やしていくのは、自分の中の箱のようなところに、もうひとつの箱がきて……それがピタンとくっ付いて、大きな箱になるような感じがする。それはきっと大人ならたくさん持っている箱で、近くに置くことで、ピタンと音をたててひとつになるのだ。


 お風呂から出ると神代が大きなドライヤーも持って待っていた。

「これも買ったんだ」

 その笑顔がもう可愛くて、莉恵子は膝の前に座った。

 すると想像をはるかにこえた爆音と爆風がきた。

「?!」

 驚いた神代がドライヤーを止める。その目はまんまるで……莉恵子は笑ってしまった。

 このドライヤーもきっと事前に買ってくれたもので……だから知らなかったんだ。

 莉恵子は濡れた髪のまま、神代にしがみついた。

「……こんなに色々準備してくれてたのに、すいませんでした」

 神代はドライヤーを置いて莉恵子を抱きしめた。

「そうだよ、俺は仕事終わって、やっと一緒に居られるようになるって、めちゃくちゃ楽しみにしてたのに。罪は重い」

 そう言って顔を近づけて再びキスしようとして……ぐぐぐ……と離れた。

「もうダメだ、俺も風呂入ってくる。我慢の限界だ。ごめん、ドライヤー使って。ちょっとすごいけど」

「はい」

 お風呂に入りにいく姿を見送って、莉恵子はドライヤーをよく見た。

 すると『スーパーモード』というのがONになっていた。それをオフにしたら、普通のドライヤーだった。

 でもなんだかパワー不足でONにしたら、やっぱりすごい爆風で髪が吹っ飛ばされた。

 真ん中はないの?! と笑っていたら、机の下から動く掃除機がモソソソ……と出てきた。

 まだあったの?! 笑いながらソファーの上に逃げた。



「……うん、いいかんじ」

「これも家電なんですか?」

「そうそう。少しだけ電気が出てるんだ。ほら、サラサラになった。ああ楽しい」

 神代は莉恵子の髪の毛を特殊なブラシをあててくれた。そして自分の髪の毛も……ためらいつつ、巨大なドライヤーをONにした。

 しかし莉恵子がスーパーモードをOFFにしていたので、普通のドライヤーで拍子抜けしていた。

 なのでこっそり触れてスーパーモードをONにした。

「?!」

 一気に神代の髪の毛が吹っ飛んで、莉恵子はソファーで転がって笑ってしまった。

 絶対普通のドライヤーのほうがいい。妙な機能が付きすぎている。

 神代はOFFにして普通に乾かして、雑に整えた。

「……どう?」

「眼鏡がないですよ。はい」

 莉恵子は机に置いてあった眼鏡を渡した。それをするといつもの神代になった。

 でもお風呂上りで、髪の毛がいつもよりモシャモシャで……ドキドキする。

 莉恵子はお風呂前にコンタクトを外しているので、今は眼鏡をしている。

 眼鏡位置を直すようにして、視線を反らした。

 神代はドライヤーを片付けながら口を開いた。

「なんか……俺ばっかり準備してたの見られて、恥ずかしいな」

 そう言いながら莉恵子の隣に戻ってきた。

 莉恵子はおずおずと神代のパジャマの袖を引っ張り

「……そんなこと言ったら……私は下着を……めちゃくちゃ……選びました」

「!! ちょっとまって。今すべての家電の電源と、あとほら、スマホを落とそう」

「私は朝から落としてますよ。神代さんもそうしたほうがいいです」

 休日は落とそうかな……と神代は電源を落として、色んな家電の電源を切って戻ってきた。

 そしてソファーの上に正座した。莉恵子も向き合うように正座する。

 神代が莉恵子の手を握る。それはすべての指が逃げ場なく絡み合うように、しっかりと。

 そしてコツン……とおでこをぶつけてきた。

「……限界なので、抱いてもいいですか?」

「はい」

 莉恵子は静かに頷いた。



 

 部屋の電気を落として、寝室の小さなランプだけにする。

 音のない世界に、小さな光が灯る。

 神代に促されて、莉恵子は眼鏡を外してお布団に入った。

 全身を神代に包まれたような匂いがする……莉恵子は指先で布団を握る。

 横に神代が入ってきて、眼鏡を外して……いや、ともう一度した。


「……神代さん?」


 莉恵子が口を開くと、神代は左足を莉恵子の足の間に入れて世界に蓋をする。

 視界ぜんぶに神代がいる。あふれだす気持ちに胸がくるしくなって目をそらした。


「……莉恵子、こっちむいて」


 神代は逃がさない。

 大きな掌が莉恵子の頬を包む。長い指に感覚のすべてが支配される。

 くるしくて、でも好きで、瞳だけ動かして見る。

 すると神代は目元だけで泣き出しそうに微かに笑い、ゆっくりと唇を重ねてきた。

 一度目は触れるように、そして離して、また重ねて……それは莉恵子の中に沈み込むように深く。

 何度も何度も、確かめるように、神代は唇を重ねた。

 長い指が、カタチを確かめるように首を伝う。


「神代さんっ……」


 口から漏れだすようにあふれだす名を呼んで首をねじると、そこに神代が唇を落とした。せりあがる快感に目を固く閉じる。

 そしてゆっくり……ひとつずつパジャマのボタンに指をかけた。

 ひとつ、ひとつ。

 そして莉恵子が選んだ下着が見える状態になった。

 シンプルなのがいいかな、それとも可愛いの? 花柄って年代じゃないし……でも紫はちょっと違う。

 色々考えて黄色で、少しだけ柄の入った可愛いものにした。

 神代は眼鏡をした状態でじっと見る。


「……かわいい」

「神代さん……恥ずかしいです」

「だって俺のために選んでくれたんだろ? ちゃんと見たくて眼鏡してる」

「そんな……ずっと見なくても……んっ……」


 身体をねじって隠そうとした莉恵子の腕を神代が逃げ場なく押さえつける。 

 そして再び唇を重ねる……そこにぬるりと舌先が入ってきた。快感を誘うような、吐息さえ奪い尽くすような激しいキス。


「っ……」


 喘ぐ莉恵子の唇を長い指で撫でて、神代は眼鏡を外してランプの下に置いた。

 そしてまっすぐに莉恵子みる視線は甘く、無情なほど逃げ場がない。

 そのまま音まで奪うように耳にキスをした。

 首筋をゆっくりと舐めて、ボタンをすべて外した。

 背中を這うように大きな掌が回り、抱き寄せ……耳元で途切れそうな声で言う。


「……莉恵子。かわいい」

 

 もう莉恵子は静かに首をふることしかできない。

 身体を横にされて、背中からかじられるようにパジャマを脱がされた。

 いつのまにか上着を脱いでいた神代は、莉恵子の肌に、自分の肌を重ねた。

 そこに境目など無く、蕩けるような体温が重なり、ふたりだけの音が響いた。


 

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