第50話 終わりの先に続く道は


「テイク2-A、003を見せてみて」

「いきます」

「うーん……テイク2-B、006」

「いきます」

「うん、色はこっちを採用。動きは……テイク1-B、001で」

「美蘭ですか?」

「そうだね、ちなみに使うのは1+03フレームから2+10フレまで。それ以降はテイク3-C、008を使って。繋げると思う」

「やってみます」


 今日はCGスタジオでカット編だ。

 簡単に言うと撮影してきたカットを見ながら使える場所を切り出す作業だ。

 CG全盛期の今、撮影素材がそのまま使われることは無い。

 指先はこれ、髪の毛の動きはこれ、視線は別撮り……細かく分割して使っている。

 それを繋いでひとつの絵にした状態からCG作業に入って行く。

 神代と沼田とCG監督と撮影監督は、すべてのカット内容を把握していて、明確に切り出していく。

 すごいなあ。莉恵子は後ろで見ながら思った。

 後ろのドアが小さく開いて、声が聞こえてきた。


「大場さん、ちょっといい?」

「リリヤのマネージャーさん。おつかれさまです」

「ここにいるって聞いたから」

「大丈夫ですよ」


 莉恵子はCG室から廊下に出た。

 もう三時間以上、延々と聞いていたので頭が痛くなってきた。

 マネージャーは莉恵子をカフェに誘った。

 そこにはリリヤたちが所属している会社の社長がいた。


「おつかれさま~~」

「おつかれさまです。撮影ですか?」

「そう。いや大詰めだね。仕上がってきてるものが良くて、神代監督にプロモーション頼んで正解だったよ~」

「良かったですね」


 マネージャーが注文を聞きに来たのでココアを頼んだ。

 甘いものを摂取しないと脳が死にそうだ。

 芸能事務所の社長は正直どの人も似ている。蘭上の会社社長も高いスーツが弾けそうになっている恰幅の良いおじさんで、リリヤたちの事務所……オンライズの社長も何を食べたらそんなにふくふく出来るのか分からないほど恰幅が良い。

 人と会いながら食事をして、仕事の話をするのがメインの仕事なので、こうなってしまうのは分かるが……今も机の上にふたつのシュークリームが置いてあって、やはりただの食べ過ぎなのでは……と思うが、シュークリーム美味しそうだ。莉恵子も追加で頼んだ。

 社長は話を始めた。


「リリヤのこと、ほんと助かったよ。撮影は行かなくて良いけどレッスンまで行かないのは……と思ってたけどさ、この前スタジオ行ってから何かスイッチ入ったのかな。先週からレッスン再開してさ、良かったよ~~。また大場さんが暗躍したって聞いてさ」

「暗躍って! いえいえ、ただ誘っただけです。美蘭と深緑のダンスが刺激になるかな……と思っただけですよ」

「とにかく大場さんのこと、俺はすごく気に入ったんだよね。それで本題なんだけど、来年……春以降かな。リリヤと葵が主演の映画が動き出すんだ。これに神代監督を頼むかどうかのテストが今回のプロモーションだったんだけど、もう合格。んでリリヤが現場プロデューサーに大場さんに入って欲しいって言ってるんだけど、大場さんチームに仕事状況を聞きたくて」

「ありがとうございます!」


 新しい仕事の依頼だ。それに神代監督の次回作……めちゃくちゃうれしい!! 莉恵子はその場で答える。


「現状年末まではみっちり仕事が入ってます。主に省庁相手なので期日は守られます。年末から夏までは現時点で何個かお話が動いています、神代監督の新作に入れるなら、そっち優先します。チームみんなやりたいと思います」

「わーー、助かる。メディア対応が出来て、タレントと監督、全員話聞ける人ってめちゃくちゃ貴重なんだよ~~」

「リリヤちゃん、ものすごく面白い子ですね。弱いのに強い」

「難しいんだよ、こっちが扱いミスると死んじゃうタイプ」

「ああー……」

 

 死んじゃうは酷いが、容易に想像できる。

 あの割れた鏡のように尖った微笑と、さっきまで弱気だったのに「叩き潰す」と笑顔で言える精神構造。

 大物であることは間違いない。それに彼女はまだ十五歳のはずだ。

 明日契約に伺います~~と社長はカフェを出て行った。

 莉恵子は頭をさげて見送って、廊下に戻ってから飛び跳ねた。

 やった! 認められた!! オンライズの社長に気に入られたのはものすごく大きい。

 オンライズは中国資本で、中国のめんどくさい所とがっつり手を組んでいるので、あっち側に売る時に面倒な所が一気にクリアになる会社だ。

 ヤバい話も多いが、そんなの世界共通だ。地雷はある場所が先に分かっていれば踏まなくて済む。

 これは莉恵子のチームだけではなく、会社自体の仕事の底上げに繋がるはずなのだ。

 さっそく自分の会社の社長に連絡を取る。その場でボーナス決定して小躍りした。芽依とうなぎ食べる~~!

 




 仕上げ作業に入って数か月……ついに新しいグループを発表する日が近づき、先行で映像が公開された。

 それはニ十本の映像から良い所を切り抜いて一分半にまとめているものだ。

 それはアニメから双子の神様、部活少女、男性のスーツに身を包んだダンス……多種多様な顔を見せて『新しいことが始まる』という予感を抱かせる。

 最後に音楽が止み、シンと静まった画面に細い足が入ってきた。

 先日まで神代がこだわって撮影していた映像で、莉恵子も見たことなかったので身を乗り出して見る。


 その細い足先がおりてきたのは、緑が深い森だ。

 足の親指が湖面に触れて、波紋が広がる。

 生き物のように長いスカートがそれを包む。

 カメラが一気に上がると、金色の髪の毛が龍のように踊る。

 細い首や、首を包み、光りつづける世界……その奥に射るような視線。

 それは見るものを一瞬も逃がさない。

 細くて美しい指先、それがカメラを掴もうとして、一気に掴み……表情が見える。

 そこには完全に復活したリリヤがたっていた。

 氷のように冷たい表情……そこから朝いちばんの空気を吸い込んだ花が開くようにほほ笑んだ。

 そしてタイトルロゴが表示されて映像は終わった。


 ……すごい。

 莉恵子は息を飲んだ。

 その映像は一気にネットのトレンドをさらった。


 その発表を莉恵子たちチームは会社の会議室で、ほぼ屍になって見ていた。

 こういうものは直前まで修正が入り、恐ろしいことに今まで一言も文句を言って無かったスポンサーが突然何か言い出したりするのだ。

 それは青を白にしろ……とかだけど。

 仕上がりが良いと「一言いった」とアピールしたくなるえらい人は多く、それがニ十社となると莉恵子は直前まで白目をむく忙しさだった。

 お前ら何か言いたいならもっと前に言え。

 それは業界に入ってからずっと思っているが、変わらない。

 ここからまだ細々と対応は続くが、とりあえず発表されてしまうと感覚的には作業終了だ。


 

「莉恵子さあーん……おつかれさまでしたあ……」

 今回も大活躍だった小野寺はもうビールを飲んでいる。

 なんなら朝から飲んでいた。気持ちはよく分かる。莉恵子はビールを飲んだ瞬間からすべてが面倒になるので夜のみにしているだけなのだ。


「大場~~~、俺ちょっと休んでいい?」

 沼田がソファーに横になった状態で言う。今回他の演出家との連絡を密に取りつつ、神代と見事な作品を作り上げたのは沼田の力が大きい。

 もちろんですよお……休んでください……と莉恵子が言うと、家族で旅行にいくのだと言った。

 チームで家族がいるのは沼田だけだ。たしかお子さんは「気が付いたら中学生だった」らしい。つらい、恐ろしい。


「莉恵子さん、会議の資料、メールで送りました!!」

 葛西だけはバリバリと元気で、むしろ輝いている。

 次の仕事は葛西がメインで動くからだ。新人に仕事を任せる上でいちばん大切なことは、頼んだ側が一瞬でも『今聞くのはマズイかな?』と思わせないことだと莉恵子は思っている。いつでも聞けないと、気が付いたら厄介なことになっている。そうなると最初の頃より百倍面倒で大体取り返しがつかない。

 莉恵子は身体を起こした。

「今見るね」

「はい!」

 葛西は目を輝かせた。

 今が未来を産む。

 笑顔で言ったのは莉恵子の父親……英嗣だった。

 お父さん、私ちゃんと未来つかんだよ。がんばったかな。莉恵子は書類を見ながら思った。




「うへえ……久しぶりに頭がふらふらするわ」


 今日は小野寺としこたま飲んだ。

 家に帰ってきたら芽依が甘やかしてお酒を出してくれたので、さらに飲んだ。

 チームとしては一週間ほど休みにしたので、ゆっくりしようと思う。

 まあ葛西は動いているので、100%休みとは出来ないけど……。

 そして夜更けに神代からLINEが入ってきた。


『おつかれさま。やっと社長から解放された』

『おつかれさまでした! 最後のリリヤ、最高でした!』

『なんとかなって良かったよ。休めそうなので、莉恵子さんデートしませんか?』

『もちろんOKです!』

『じゃあ、あとで連絡します。本当におつかれさまでした』


 神代からのLINEを見て莉恵子はニマニマした。

 そして芽依がお風呂に入っていたので、脱衣所まで押しかけて惚気た。

 楽しみだああ~~!!

 

 

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