第36話 再びの山の上、そして


「おはようございます。来て頂けて良かったです」

「案内をよろしくお願いします」

「はい!」


 そう言ってフリースクールで出会った長尾は笑顔を見せた。

 前回「超カルタ?」……ワケが分からない……という表情をした時、長尾は「騙されたと思って一度見にきて下さい」と笑顔で断言した。

 学長のイメージが悪すぎて、もう行くつもりはなかったが、あの授業システムとフリースクールは素晴らしいと思った。

 学校教育の『理想』があそこにはあった。


 とにかく普通の学校で働く教師たちは雑務が多すぎる。

 大学時代の知り合いが何人も教師をしているが、みんなサービス労働で死にそうになっている。

 登校時に道に広がって歩いていると学校に電話があり、誰か来いと言われる。

 道をひとりで歩いている生徒が見つかると連絡がある。名まえが書かれた何かが見つかると連絡がある。

 そのたびに誰か教師が呼び出されるのだ。公立校に事務員など数人しかいないし、生徒に関することはすべて教師に回ってくる。

 朝呼び出されずに授業を始められることなどない……境界線がない、雑務が多すぎる……定時など皆無、サービスが普通でそれをしないと「教師として理想がないのか」と怒られる。理想の前に体力が続かない……と教師になった知り合いが言っていた。


 だったら基本の授業だけでも全国共通にすれば良いのに……芽依はそう思っていた。

 基本を学ぶことにオリジナルなど必要ない。大切なのは分かりやすさだ。

 そのシステムを、完璧な状態で取り入れているのが『あの学長』だったことに、興味が湧いた。


 坂をまた上るために運動靴で来たのだが、長尾が待ち合わせ場所に指定してきたのは、学校がある山の裏側の駅だった。

 どうやらこの山周辺にある施設……老人介護施設や、サッカー場、そして野球場、温泉施設まであるのだが、それはすべて菅原グループも持ち物らしい。

 そしてそれらの施設にはバスが出ている。

 学校の一番近くにある老人介護施設に行くバスに乗ると、山頂付近にある小学校だけは近い……という裏技だった。


「これなら楽ですね」

 芽依はバスに乗って外を見ながら言った。

 急坂すぎて絶対に歩きたくないような坂をバスはゆっくり上って行く。

 長尾は外を見ながら口を開いた。

「本数が少なくて、タイミングを合わせるのが難しいんですよ。当然通学用のバスではないので増発もなくて」

「なるほど」


 たしかにバスは一時間に一本程しかなく、市内のバスに慣れていると少ないと感じた。

 しかしバス自体も菅原グループの持ち物のようなので、動いているだけありがたいものなのだろう。

 バスの中には学校に向かうような学生さんもたくさんいた。

 今の時間はもう昼をすぎている。登校するような時間ではないように感じた。


「あの、駅前のフリースクールと同じように授業時間は自由なんですか?」

「動画を見てテストを受ける単位制なので自由です。でも教師がいる時間は決まっていて、質問したいことがあるなら時間内に来る……という感じです」

「なるほど」


 だから前回見学に来た時も、校内を歩いている子たちにたくさん挨拶されたのか。

 長尾は少し首を傾げて芽依のほうを見て言う。


「小学校のほうに所属すれば、駅前のスクールのように色んな学生を一気に見ることはないので給料の割には楽しい学校だと僕は思いますよ」

「うーん……?」


 思わず眉間に皺がよる。授業には興味があるが、学校がレゴ的に楽しい必要はあるのだろうか……。

 疑問に思いつつ、長尾に連れられて学校に入った。

 学校内に入ると「長尾先生、おつでーす」「もう始まりますよ」「今回は絶対勝ちますから!!」と下は小学生、上はもう大人に見えるほど大きな子たちまでみんな話しかけてくる。

 長尾は挨拶しながら校舎の真ん中にある正方形の建物に入って行った。

 ここはコンビニのような店舗だったはずだけど……。  

 長尾を追って店内に入ると、芽依の真横を何か黒い物体が飛んできた。


「!!」


 芽依は驚いてしゃがんだ。何?!

 室内はコンビニではあるのだが、イートインスペースが広げられていてそこにたくさんのPCが置かれている。

 そしてみんな手元にリモコンのようなものを持っている。それを操作すると、また黒い物体が飛んできた。

 芽依は膝をついて壁際に逃げた。

 その物体はものすごく高速で動いていて、芽依のように運動神経が微妙な人間にはすぐに避けられない気がしたからだ。

 壁際からゆっくりと観察して分かった……。

 あれはドローンだ!

 あまり広くない室内を羽のようなものがついた黒や赤のドローンがギュンギュン飛んでいる。

 長尾に「超カルタ大会って何ですか?」と聞いても「実際見てもらうのが早いと思うんですよね」と苦笑していた理由が分かった。

 だってカルタにドローンって言われても……見た今でも理解が出来ない。

 長尾は生徒たちの中に入り、話に参加しはじめた。


「よう、坂上、今年の出来はどう?」

「長尾先生、見て下さい! 今年は札を運ぶことに特化したマシンにしたんです」

「おお、いいな。これ視界はどこで確保してるんだ。これだと真下しか見えないだろ」

「新しい小型レンズを搭載したんですが、うまくいかなくて。だから魚眼にして視界を確保してます」

「方向掴めるのか? 電源との接触問題は解決できたのか?」

「もう独自回路を作りました。問題は重さなんです。正直30分飛べないと思うんですよね」

「また燃やして落とすなよ」

「いやもう、トラウマですよ、あれは」


 長尾と生徒は楽しそうに話しているが芽依には全く理解出来ない。

 こういう時はまずは色々見てまわる……芽依は壁際をゆっくり移動して他の生徒のPC画面を覗き込む。

 何をしているのか、全く分からない。生徒はとても小さい子に見えるのに……。

 すると画面を睨んでいた少年が顔をあげて芽依を見た。


「あ! お姉ちゃん、お姉ちゃんだ!!」

「篤史くん?!」


 芽依は思わず叫んだ。

 PCの前で難しそうな操作をしていたのは、この前菅原学園に来た時案内してくれた篤史だった。

 篤史は芽依の腕を引っ張って横に座らせた。


「やっぱり先生になってくれたんだ、うれしいな。今日のために俺すっごく頑張ってきたから見てて!」

「あ、うん」


 就職したわけではない……と言える空気ではなかったので、とりあえず作業を見守る。

 篤史くんは英語のみの画面をカタカタいじって、たまにコントローラーをいじって……を繰り返していた。

 そこに長尾が来る。


「おう、篤史。どうだ」

「長尾先生! 位置情報の取得がうまくいかないんだよ。なんでこんなに狂うんだろう。ほら数値が全然ちがう。ここからの位置情報を取れてないんだ」

「これは……スタート時点の数値設定が間違ってるんだ。いいか? プログラムの基本はどこからどこまで、何に何をさせるか、だ。その羅列の固まりなんだよ」

「うん」


 ふたりの会話の内容に全くついていけない芽依は再び壁際に移動する。

 ここにきてニ十分……状況が全く理解出来ない。とりあえずコンビニは普通に営業しているようだったのでお茶を買い、座った。

 数十分後、部屋を一周した長尾が目をキラキラ輝かせて興奮した状態で来た。


「すいません、もう楽しくて。これ最初は本当に簡単なカルタ大会だったんですよ。校内にカルタを置いて、よーいドンで取り合う単純なカルタ大会。そしたら学長が突然『普通ってつまんなくね?』って、突然ドローンを持ち込んで、教師チームで圧勝したんですよ」

「……それは教師的にどうなんでしょうか」

「ズルいどころの話じゃないですけど、別にルールに『ドローン不可』って無いですからね。そこからドローンが先回りして位置を知らせる……または妨害、最近はドローン自体が札を取って逃げるようになって。ただの運動部の遊びだったのに、今は理系の子たちが本気出しまくってて面白いんですよ。それに全然接点がなかった運動部の子たちと、理系の子たちが連携を始めたんです。今じゃ十チーム以上が参加する熱い戦いになったし、ドローン制作会社の人たちも参加されてるんですよ」


 そう言って長尾が視線で教えてくれた先には、スーツを着たサラリーマンが五人ほどいた。

 みんな厳しい表情でPCを立ち上げてキーボードを叩いている。

 芽依は圧倒されながら口を開いた。


「カルタって……こういうカルタですか」

「そうですね。菅原学園流、超カルタ大会です。あ、始まりますから二階の実況席へ行きましょう。さあさあ始まりますよー、はあ楽しみだー!」

「はい……」


 長尾のテンションに少し引きながら、流されるまま二階に上がった。

 そこには巨大なモニターとテレビ中継できるようなライトとセット……その中心に学長の航平がいた。

 芽依を見て目を輝かせて


「やっぱり来たか!!」


 と叫んだ。その表情は前回と変わらない本当に子どものようだ。

 本当にこの人があの授業システムを作り、先進的な技術を導入し続けている人なのだろうか。

 芽依は静かに会釈して一番遠くの椅子に座った。

 そして菅原学園流超カルタ大会が、始まった。


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