第46話 航平の表と裏

「ミコじゃん」

「蘭上じゃん~~~~」


 お菓子作りに合流した蘭上を見て、日向ミコが目を輝かせた。

 どうやら知り合いのようだ。蘭上はミコの横に言って口を開いた。


「ミコ、ここに通ってるの?」

「そうだよ! 蘭上もくるの?」

「そう、俺学校行ってないから。行きたいと思って」

「仕方ないから入っていいよ? 許してあげる! はい、型抜きしよ!」

「やったぁ~~~~」


 芽依からすると意味不明な会話だが、ふたりは楽しそうにクッキーを型抜き始めた。

 どうやら番組の収録で何度か会ったことがあるようだった。

 年齢も近いようで、ふたりのテンションは同じくらいに見えた。

 「社長は来てないの?」とか「サンTVの田無さんが結婚したって聞いた~?」とか知り合いの話をしている。

 見ていなくても大丈夫そうだ。芽依は後ろの勉強室のほうに向かった。


「失礼します」

「あ、竹中さん。こんにちは」


 PCルームは相変わらず満員で、みんなヘッドフォンをして勉強をしている。

 ただ前回と違うのは、みんな隣の部屋で作っているお菓子を食べながら勉強しているところだ。

 長尾も前回と同じソファーに座り、PCで何か作業をしていたようだ。

 しかし手元には隣の部屋で作っている甘いものがない。やっぱり。芽依は鞄から小さな箱を出した。

 それを長尾に渡す。


「前回、ミコミコクッキー、長尾さんだけ食べられてなかったので、甘いものが苦手なのかなあと思いまして」

「!! そうなんだよね。俺甘いもの食べすぎると気持ち悪くなっちゃうんだ」

「これ……いろいろとお世話になったお礼に、地元で売っている手焼きの煎餅なんです。おいしいので、どうぞ」

「え! すごくうれしいけど、俺竹中さんを引っ張ってカルタ大会見せに行っただけなのに、いいのかな」

「正直な話、学長さんにあまり良いイメージがなくて、長尾さんに強く押されなければ行きませんでした。でも行ったらすごく楽しかったし、菅原学園で働けるのが楽しみです」

「そっかあ、良かった。じゃあ頂きます」

「どうぞ。そんな高いものではないので」


 昨日、莉恵子の居酒屋近くにあるお煎餅屋さんで数枚買ってきたのだ。

 その店は今どき珍しい店頭で煎餅を手焼きしている店で、いつも醤油の香ばしい香りがしている。

 芽依はいつも割れた煎餅をお得価格で買っているが、今日はちゃんとしたものを買ってきた。

 長尾は煎餅を取り出して高い音を響かせて食べた。


「……うまぁい……」

「昨日焼いたものなので、香ばしていいですよね。給湯室はこっちですか?」

「そうそう。あ、ごめん、お茶も出さずに」

「来月から働くので同僚ですよね? 好きにしているだけです。緑茶も持ってきたので出してもいいですか?」

「ああ、うれしいです、すいません、急須……!」


 そう言って長尾は給湯室のほうに来てくれた。

 そして急須を出してくれたけど……信じられないレベルの茶渋がついていた。 

 見渡すと釣り棚の中は無限のコンビニ袋が詰まっているし、冷蔵庫上の電子レンジは何かの液体がついている。

 つまりのところものすごく汚いのだ。

 まずは掃除が必要なようね。芽依は急須を丁寧に洗った。そしてたぶんここにあるだろう……と棚の下を覗いた。

 すると引き出しの下に七個くらい漂白剤が入っていた。やっぱりね。莉恵子もなぜか漂白剤を数個ここに持っていた。

 お茶を入れたあとに使おう。手早く掃除をしながらお茶を準備していたら長尾が後ろに立った状態で言った。


「……あの、学長が言ったと思うけど、うちの学校って変人奇人理系の集まりなんだよね」

「そのようですね」

「だから、皆、しっかりした人に弱いんだ。竹中さんって結婚してるの?」

「結婚していたんですけど、旦那に放り出されて、就職先を探して、ここに来た感じですね」

「ええ~~~? 竹中さんを放り出す? それはもったいない……。とにかく気をつけてね。とくに葉山さん。とにかく葉山さん。あの人ほんと惚れやすくて、なんならこの前泊まった時も、ずっと竹中さんのこと学長に聞いてたから。絶対ヤバい、あの人トップクラスの変人で超お金持ってるから意味不明なアタックしてきますから」


 給湯室で作業を手伝いながら長尾は真剣な表情で言った。

 芽依は今までの人生はあまりモテたことはなく(莉恵子のほうが間違いなく分かりやすくモテていた)、どちらかというと男子には「委員長うるせえ!」と嫌われていたタイプだ。だからそんな風にモテるとは思えない。

 自分でも口うるさいし、可愛げはないと思う。

 だから心配ないと思うけど……と急須を洗っていたら、PCルームのほうから声がした。


「この煎餅うめぇ」

「あ、これ。田中煎餅だ。おいしいんだよねえ」


 航平と、完全馴染んだ蘭上が、長尾のために持ってきた煎餅をバリバリ食べていた。

「ちょっと学長! あなたは甘いものが大好物でしょうが! あと君は何?! はい、戻って!! 学長がパティシエ呼んで甘いものを作る会を開いたんですよね? 煎餅は俺のです!!」

 長尾は、駆け寄って無事だった数枚を確保して叫んだ。

「固てぇこと言うなよ、なあ?」

「ですよねえ?」

 航平と蘭上はもう完全に悪友のような目をしている。もうなんだか、一気に騒がして笑ってしまう。

 でもこういう雰囲気、全然嫌いじゃない。


 芽依は四人分のお茶を出した。

 航平は芽依にお礼を言って、背筋を伸ばした。そして左手を茶碗の下に入れて、右手で丁寧に支えて飲んだ。

 この人……たぶんものすごくちゃんと躾けられた人ね。その頃蘭上は机に足を乗せた状態でお茶を一気に飲んで煎餅を盗んで逃げて行った。

 お母さん、蘭上の躾が足りていません。可愛いなら躾けてください。

 航平はお茶を飲んで芽依のほうを見て

「うまいな、ありがとう」

 と言った。煎餅盗んで大騒ぎとかしてるのに、この丁寧さ。本当に面白い人。

 芽依もお茶を飲んでいると、そこに近藤が入ってきた。もうエプロンは取っていて表情がさっきと全然違う。


「航平さん、岳秋たけあきさんが到着されたそうです」

「おっしゃ、じゃあ人質のお仕事してくるか! んじゃ芽依さん、またね」


 人質のお仕事? よく分からずポカンとしている間に航平はお茶碗をちゃんと給湯室に片づけて煎餅のゴミを捨てて出て行った。

 窓から外を見ると、大きな黒い車がとまっていて、そこからスーツを着た男性が出てきた。

 そして航平と笑いながら歩き出した。

 雰囲気は和やかだけど、後ろには近藤さんを含めて数人の真黒なスーツを着たひとたちが護衛? するように付いているので身分の高い人なのだろう。

 芽依はソファーに戻って長尾に聞く。


「人質って……?」

「ああ、学長はまあ……うん、俺がペラペラ話すことじゃないな。知りたかったらネットで調べてみると良いよ。ちょっと変わった家だけど……まあ学長は何があっても楽しい人だから」

「へえ……」


 お茶と煎餅、それに蘭上が二時間かけて作ったクッキーを食べて、帰宅することにした。

 蘭上は菅原学園をとても気に入ったようで、帰りの車でもう入学手続きの願書を取り寄せていた。

 実は芽依も学校について少し調べたんだけど、入学するためのお金は結構高いのだ。そこらの私立よりも全然高い。

 蘭上は社会人として仕事もしているし、たぶん稼いでもいるのだから、問題ないだろうけど。

 わりとしっかりした身分の人が多そうな気がして、すぐに不安になる。

 芽依は背筋を伸ばした。就職するんだし、ちゃんと頑張らないと。

 

 家に帰って菅原学園……追加ワードで航平の本名……樹航平いつきこうへいと入れてみると、情報サイトが出てきた。

 そこに出ていた情報によると、菅原学園の創設は大正時代でかなり歴史があった。母体となっている大学は名まえが全然違う……もっと有名な所で、そこの分校という記述だった。

 そこの記事によると、航平は菅原学園を経営している菅原一族の息子さんなのだが……簡単に言うと本妻の子ではないようだ。

 どうやら本妻の息子さんは昼間に来ていた菅原岳秋すがわらたけあきさんのようだ。


 菅原社長は、航平の母親、晶子まさこさんを溺愛されていて、晶子さんのためにひとつ会社を作ったようだ。

 その条件は、たったひとつ……航平が菅原学園で作った物の権利をすべて菅原学園に譲渡すること。

 つまりあの授業のシステムや……書いてある特許は数十個……それはすべて菅原学園が持っているようだ。

 そのサイトを書いている人は航平の能力を高く買っていて「樹航平の才能が菅原によって殺されてる」と書いていた。


「これが人質……ってことかしら」


 芽依はスマホを見ながらつぶやいた。

 愛人の子で、人質……それだけ聞くと暗い印象を感じるが、実際の航平は何をしても楽しそうで、それでいてたまに大人で品が良い。

 芽依はさっき蘭上がSNSにUPした写真を見る。そこには横に航平がいて、勝手にクッキーを食べている。


「……楽しそうな人質もあったものね」


 もちろん苦労もあるだろう。

 その苦労とか、辛さとか、どう抱えているんだろう……何を考えているのだろう……芽依は写真をじっと見た。 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る