第41話 ただ世界を広げて

「同級生を増やすのは効果的じゃない気がするんですよね……」

「でも今のままだと出演者が少ないんだよ。せめてもうふたり……それもメイン格で増やしてほしい。あ、大場さんそっち持ってて」

「この状態でいいですか?」

「いい感じ」


 神代は腕にはめていたガムテープを手に取り、段ボールを固定した。

 動かないことを確認して……次に向かう。

 先は長そうだ。莉恵子は苦笑した。


 今日は『星を飲む少女』の会議……なのだが、なぜか体育館で段ボールを使った巨大迷路を作っている。

 他の作品で高校生たちが巨大迷路を作って走りまわる描写があり、それをスタッフで作っているのだ。

 神代は会議室で案なんて出ない……という莉恵子と同じ思考で、それを知ったときは「同じだ」と嬉しく思ったが、別に段ボール迷路を作りながら会議したいとは思わない。

 できればパンを食べたり、ケーキを食べたり、アイスを食べたりしながら、楽しく会議したいのに、これじゃ段ボールの処理が大変すぎてそれしか考えられない。

 でも神代は作業しながらのほうが頭がまわるらしく、複数のスタッフと色々な話をしながらガムテープで段ボールを繋いでいく。


「神代監督、高校生の子たち、手に絆創膏貼ったほうが良いですよね」

「そうだね、特に右手の人差し指とかに貼っといて。あと段ボールの粉をスカートにつけたい」

「神代監督、弓道部のプロモーションのほうですけど、髪型こっちのが良くないですか」

「あーー、ちょっとiPad貸して。ここら辺に遅れ髪ちょうだい」

「了解です」


 作業している神代の元に色んなスタッフが来て質問や、雑談をしていく。

 莉恵子がぱっと確認した所…たぶん五チームくらいが借りだされている。

 まあみんな手を動かすのが好きな人たちだし、なにより楽しそうではある。

 体育館全体を借りて撮影できるのは明日までなので、間違いなく効率的だ。


 うちのメンバーもいつもの面子で参加していて、一番楽しそうなのは葛西だ。

 腕に六個くらいのガムテープを持ってテキパキと迷路を作り上げていく。


「これ段ボール綺麗すぎません? 高校生が文化祭で作る迷路で新品はないと思うんですよね」

「古い段ボールだと倒れちゃうんですよー」

「カメラが流れる所だけでも引っ越しセンターのやつにしたほうが良くないですか? 来るときにセンターが近くにありましたよ。貰いに行きましょう」

「いいですね!」


 そう言って制作スタッフ数人を連れて消えていった。

 葛西は元々映画に関わりたくてうちの会社に入ってきたので、こういう現場がなにより楽しいのだろう。

 それに色んな人たちに「フットワークが軽いヤツだ」と思ってもらえるのは葛西のこれからにとってプラスだ。

 良かったわあ……と莉恵子はガムテープを貼り付けた。

 しかし……疲れた。もう四時間以上ぶっ続けで作業している。

 神代と、神代が所属している会社プロデューサーの石井、そして莉恵子と沼田はダラダラ話しながら作業を進める。

 莉恵子は段ボールを差し込みながら口を開く。


「そういえば、この前まどマギって劇場作品を見たんですけど、わりとSFで驚きました。沼田さん好きそうです」


 莉恵子は小説から映画からドラマ……はてはアニメまで売れたものはとりあえず見るようにしている。

 もはや職業病で、内容を楽しむことはできない。視線は完全にプロデューサーだ。

 誰をターゲットに作っている作品なのか、その場合どこが資本を出しているのか、どう売れていくのか。 

 まどマギもリストに入っていて偶然見たのだが、SFネタと絵が良かった。

 好んで見ていた層は魔法少女を見尽くした大人たちだろう。


「魔法少女だっけ? 見てみようかな」

 沼田が段ボールを支えながら言う。

 そこに神代がガムテープを貼りながら口を開く。

「あれはSFじゃなくて、元々エロゲーの構造なんですよ。ゲームは元々リセット構造ですよね。選択にミスしたら最初に戻る。それを魔法少女に持ち込んだ……それが新しかったんです」

「へえ。面白いですか」

「面白いか、面白くないかと問われたら、構造はわりとシンプルなんですよ。問題は見てて気分が良くない所ですね」

 神代がドヤァというので、莉恵子は手を叩いて笑ってしまった。

 まあその通りだし、神代も物語の構造しか見ていないのが同じだ。

 莉恵子は段ボールの横に次の段ボールを持ってきて繋げながら軽く言う。


「魔法系の話はもっと師匠とか弟子とかってもいいと思うんですけどねえ」


 莉恵子がそう言うと、横にいた神代の目がキュインと光った。


「大場さん。魔法をなんだと思ってるの?」


「はい……?」

「おう……?」


 莉恵子が軽く口にした言葉に神代が全力で噛みついてきたので、莉恵子と沼田は目を丸くした。 


「キタコレ……大場さんが神代の地雷踏んだぞ……大変だ……神代が厄介オタクに変身するぞ……」 


 その横で神代とずっと一緒に仕事している石井は横で楽しそうに言う。

 神代は段ボールを床にトントンしながら全力で話し始める。


「魔法ってのは基本的に幼児性の象徴ってことだと俺は思うんだよね。あれは万能感、子どもだけが持っている力……と考えるべきで、師匠と弟子……つまり大人が使えるのは俺は好きじゃないな。子どもの象徴として使い、子どもを終えたものは使えなくなるほうが俺は好き。まどマギはちゃんとフォーマットを守ってるんだ」


 石井に『厄介オタク』と言われたわりに楽しそうな内容だったので、莉恵子も段ボール片手に立ち上がる。


「じゃあ最近流行っている羅小黒戦記ロシャオヘイセンキは見られましたか? あれは魔法を使った師弟もので、師匠は魔法が使えてカッコ良かったです。弟子も可愛かったんですよ。わりと売れる構造だと思うんですけど」

「見たよ、脚本のウマさは分かるが、政治的配慮をかなり感じるな。プロパガンダが強すぎる。それに正直魔法部分は演出に振り回されているだけであまり機能していない。設定が曖昧で効果的に使えていない」

「頭の色が変わった所とか、もろに思春期の象徴だと私は思いましたけど。それにあれはあの子の特殊性を十二分に見せていたと思います」

「結界なんて能力と全く関係ないし、特性も生かしてない。中に人が入れる結界って何だよ」

「神代さん厳しい~~!」


 神代と莉恵子は段ボール片手に作業しながら延々と話した。

 ああ、正直もう……めちゃくちゃ楽しい。莉恵子は自分の考えをガンガンぶつける。

 それに対して神代は冷静な視点で感想を言ってくる。ずっとずっとこういう関係になりたかったと心底思う。


 昔、夜中に目が覚めて一階に行くとお父さんと神代が夜中に話していた。

 その声はものすごく楽しそうで、仲間に入りたいと思った。

 でもここで扉を開けても「もう寝なさい」と子ども扱いされることは分かっていた。

 それがずっとイヤだった。

 でも今私は神代の目の前にいて、話をしている。

 それはきっと同じレベルまで来られたという証明なのだ。

 

「私は、まどマギで一番好きなのはキュゥべえですねえ」


 魔法論を延々と話していた神代と莉恵子の横で小野寺が段ボールにキュゥべえの絵を描き始めた。 

 絵描きなので当然めちゃくちゃうまい。


「……小野寺ちゃん、やっぱプロだね」

「めっちゃハマりましたからね。なんならコスプレしました」

「え……着ぐるみ……? どゆこと? あ、ちょっとまってください、私いま、すごくきてる……神代さん!!」

「おう、なんだ」

「星を飲む少女……星を流す……星を作っている神様……まどマギでいうキュゥべえみたいな少女を出してみるのはどうでしょうか」

「おお、それで?」


 神代の目が輝いたのを見て、莉恵子は心底嬉しくなる。

 小野寺も目を輝かせて段ボールに何か書き始める。


「それイイですね、人間にします?」

「アイドルものを作ってるんだぞ、俺たちは」


 小野寺がキュゥべえのパクリのようなネコを書き始めたのを見て沼田がつっこむ。

 神代は床に広がっていた段ボールにマジックで大きく『地球にいる少女ふたり』と書く。

 そこから線を引っ張って……見ている神と書く。段ボールに膝をついた状態で小野寺がアンドロイドのように美しい少女を書く。 


「世界はキューブで見降ろそう」

 神代は横に座って、小野寺の絵に書き足していく。

「衣装は着物がよくないか? ほら、後ろに長いみたいな……」

「ああ、こんな感じですか?」


 小野寺がサラサラ書き始めた横で沼田もサラサラと姿のラインを書き始める。

 段ボール迷路を作るの夢中になっていた葛西も参加して、ログを取り始めた。

 そして参考になりそうな資料を段ボールの上に座り込んで探し始める。

 

「石井ちゃん、スマホのプリンター、今持ってる?」

「あります」


 神代がスマホを取り出して、石井を呼ぶ。

 石井はスマホからすぐに写真がプリントアウトできるアイテムを持ち歩いていた。

 そこから女の子ふたりの写真が出てくる。

 神代はそれを『神様みたいな女の子ふたり』と書かれた場所の横に貼った。


「使い道が難しい一卵性の双子がいるんだ。このふたりを『神様』に配置するのはどうだ」

「中世的な顔つきですね。いいかも」

「ダンスもシンクロしていて面白いんだけど、個性が強すぎて使い道に困ってたんだ」

「!! 視界が繋がってるんだけど、声は届かない世界で、ダンスが共通言語のふたりってどうですか」

「手話みたいなダンスか」


 莉恵子と神代が話すと、それを段ボールに小野寺が書き続けて、世界がどんどん広がっていく。

 全部は現時点では思いつきだ。でも今は思考を止めるときではない。

 せっかく段ボールは無限にあるのだ。書いて書いて……それを繋げて新しいアイデアがたくさん詰まった相関図ができた。

 みんなで舞台の上に上がってそれを写真に撮る。 


「……面白くなりそうだな」


 神代は満足げにほほ笑んだ。莉恵子はその横に立っていられる自分が誇らしくて背を伸ばした。

 しかし……同じく作業している小道具さんたちにものすごく邪魔もの扱いされていることに莉恵子は気が付いていた。


「迷路作りましょうか」

「やるか! でも書き込みした段ボールは車に移動させとこ。おーい、石井ちゃん、これ車にのせたいんだけどー」


 書き込みをした段ボールだけ抱えて歩き始めた神代の後ろを歩きながら、何て楽しいのだろう……と莉恵子は思った。

 神代は莉恵子のほうを見て口を開いた。


「大場さん、マジカルエミ知ってる?」

「なんですかそれ?」

「今度貸す。見なきゃダメだ」

「どんな話なんですか?」

「厄介オタクになるよ?」

「いいですよ、楽しいですから!」


 莉恵子は神代の後ろをついて歩き始めた。

 

 

 

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