第27話 3×4を君に


「莉恵子、これ、何なの?」


 休日の昼、こたつに入ってダラダラしていたら芽依がテレビ横に飾ってある額縁を指さして言った。

 莉恵子はアイスを食べながら口を開く。


「これねえ……宝の暗号なんだよねえ」

「はい?」

「ずっと分からない宝の場所が書いてあるの」


 莉恵子は口にスプーンを入れたまま立ち上がり、その額縁を手に取った。

 それは緑色の折り紙で、真ん中に大きく『3×4』と書いてある。それが小さな額縁に収まっている。

 芽依はこたつ机の上を自然と拭きながら口を開く。


「私が出入りしてた時からあった?」

「このゲームをしたのは中学生の時だったと思うけど、額縁に入れたのは大学入る前かなあ」


 莉恵子は額縁を持ってこたつに戻った。

 それは莉恵子が中学生の時に、神代が書いたものだった。

 

 中学生の時にインフルエンザにかかり、一週間学校を休むことになった。

 薬を飲んですぐに熱は下がり、身体は辛くない。でも家にずっといなきゃいけなくて、来てくれた神代に「遊んでーー」とお願いをしたのだ。

 母親に頼まれて食事を届けにきていた神代は「う~ん」と考えて『家の中でできる宝探しゲーム』を思いついたのだ。

 折り紙を二枚用意して、片方には『宝』を書く。それは、何か買ってくれる……とか、どこか連れて行ってくれる……とか、莉恵子が喜びそうなことを書いてもらった。そしてもう一枚は『家の中のどこに隠したか暗号を書く』というものだった。

 莉恵子がこたつに潜って見ないようにしている間に、神代はサラサラと宝を書いて部屋に隠した。

 そして暗号を渡してきたのだ。 

 それが『3×4』。


「もう何年……? 中学の時だから十三才とか? もう十六年見つかってないの」

「へええ~~、この家の中にその宝が隠してあるの?」

「そう。ずっと分からないんだよねー」

「その間にお母さんが引っ越したり、大掃除したりとかしてるんでしょ」

「もちろん。二階の自分の部屋から荷物を一階に移動させたし、学生の時に使ってた本とかは全部捨てた。それでも出てこないんだもん」

「私ミステリー好きだからそういうの大好きよ。中学生で荷物を移動させる前……つまり、私が出入りしてた頃からある場所の可能性が高いのよね?」

「う~~ん、そうなんだけどさあ。もう十六年前だよ?」

「でも額縁に入れて持ってるってことは、諦めてないんでしょ?」

「そりゃ気になるよ。神代さんが隠した宝物だよ?」

「そうよねえ」


 芽依は部屋を見渡しながら「3×4……ねえ」と言って立ち上がる。

 そりゃ莉恵子だって当時から必死に探している。上から荷物をわざわざ下ろした時だって、心のどこかで宝物を探していたからだ。

 芽依は本の山を見て口を開く。

 

「3×4ってタイトルの本とか映画とかないの?」

「無いんだな。それは当時めっちゃ疑ってね、海外には3×4って舞台があるの。私それを取り寄せてみたからね! 英語で意味わからなかった」

「そうよね……神代さん演劇されてるんだもんね、そこは重点的に行くわよね」

「あと、さんかけるよんってのは数字じゃなくて何か言葉なんじゃないか……説も考えた」

「例えば?」

「さん かける よん。つまり『さん』って名前と『よん』って名前の人が入ってる小説にハサまってないかなあって調べた。三谷さんとかね。なんなら上にあるすべての本の3ページ目と4ページ目、そして12ページ目は見たよ」

「かなり頑張ったわね……」

「8×4さえ疑って缶を調べたんだから」

「汗のにおいが消えるだけだったわね……」

「そうだよ!!」

「電話番号は?」

「調べたよ。でもそんなの無限にあって何も分からなかった」


 莉恵子と芽依は楽しくなって、部屋を片付けながら色々探した。

 3×4……九九か。莉恵子はふと思いついた。


「九九って何年生で習うっけ」

「ちょっとまってね……二年生ですって。懐かしい。九九のカードが出てきたわ」

「教科書とか見たかなあ。当時の取ってあるの。教科書って面白くてわりと好きなんだよね。ちょっとまってよお~~」


 莉恵子は当時の教科書がしまいこんである箱を開いたが、昔から整頓してなかったのが芽依にバレただけだった。

 芽依はその段ボールの中身を整頓しながら口を開く。 


「その前に神代さんは一階と二階、どっちに隠したのよ。耳を澄ませてたらそれくらい分かるでしょう」

「う~~ん、それも何度も思い出してるんだけど、神代さんほら、演出家でしょ? なんか家の中をドタドタと走りまわってたの。あれ絶対わざとだよ!」

「ぬかりないなあ。気になる。絶対見つけたい。とりあえずうどん食べよう」

「食べたい!」


 莉恵子も一緒に台所に行って、うどん作りを手伝う。といってもレンジで冷凍された麺をチンして、お湯でといた出汁に入れるだけのシンプルなものなので、さほど手伝う必要がない。でも莉恵子は食事を作る時に芽依に丸任せするのはイヤだった。

 現時点で「お腹すいたあ」と芽依に甘えては鍋を出してもらっているのだ。これ以上は甘えたくない。

 うどんだけだと思ったら、芽依は冷凍庫からかき揚げを出して、それをフライパンで揚げ始めた。


「そんな!! 家でかき揚げが出てくる世界線 すごい!!」

「ていうか、これ揚げた状態で冷凍されたものを買ってるから、簡単なのよ」

「いやいやいやいや……」

「そこの棚の3段目、岩塩入れたから」

「岩塩?!」

「かき揚げにすこしかけると美味しいの」

「あ~~~けっこ」

「結婚してませんよ?」


 ふたりでうどんを作って、なんとかき揚げまで乗せて美味しく食べた。

 はあ……お腹いっぱい……眠い……こたつにモゾモゾと入って行こうとすると、芽依がパチン……と箸をおいた。


「ねえ、3×4って……何かの並びじゃない?」

「並び?」

「ビール瓶の入れ物とか……ほら、こう格子状になってるじゃない。何か格子状になってるもの、無いの?」

「二階の踊り場に!」

「ビール瓶の入れ物あるわよね?!」


 ふたりで二階に駆け上がってビール便の入れ物を見る。それは物置として使われていた。

 その3×4の所に……何か紙が挟んであった。え?! 何?! 何かあるよ!! 心臓がドキドキする。

 莉恵子は慌ててそれを手に取ると……『はい、ざんねん』と神代の文字で書いてあった。

 それを横から見た芽依が爆笑した。

 神代さんひどい!! 実はこの事を思い出すたびに「そろそろ教えてくださいよ」と言い続けていたが、教えてくれないのだ。

 芽依は爆笑しながら階段をおりて、莉恵子はハズレの折り紙を……それでもすこし嬉しく大切に持った。

 十六年もそこで待ってた折り紙……なんだかすごく愛おしい。

 台所に戻ってふたりで食器を洗う。

 芽依は皿を拭きながら、棚を指さす。


「一番上の棚に食器洗いのスポンジ、ストックしたから」

「うわすご! めちゃくちゃ綺麗にストックされてる」

「ストックはこうやってするものよ……一番上の棚……あ!!」


 芽依は濡れた手を拭いてこたつがある部屋に戻った。

 そして壁にある大きな棚を見た。うちのリビングの棚は小さな四角がたくさん並んでいるものだ。

 芽依は上から3番目……そして左に4個……ゆっくりと指を動かして莉恵子を見て……頷いた。

 ……それは、考えたことがなかった。

 だってこの棚は昔からお母さんが受け取る書類とか、銀行から届くものとか、雑多にねじ込まれていて、何十年もそのままの棚だったからだ。

 中身を出してみるとレシピの本や、クリアファイルの山、古いプリント、そしてアルバムが出てきた。

 心臓がドクドクと大きく動く。芽依に促されて莉恵子はそのアルバムを引っ張り出した。

 そこには小さい頃からの莉恵子の写真がたくさん挟まっていて……その真ん中あたりから……ペラリと折り紙が出てきた。

 そこに書かれたのは神代の文字……



『俺が何でもひとつだけいう事を聞くお宝の券』



 と書いてあった。

 莉恵子はその折り紙を優しく拾い上げて抱き寄せた。

 まごうことなく3×4。そしてこれは……神代が中学の時に作ってくれた『お宝』だった。

 その表面の文字を優しく撫でる……神代の文字だ。

 ずっとそんな近くで十六年もいたのね。ごめんね。

 莉恵子は折り紙を机において芽依に飛びついた。


「芽依、ありがとう!!!」

「ふう、ミステリー読み、がんばりました。面白いわね。これ絶対隠すほうが楽しいわよ。そして性格が悪い人が勝つ」

「あ~~~、これね、私も一回神代さんに仕掛けたんだけど、秒で見つかった。隠す場所と暗号にセンスが必要で」

 、

 芽依は分かる分かると言いながら、こたつに入って折り紙を見た。

 そして口を開く。


「でもさあ……『俺が何でもひとつだけいう事を聞くお宝の券』……って、エロくない?」

「芽依ちゃん? 何をいってるの? 感動が消えていくよ?」

「いや中学生の時は、もっと純粋な物体だったの分かるけど……二十九才の女が三十九才の男に……どうやって使うの、この券」

「……え? え……? ええ……?」

「まあほら、財布に入れときなよ。使うかもしれないし?」

「え? ええ、ええーーー??」

「『俺が何でもひとつだけいう事を聞くお宝の券』……ふうん……」

「芽依!」

「ビール飲んじゃう?」

「飲んじゃうーーー!」


 芽依が昼ビールを自ら提案するなんて珍しい! と思ったけど、芽依はずっとその券を見ながら莉恵子をいじり倒すだけだった。

 莉恵子は嬉しさと恥ずかしさと、お宝が見つかった興奮でニヤニヤが止まらなかった。

 神代に伝えたくて、伝えたくない。だって伝えて……何につかうのよ。

 莉恵子はその折り紙を、丁寧に折りたたんで財布に入れた。

  

 

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