第28話 さあ終わりを始めよう
「芽依。私今日、すっごく頑張らなきゃいけない日なの。どうかな、今日のメイクとか服とか、変じゃない?」
「じゃあ……いいもの見つけたのよ。ほら、掃除したら出てきたの」
「! 高校受験の時にこっそりしていったネックレス! どこでこれを?!」
「こたつの下。マット洗濯したら出てきたわよ」
莉恵子はそれを芽依につけてもらって、くるりと回って見せた。
「どう?」
「うん、良い感じ。莉恵子は先生の九割が『絶対無理だから、やめてくれ』って断言した高校に願書出して合格した人でしょ」
「え……そこまで言われてたの、知らなかった」
「だから大丈夫。夜ごはんウナギにしない? 久しぶりに食べたい気分なの」
「ええええ、食べたい、すっごく食べたい、頑張る……頑張るよ!!」
「じゃあ、買っとくわね。私も勉強本腰入れる」
「……菅原学園にするんじゃないの?」
「莉恵子?」
「はぁい、いってきまーす!」
芽依に見送られて外に出た。もう春がすぐそこまで来ていて、風が冷たくない。
分厚いコートはもう着なくても良さそうだ。もうすぐ春がくる。……まあこたつは五月まで片付けないんだけど。
毎年五月のGWに片付けて九月には出す。こたつに布団がないとさみしくて仕方ないのだ。
夏用のこたつがないかと調べたら、冷風が出てくるものがあったけど……違う……。
今日は神代にプレゼンする日だ。
場所は撮影場のAスタジオ。撮影するための巨大空間でプレゼンが行われる。
噂によると数社がかなり大掛かりなものを持ち込んでるらしくて、美術界隈がザワザワしていた。
最近はCGで作って見せるのが普通だったけど、たしかにセットを作って見せてしまえば見栄えはする。
莉恵子はワクワクしていた。単純に色んな人の企画が見られるのは本当に楽しい。
紅音もいる……そして神代もいる。クッ……と苦しくなる胸を手で握った。
すると胸元にネックレスがあって、優しく撫でた。これは高校受験の時に「合格したら神代さんに告白するんだ!」と願掛けして買ったものだ。
合格して、さあ告白しよう思ったら「馬子にも衣裳だなあ」と言われてカッとなった。
「子どもじゃないんですからね!」と中途半端なことを言ってしまってギクシャクさせるだけで終わった。
もういっそあのタイミングで告白してたら……いや何も変わらないな。更に悪化していたかもしれない。
でもそれは昔の話。
今はもう、違う。莉恵子は背筋を伸ばした。
「おはようございます!」
「小野寺ちゃん、おはよう~! なんか人の数すごくない?」
「ていうか、もう密着が入ってるんですよ。プレゼンに密着ですよ? やばぁ……」
小野寺は前髪をチョイチョイ触って直した。莉恵子もそれは気が付いていた。
撮影場に来たらロケ車が何台も泊まっていて、中には数人の女の子が見えた。たぶん……企画の対象になっている女の子たちだ。
最近はとにかく映像の球をたくさん打つ必要がある。
発表する場所が増えてしまって、とにかく映像が必要なのだ。アイドル業界もサブスクが当たり前になり、会員専用のサイトでは毎日「何か」をUPしなければならない。それは写真でも言葉でも良いのだが、一番求められているのは映像だ。
散歩でも食事でも何でも良いけど、こういう大きなプロジェクトになるととにかく何でも密着して撮れ高をキープする。
プロジェクト自体が発表されるのはまだ先だけど、とにかく何でも撮るんだろうなあ……と莉恵子は思った。
「では始めさせていただきます」
撮影所のガランとした空間に、たくさんの椅子が並べられている。前には大きなモニターが準備されていて、奥には数個セットが見える。
そしてセットを並べる場所に司会の人……これは神代のマネージャーだ。そして奥の音響用の小部屋に神代が見える。
紹介されると神代は小さな部屋の中で頭をさげた。いつも通りふんわりとした髪の毛が優しく揺れる。
それを横にいるカメラが撮影している。
莉恵子たちのプレゼンが流れるのは最後だ。完全にくじ引きで決まった。
このプレゼンはシークレットで行われるので、事前に映像を提出している。つまりこの前のようにカブっていたからといってその場で変えることは不可能。
前に立つ必要がないので気楽ではあるが、莉恵子はわりと『その場の空気』で話す内容を変えているので、それが出来ないのはつらい。
最初に流されたのは部活ものだった。
中校生から社会人までいるグループなので、学校をモチーフにしたものは多いと予想していた。
ニ十社の企業とコラボする仕事で、映像の内容と商品の内容が『どうマッチングしているか』が大きなポイントだ。
プール掃除をメインにした美しい映像で、これはたぶん……
「
「……そうだね、さすがキレイ」
莉恵子の隣で葛西が小さな声で言うので頷いた。
業界長いと、シークレットでも誰が出したのかすぐに分かる。鳩岡さんは莉恵子と同じくらいの年齢の映像作家さんだ。
詩的な文字が画面に出ることが多く、文字を使った演出が強い。
葛西は大学の先輩らしく「出てくる文字のセンスがいいですよねえ」と頷いていた。
一つずつプレゼンが終わるたびに、神代が出てきて感想を述べていく。
「彼女たちの儚い映像と、文字で現れる心情が、最初はシンクロしているのに途中から剥離していくのが良いですね。ただ商品の扱い……これは飲料ですが、それが少し雑に感じます。この流れだと、飲料を持つシーンをCMに抜きにくい」
神代が前に立って説明しているのを莉恵子はワクワクしながら聞いた。
こういう風に自分が作ったものを神代にコメントしてもらえる……それだけで楽しすぎる。
次々とプレゼンが流れていく。ファミリーもの、ゾンビもの、SF、ホラー……多種多様なアイデアに溢れている。
そして次のプレゼンは……ついに後ろにあるセットを使うようだった。後ろから出てきたのは……ものすごく大きな帆を使ったテントだった。
形は倒れた三角のようなもので、それが何個も重なった状態で置いてある。
スタッフがカラフルなベンチコートを着た状態で出てくる……そして音楽が流れると、帆になっているテントが奥に引き込まれて、一気に背景の色を変えた。
「!! すごい」
莉恵子は目を見張った。
でもこれ、なんだっけ……何かで見たことがある……。
「これあれだろ……小森さんの所の企画で見たぞ……背景の一気変え……」
横にいた沼田が小さな声で言う。そうだ、それだ。
「ですよね。これデンダーのコレクション発表の時の……没案ですよね。お金がかかるからって」
胸元のネックレスをいじる。これは……悪い予感だけどきっとあたっている。紅音だ。
ここが紅音の『イヤな所』でパクっているのはアイデアだけなのだ。
アイデアをパクり、それに更にお金をかけることによって『違うものに見せていく』。
背を伸ばしてプレゼンに参加している小森を見ると、怒りで震えている。……きつい。
蘭上の所で企画をパクられた時の苦しさを思い出して首が絞られるように苦しくなった。
今日はもう近づかないようにしていた紅音を探す……右側の一番前で平然とプレゼンが進むのを見ている。
どうしてなの? どうしてこんなことを……。
そして背景が一気に変わった所で、スタッフがベンチコートを脱ぐ。中には着物のようなドレスを着ていた。
これもまたものすごくお金がかかっているのが一目で分かる。
曲のタイミングに合わせて後ろに立つ黒子のような人が帯を引っ張ると……ワンピースに変化した。
「うへぇ……これわざわざ今日のために作ったのか。金がかかってんなあー」
沼田は苦笑した。このプレゼン……たぶん事前に密着のカメラが入ることさえ情報を掴んでいた。
神代の横にいるカメラはもう、神代よりその派手なプレゼンを必死に押さえている。
絵的に圧倒的に派手で、これは神代がNG出してもスポンサーやアイドルたちが気に入る可能性が高い。
本当にお金と情報を掴める会社はそういう所が強い。
でも莉恵子は見ながら思っていた。企画自体は派手になってるけど……何か、何か違和感が酷い。
プレゼンが終わって神代が拍手しながら出てきた。拍手しながら出てきたのは初めてで胃がキュッ……と傷む。
「これはすごいですね。このまま使えるほどのクオリティー。ここまで気合いを入れて頂けてうれしいです。しかしですね……これ……言葉を選ばず言うと、焼き肉と唐揚げとハンバーグを一緒に食べさせられたような……つまり大きすぎるアイデアが混在しまくってるんですね。はっきり言うと企画のハリボテですね」
会場がザワッ……とする。
そこにいる全員が思っていたことを神代がはっきり言ったからだ。
チラリとみると小森が大きく頷いていた。
神代は続ける。
「このあとスポンサーから怒られるほどこのプレゼンは人気だと思います。俺は、この企画をハリボテだと言いましたが良い所もあるんですよ。それは『造形のデザイン』ですね。わかりますか、テント内に書かれているラインと、衣装のラインが太さで絶妙に繋がってるんです。企画自体はハリボテなのに全体が失われない。ものすごく高度なセンスですね。一見分からない。たぶん……俺は今から憶測で言いますよ? このプレゼンを出した人は……企画を考える能力……ひいては、ディレクターとしてのセンスは弱い。でもですね、デザイナーとしてのセンスは持っているので、誰かにその力を拾ってもらうのが良いと思いますよ。企画がしたくても才能がない人はいます。人のアイデアを使うのはやめましょうね」
はっきりと言った神代の言葉に会場がザワつく。
「神代監督かっこいい……!」
横で小野寺が目を輝かせているが、莉恵子は茫然としていた。
そうだ……本当にそうなのだ。心の奥底……どこかで気が付いていた。
紅音は企画を考える能力が弱いこと、発想力では完全に小野寺に負けること。それでも紅音と仕事を続けていたのは……紅音のトータルでまとめる力……それが何なのか莉恵子は気が付けなかったけど『線』だ。バラついた世界を『色々な線』でねじ伏せる力が紅音にはあって……それが独自の世界観に繋がっていたんだ。
プロデューサーとして莉恵子が気が付いてなかったことに、神代はすぐに気が付いた。
「……やっぱりすごいな、神代さんは……」
莉恵子は小さな声で言った。
プレゼンは真ん中をすぎて休憩時間になった。右端を見ると紅音がタッ……と走って会場を出て行くのが見えた。
莉恵子は立ち上がり、紅音を追った。
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