第49話 鬼の居ぬ間に

「莉恵子さん、おはようございます!」

「おはよう、葵ちゃん。来てくれてありがとう」

「連れてきましたよ~」


 葵に呼ばれて、大きな帽子とマスクをした女の子が顔を出した。

 帽子を取ると、金色の髪の毛がさらりと出てきた。


「おはようございます、大場さん。お邪魔じゃないでしょうか……」

「おはよう、リリヤちゃん。私が呼んだのよ? 顔色良くなったね」


 ロケが終わって一週間、CGスタジオでの撮影が始まった。

 今日は『神様少女』の撮影で、ふたりの出番はないが、莉恵子は葵とリリヤを見学に呼んでいた。

 リリヤは髪の毛を整えながら口を開く。


「最近納豆食べてます」

「菌はいいね!」

「大場さんがそう言うから……はじめました」


 そう言ってリリヤは静かにほほ笑んだ。

 リリヤはロケが終わってからもレギュラー番組の撮影には参加せず、事務所が借りたホテルに暮らしているようだ。

 自宅には今もたまにマスコミがくるらしく、落ち着かないのだとリリヤは静かに言った。

 最初は休ませることも渋っていた事務所がホテルまで取ってくれるのだから、リリヤを大切にすれば答えてくれる……と分かったということだ。

 その事実に莉恵子は安堵していた。

 急に入り口の方がザワザワして空気が華やかになった。


「リリヤ先輩と葵先輩!」

「お~~、美蘭めいらん深緑みりょく~~、今日は頑張ってねー!」

 葵は先輩らしくふたりの頭を撫でた。

「いってきます!!」


 今日の主役で一卵性の双子、美蘭と深緑は莉恵子に挨拶して控え室に消えて行った。

 写真を見た時は高校生くらいだと思ったが、なんとまだ小学生だった。

 しかし身長は莉恵子と同じくらいあり、その幼い表情とアンバランスな身長、そして子どもの身体つきが、とんでもないほど『面白い』。

 スタイルも顔つきもそっくりで、正直見分けがつかない。

 本人たちも自覚しているようで、美蘭は右手にピンク、深緑は緑色のバンドがついた時計をしていた。

 これから『神様』になるためのメイクが始まる。

 リリヤはふたりを見送って静かな声で話し始めた。


「私がテレビ番組にでなくなった枠に……あのふたりが急遽出てくれることになって……悪いなって思って……来るのが怖かったです」

「だからその荷物なの?」

 

 さっきから気になっていたのだ……リリヤが持っている大きな袋。

 それは家具メーカーの巨大な袋で、サンタクロースか何かになってしまったのかと思うほどリリヤは荷物を持っていた。

 その中を見せてもらうと、高級チョコレートやお菓子、それにぬいぐるみまで入っていた。

 葵は苦笑しながら口を開く。


「なんか『家のことで、迷惑かけて申し訳ない』って買いまくって。迷惑なわけない、だって枠を取り合って戦ってるんだよ、私たちアイドルは。枠があいてラッキーに決まってるのにさあ」

「突然すぎたし……」


 リリヤは大きな袋を抱えて小さな声で言った。

 こんな気弱な子なのに、いざ演技をすると恐ろしい存在力を発揮するんだから女優はすごい。

 葵とリリヤはマネージャーに連れられて、撮影がよく見える二階の音響部屋に移動した。


 莉恵子はそれを見送ってスタジオに入った。

 そこは壁面に巨大スクリーンがある特殊スタジオだ。 

 スクリーンの前には砂が敷き詰められている。思わず駆け寄る。

 触ると予想以上にサラサラしていて、指にまったくくっ付かない。すごい!!


「砂!!」

「これ砂に見えるでしょ。違うんですよー。特殊な配合で固めた事実上の砂糖なんですよ。なんと食べられます」


 莉恵子の所にきてくれた小道具さんは落ちていた砂をヒョイと口に入れた。

 ええ?! 驚きつつ興味があり、莉恵子もペロリと舐めてみるとザラザラと一瞬口の中で主張するが……甘い。


「すごい!!」

「実質砂糖の山です。カメラ通すと砂漠にしか見えないんですよね」

「おもしろいです~~」


 莉恵子は再び舐めて叫んだ。甘い!!

 今日はこのセット使って『双子の神様』の撮影する。

 莉恵子が言った『手話ダンスで話す』設定を神代は気に入ったようで、どういう星ならそうなるのか、どういう設定なら言葉を書く、話すという便利なことをせずにダンスで伝えるのか、それが映像的に効果的なのはどういうことなのか……延々と詰めた。

 莉恵子は発案者として会議に立ち会ったが、濃い知識を持った方々との話は最高に楽しかった。


 そして決まったのが、見えているのに話せないからこそ、踊るのでは……ということだった。


 砂の砂漠で、常に砂が舞っている。

 だからその星で生活している人たちは、口元を布で纏っている。

 基本は簡単な手話で話し、愛の告白や、長く話したい時はダンスをする……という設定になった。

 その場合、特殊な音を立てたりするでしょうね……と歴史学者の方が目を輝かせるので、獣の角を数本持たせることになった。

 これまたどんな生物がいるのか延々と会議をして、そこまで必要なの? 神代が学者と話したいだけでは……? と思いながら会議に出た。

 進化論までいくともう付いていけない。アイスクリームを食べながら話を聞いた。

 横では小野寺が変な生物を山ほど書いていて、学者に「いいですね~~」と褒められていた。

 小野寺は今まで見た事ないほど興奮しながら学者とクリーチャー論を三時間続けた。

 その頃には神代も莉恵子も疲れ果てて会議室でコーンましましピザを食べた。

 もう何を作っているのか分からない。


 設定が決まるとデザイナーたちが衣装を考える。

 砂が抜けて、ダンスが映えるもの、砂漠は暑いから……デザイナーたちが考えだしたのは風になびく美しい衣装だった。そして樹木の汁で染めてあった。

 それをみた神代は、彼女たちの世界に巨大樹を作った。

 CGデザイナーたちは設定を元に都市を作りだし、今日の撮影スタジオには砂の後ろの巨大スクリーンに遠くに巨大樹と砂の城が映っている。

 これがあるとないとで、演者の演技のノリが全然違うのだ。

 実際撮影する時はグリーンバックに戻すが、今や撮影に欠かせないものになった。


 莉恵子と神代、そして沼田と小野寺は頭脳班だ。

 今ある知識を元に撮りたい絵面に向けて知恵を絞る。

 その頭は方向さえ違えなければ何個あっても良いのだ。

 それに専門の知識を足して出来上がった世界を、デザイナーたちが本気で作り上げていく。

 自分が言った言葉が、考えが、プロの手を経て形になり、言葉が世界になっていく。

 その過程の気持ちよさがあるから、大規模な撮影はやめられない……!

 何十人……規模が大きくなると百人単位の知恵と努力の結晶、その上に立つのが演者だ。

 背負っているのは膨大な時間と手間。だからこそミスは許されない。


「本番いきますーー!」


 神代の声がスタジオに響く。

 演者の双子……美蘭と深緑が入ってきた。

 デザイン案以上に素晴らしい出来で、オレンジ一色の砂漠にとても映えた。

 

 まずは美蘭から撮影が始まった。

 音楽がスタジオに爆音でかかる。

 そして美蘭が長い手をオレンジ色の空にかざした。

 のばした指先が空を掴んで風が身体を纏う。

 はじまる。

 風力がデジタル制御できる特殊な扇風機から風が送られて、砂が舞い上がる。

 それはダイヤモンドダストのようにキラキラと舞い、美蘭の踊りを彩る。

 ダンスも会話になるように、専門家と考えた。

 元は山の中で暮らす少数民族だけが使うアクションを用いた言語だ。

 山の頂上と、ふもとで会話をするためだけに作られたダンスは、莉恵子と神代を興奮させた。

 牛の角笛で演奏しつつ、踊るその姿はエキゾチックで美しい。

 それを参考に作られたダンスを美蘭は完璧に表現して見せた。


 同じように深緑も撮影をする。深緑は夜の砂漠だ。

 ライトひとつで世界が暗闇に包まれて、真っ白な衣装を来た深緑はしなやかに舞う。

 夜に切り替わったライトの下、砂も白く光り、それは夜に舞う一粒の光のように深緑の身体を包む。

 神代と沼田は撮影上がりに背景を合成しつつ、その場で結果を見ていく。

 そして撮影を繰り返す。砂の砂漠で舞うふたりは本当に神様のように美しかった。




「おつかれさまでしたーー!」


 撮影が終了してふたりが頬を上気させて控え室に戻ってきた。

 そしてリリヤの元に駆け寄る。


「リリヤ先輩、どうでしたか?! 私たち、どうでしたか?!」

 リリヤは少し驚きながら、嬉しそうに口を開く。

「ものすごく素敵だった。私ね、突然テレビ変わってもらって、ふたりのスケジュールが厳しくなったって聞いて心配してたの」

「それをマネージャーから聞いてて。ねえ、深緑」

「そうそう。そんなのこっちからしたら超ラッキーなんですよ? それなのにリリヤ先輩かわいい。でもね、リリヤ先輩、言っても信じないから、今日はがんばろうって美蘭と決めてたの。安心してくれましたか?」


 自信満々で胸をはるふたりにリリヤは目を丸くした。

 そしてふんわりと、今までで一番の柔らかい表情をみせてほほ笑んだ。


「……すばらしかったわ。本当に」

「じゃあリリヤ先輩、冬のシングルのセンターも私たちにください。このまま不調でOKですよ。ねえ深緑」 


 それを聞いてリリヤは氷みたいにキン……と尖った目をして


「面白いじゃない。ふふ、元気になってきた。叩き潰してあげる」


 と言った。

 その言い方は、ふいに固い床に落として割れてしまった鏡のように鋭利で、その場にいた全員がシン……となった。

 やっぱり一番の大物は間違いなくリリヤだ。莉恵子は思った。

 リリヤが落ち込んでいると葵から聞いて、調子が良いふたりを見せてみるか……と呼んだのが予想より上手く機能したようだ。

 横に立っていた葵は、莉恵子の服をキュッ……と握った。

 そして小さな声で「……もう大丈夫ですね」と言った。

 ね、本当は誰より怖い子。

 リリヤは凍りついた空気など関係なく、双子に持ってきたチョコレートやクマのぬいぐるみを渡していた。

 双子は


「リリヤ先輩の調子が悪い間に頑張ります! ずっと休んでてください!!」


 とぬいぐるみを抱えて笑顔で去って行った。どっちにしろ強すぎる。

 双子を見送ったリリヤがスッ……と莉恵子の近くに来た。


「……これ。私のおススメのトリートメントなんです。髪の毛がサラサラになりますよ」

「リリヤちゃん。いいじゃない……」

「お仕事終わったら神代監督とゆっくりしてくださいね」

「葵ちゃんに聞いたわね?」

「いいパックもありますよ?」

「貰おうじゃない?」


 リリヤがビニールの袋から色々出してくるので、最後には徹夜続きでゾンビのようになっている小野寺ちゃんと漁った。

 美人さんの使ってるグッズって、それだけできれいになれる気がする……!!

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る