第30話 伸ばした手、繋がる先へ
紅音は莉恵子の手を振り払って、撮影所から出て行った。
莉恵子たちはその場に立ち尽くした。もう追うことはできなかった。
お昼休み。
気が付いたらお腹が空いていたので、少し離れた場所にあるカフェで食事をすることにした。
すると目の前に小野寺ちゃんがトスンとドーナツを出した。これは小野寺が超疲れた時に食べるストックドーナツ(砂糖だらけ)!
莉恵子はチラリと顔を上げて言う。
「貴重品では?」
「莉恵子さん、かっこよかったです。私……ほんとどうするんだろうと思ったけど……さすがでした」
小野寺は「あげます」と莉恵子の口にそれをねじこんできた。
もごもご……よく分からないけど、良かったなら良かった……。
すると両肩に誰かが触れた……それは葛西の手だった。葛西はマッサージがめちゃくちゃ上手い。
「あ~~~すごくいい。うわ、肩ガチガチだったね」
「殺人……おつかれさまでした……」
「誤解される言葉やめてくれない?」
すると視界に莉恵子の大好物……カルボナーラとハムのサンドイッチが置かれた。
「奢る。ひとつ言いたいのは、大場はなにも悪くないぞ。アイツの苦しみに気が付けなかった俺も悪い」
沼田だった。みんなに優しくされて困ってしまうが、この『どうしようもない空気』を動かすためだと莉恵子にも分かった。
去年まで五人のチームだったのだ。だから心は苦しいままだ。
ポン……とLINEが入ってスマホを見ると、CONTVの社長だった。
内容は『細島が持ってる仕事終わったら退職するって言ってるんだけど、何がどうなってるの?!』だった。
莉恵子はそれをみんなに見せた。終わった。でも……紅音のキャリア自体が終わってほしくないと思ってしまう。
デザインセンスは本当にずば抜けているからだ。
フリーになるなら……そう考える莉恵子の目の前にドンと大きなマグカップが置かれた。
「手だし不要。そうですよね」
葛西だった。本当にその通りだ。
間違いなく大きなお世話。ただ能力を見抜けてなかった自分が恥ずかしいのだ。
もっと早く気が付いていたら、紅音は罪に手を汚さなかったかもしれない……そう思ってしまうのだ。
本人がしたくても、無理なら取り上げるのはプロデューサーの仕事だ。それを莉恵子はできていなかった。
同期で紅音の仕事が好きだったから……ちゃんと見えてなかった。
好きなら見つけて、殺すべきだったのだ。
カルボナーラもサンドイッチも美味しかった。
下を向いてる場合じゃない。次は私たちのプレゼンが呼ばれる。莉恵子は掌に力を入れた。
「では午後の部をはじめます」
プレゼンが再開された。色々な人達が参加していて、見ているだけで勉強になる。
正直、こういう大きな案件がプレゼンで動くのは珍しい。
それは神代がそういうのが好きだからだ。
昔から「面白いものを作る人なら犯罪者とでも仕事したい」と言っていた。
何を言っているんだろうと思ったけど今なら分かる。最前線に居続けると、新たな刺激がほしいのだ。
私が新たな刺激になりたい、勝ちたい……取りたい……そう思う。
「では次にいきます。タイトルは『星を飲む少女』」
莉恵子はクッ……と胸元のネックレスを握った。
きた。
大きなモニターに莉恵子たちチームのプレゼンが流れ始めた。
本当に直前……提出する昨日まで作っていた映像だ。
内容はチームが得意なSFにした。
高校生の女の子ふたりが主役だ。ふたりはクラスも部活も同じ親友。
ふたりで横断歩道を歩いていた時に、ひとりが事故にあう。
血が広がっていく。でももうひとりの女の子は何もできない。心臓に耳を置く。
生きているのか、死んでいるのかも分からない。血に濡れる手。
周りを見るが誰もいない、ひとりで何もできない。
ただ叫んで、泣くことしかできない。そして親友は亡くなってしまう。
その夜……星が降る。それは噂にきいた『時を繰り返せる星』だった。
女の子は星を追って走る、走って、走って……星を飲み込んだ。『彼女をもう死なせないために、やりなおすために』。
そして時を繰り返す……しかし、何度繰り返しても女の子は親友を救えない。
結果女の子は、親友をかばって死ぬことを選択する。
目の前で泣き叫ぶ親友……ちがう、こんなことにしたかったわけではない。
なにより笑顔が見たかったのに、一緒にいたかっただけなのに、最後に泣かせてしまった。
星を飲んだ女の子は再び時を戻る。
そして悟ったのだ。
これは運命でもう変えられない。
だったら『今日を愛そう』。
もっと前から親友に会いに行く。そして幼馴染みになる。そしてもっと一緒にすごすふたり。
毎日写真を撮り、それをアルバムにしていく。商品を繋げるのは、ここにした。
ネットで月に一度アルバムを無料で頼めるサービスがスポンサーにいるのだ。
毎月毎月、ふたりはアルバムを作っていく。
そこには永遠に残るふたりがある。
そして抗えない運命……親友は事故にあう。
残された女の子はアルバムを見返して、激しく泣く。
そして再び女の子は時を戻る。
時を戻った女の子の手元には、なぜか『前の人生のアルバムがある』。
それ見て、泣きながらほほ笑む女の子。
永遠の幸せを手にいれたのだ。
次はどんな関係で親友とすごそうか。
私には無限の時がある。それはものすごく辛くて、幸せなことなのだ。
こっち向いて! と再びアルバムを作り始めるふたり。その絵で終わる。
映像が終わると拍手が広がった。……反応は良いみたい。良かった。
神代が部屋から出てきてマイクをONにする。心臓がバクバクと音をたてる。
何て言うんだろう。胸元のネックレスをいじった。
神代は眼鏡を上げながら言う。
「これは登場人物が少ないのがネックですね。やはり五十人以上出演させなければならないニ十本の作品の中で、メインがふたりのみというのは結構厳しいです。でもアルバムの使い方……特に時をこえて残るという所がものすごく良いですね。データは残りませんが、紙は時をこえて残りますから。その商品の強みと作品の内容がちゃんとシンクロしている。なにより少女たちの危うさが美しい。これでも……設定が面白いのに、生かしきれてない気がするんだよな。星を飲んだら時を繰り返せるなら、もうしてる人がいるんじゃないかな。それを上手に組み込ませたらふたりだけじゃなくてもっと増やせるかな。でもその場合この作品にある危うさみたいなものが消えちゃうかな。もう少しこの設定を生かしたら」
「神代監督、そろそろ……」
「ちょっとまってよ、なんか思いつきそうなのにな。何だろう、ああ、話したりないな」
神代はブツブツ言っていたが、司会の人に小部屋に押し込まれた。
嬉しくて涙が出てしまいそうになる。神代が莉恵子の考えた企画を見て「話したりない」と思ってくれた。
実はそれだけで充分だった。嬉しくて小野寺の方を見るとにっこりと笑った。
おつかれさま、本当にみんなありがとう。この話でチャレンジさせてくれて、ありがとう。
結果は数時間後に出る……という話だった。
莉恵子たちは疲れ果てて車の中でスヤスヤと眠った。
星を飲むシーンのCGがどうしてもうまくいかず、ギリギリまでみんなで作っていた。
寝不足ここに極まる。そして知り合いから電話が入って目が覚めた。
結果が発表される。
「……小野寺ちゃん、落ち着かないよ」
「私は寝たりないです」
「小野寺ちゃん、ドーナツ、ストックドーナツ!」
「もう全部食べちゃいましたよお」
莉恵子は落ち着かずにポケットに入っていたフリスクをガリガリ食べた。
反対側のポケットが温かいので確認したらホッカイロが出てきた。そこに芽依の文字で『おちついて!』と書いてある。
気が付かなかった……ありがとう。そうだよね。もうやれることはした、もう今更何もできない。
撮影所のモニター前に神代が出てきた。
神代は考える時に髪の毛をもしゃもしゃとする癖がある。だからだろう……今の神代は髪の毛が乱れていて『らしいなあ』と思った。
そしてマイクをONにして総評を話し始めた。
「えー、今回は皆さん、プレゼンにご参加いただきありがとうございました。俺は十年近く監督をしていますが、新しい風が大好きなんです。自分の頭には限界があると思ってて、常に先の景色を見せてくれる人を待っている。今回は将来性で選んでみました。ここから先、一緒に楽しみましょう」
そう言って神代がリモコンを操作すると、そこに通過したタイトルが一覧になっていた。
文字が大きい、それはすなわち通過作品が少ないということだ。心臓が痛い。
見ると数十作品あったのに三作品しか通っていなかった。莉恵子は意を決して、その文字をしっかり見る。
その中に
『星を飲む少女』
と書いてあった。
莉恵子は膝から崩れ落ちて椅子に座り込んだ。通った……、良かった……!!
ふたりしかメインじゃないし、神代の評価を聞いても通ると思えなかった。だから本当に嬉しい。
見ると鳩岡さんも通っていた。もう一つは合唱コンクールをメインにすえた作品だった。
「莉恵子さん!!」
「小野寺ちゃあん……」
莉恵子に小野寺が抱き着いてくる。もう力がなくてそのまま横の椅子も使って倒れてしまう。
嬉しくて嬉しくて、小野寺ちゃんを思いっきり抱きしめたら「うええええ」と叫ばれた。
手が伸びてきて、見ると沼田だった。
「やったな。がんばろうぜ」
「沼田さん、引き続きよろしくお願いします」
その手を取って、身体を戻す。
この人の演出力なくして、今回の繊細な映像作りはできなかった。
今回の作品は監督が神代で、演出が沼田になるが、誰とでも柔軟に組める人なので安心できる。
「やりましたね」
「葛西ー、ありがとうー!」
葛西は「もう絶対増やさないでくださいよ、もう無理ですからね!」と叫びながらも嬉しそうだ。
元々映画が好きで業界に入ってきたこともあり、人脈を広げるキッカケになると良いなと思う。
プロデューサーをしていくなら『人』が命だ。
その様子から莉恵子たちが通ったのだと分かって他の人たちが近づいて来る。
「合唱?」
「いえ、星のほうです」
「死ネタで通過するのヤバいな」
「正直そこは賭けでした。それに人数も上手に増やせなくて……」
人の輪に囲まれて話していると、神代が近づいてきた。
「入ってた? 入ってるなら合唱のほうだと思ってた」
「!! 神代さん!!」
莉恵子はさっきまでデロデロに疲れていたが、一気に立ち上がる。
神代は口元に長い指を持って行って、何度も頷いながら言った。
「そうか、星のほうか……なるほど。……となると、なるほど。そうか、そういうことか」
莉恵子は神代が何をブツブツ言っているのかよく分からないが、終わったことにホッとしていた。
プレゼンは終了になり、莉恵子たちは帰ることにした。打ち上げと細かいスケジュールはまた来週。
今日のためにここ二週間、まともに休まずがんばった!
家に帰ってうなぎ! うなぎ!! カバンを抱えて歩き出した莉恵子のスマホにLINEが入った。
神代だった。
『今制作部の個室にいるんだけど、来ない? 少し話したいことがあるんだ』
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