第26話 芽依の出会い


「この山の上にあるの。それは……それは……」


 芽依は莉恵子が教えてくれた私立小学校……菅原学園すがわらがくえんの最寄り駅に来た。

 サイトで調べたり、口コミを見たりしたが、調べれば調べるほど興味が湧いた。

 まず教師の評判は『大変だ』というのが多かった。


 この学校は「授業」と呼ばれるものは午前中の三時間のみで、それは出席必須ではない。

 小学校からの単位制で、教師が「理解している」と思ったら、クリア。

 わからないことは教師に聞くだけではなく、中学、高校への出入りも自由で、高校生が小学生に勉強を教えたりしていた。

 そして教師のメイン業務は生徒たちの活動の補助になる。

 だから仕事が多種多様すぎて、志が高くないと続かない……普通の小学校のほうが楽だ……という書き込みを何個も見た。

 生徒側からは『ここじゃないと卒業できなかった』と褒め言葉と『普通の学校じゃない』という批判の言葉が交互に並ぶ。

 合う、合わないがハッキリしている場所だと理解した。


 それなら一度見てみよう。


 問い合わせてみると「いつでもどうぞ!」ということなので、莉恵子がロケに行っている間に見に行くことにした。

 家から一度の乗り換えで来られるし、通うとしてもアリな距離感だ。

 しかしこの坂は……登山に近い……。山の上に方に学校の施設があるのは見えるが、遠い。

 芽依はあまり体力があるほうではない。教師はみんな車で来るのかしら……ゆっくりと歩き始めた。

 見学可能な時間帯を確認したら「入り口で名前だけ書いてもらってPASS持ってれば誰でも!」という気楽さだった。

 結桜が通っていた公立小学校は、入り口すべてに鍵がかかっていて、その番号を知っている人しか入れなかったのに、ずいぶん緩い。

 最近は怖い人も多いし、そんなセキュリティーで大丈夫なのかしら……と思いながら、ふらふらと坂を上る。

 疲れた……と思って横を見ると、坂の途中に『おつかれさまの椅子』というのが置いてあった。

 それは小学生が使う小さな椅子で、それにカラフルなペンキが塗ってある。


「なんて完璧な位置に……ちょっとお休みさせてもらおう」


 言葉と動きが完全におばあちゃんだ。

 椅子に座ると、わりと眺めが良くて、山の中腹まで来たのだと分かる。

 気持ちが良いけど寒いわね。芽依は両ポケットにいれてきたホッカイロを握る。


 莉恵子は貼るホッカイロと、普通のホッカイロと、マグマみたいに熱いホッカイロと、足先に貼るホッカイロ……すべて定期便にしてたようで、これ以上ホッカイロが家にあったら爆発するんじゃないか? と思うほどホッカイロがあった。

 だから長時間出かける時は持ってきて消費することにしてる。


 ポケットに小さいのがふたつあるとあったかい。

 それを握って立ち上がった。さあもう少し頑張ろう。


 歩き始めると、まず高校が見えてきて、自転車置き場が見えた。

 そこに人影が見えた。

 高校生くらいの子と、小学生くらいの子どもがふたり……どうやら自転車を修理しているようだ。

 小学生の子はTシャツ姿で自転車をいじっている。

 それを見ている高校生くらいの子もTシャツ姿だ。見ているだけで身体が冷えてくる。若さすごい。

 高校生の子はサッカーボールに座った状態で、子どもが自転車を直しているのを見ている。

 一緒に遊ぼうと待っているのだろうか。邪魔にならないように行こうと歩き始めたら、目の前にコロコロ……とボールが転がってきた。


「あーーー!」


 高校生の子が叫ぶ。

 芽依の目の前に来たので、取れないかな……と、一瞬動いたが、膝がカクッとなった。

 瞬時に動く運動神経はなかった。ボールは無情にもコロコロと坂を転がり下りていく。

 高校生はパッと走り出した。そして風をまとっているように坂を走り出して芽依に向かって叫ぶ、


「そこの子、見てて!」

「え、はい!」


 高校生はズダダダダと一気に坂を走って降りていく。でもこの坂は本当に急激で、ボールは一気に見えなくなっていく。

 坂はカーブしていて、突き当たりは山だからそこで止まるだろう。

 芽依は言われた通り、自転車を触っていた男の子に近づく。

 男の子は軍手をプラプラさせながら口を開いた。


「もう航平こうへいはさあ~、いつもボールをコロコロ下に落とすの。これで十回目くらいだよ」

「それはさすがに回数が多いわね」

「ほんそれだよ。あー、戻ってこない。見に行こ。てか、誰かのママ?」

「違うわ。見学」

「そっかー! あとで俺が学校連れてってあげるから、ちょっと航平探し手伝ってよ。俺は小四の安藤篤史あんどうあつし


 男の子は軍手をズボンのポケットにねじ込みながら言った。

 芽依も挨拶する。


「竹中芽依です。小学校の先生の資格を持っていて、働くところを探してるの。だから見学にきました」

「先生かー! うちの学校最高楽しいから、入るといいよ」


 話しながらゆっくりと坂を下る。

 というか……航平と呼ばれた人は大丈夫だろうか。この坂道はつづら折りになっていて、坂の突き当たりは森のような感じになっている。

 そこにボールが落ちたとしたら、結構飛んでいきそうだけど……。

 ふたりで坂を下りながら声をかける。


「航平ー! あったー?」

「あったあった。でも足首ひねったわ、痛い。それに疲れた」

「バカすぎるっしょ!!」


 航平と呼ばれていた人は坂の下……森の中で座り込んでいた。靴が脱げていて遠方に転がっている。

 ボールはは手元にあったので、見つけることはできたようだ。

 篤史が降りていくので、芽依も一緒に行くことにした。

 坂の上に学校があると知っていたので、スニーカーできたのが功を奏した。

 ボールを受け取って坂の上に置いて……靴を持ってくると、靴下にヤブハギと呼ばれる三角の雑草が山ほどついていた。

 それを見て篤史がため息をつく。


「あーあー。また山ほどついちゃったじゃん。また近藤さんに怒られるぞ」

「仕方ない」


 立ち上がろうとする航平を止めて、芽依はカバンからウエットティッシュを出した。

 そしてそれを渡す。


「ヤブハギはこれで拭くだけで取れるのよ」

「ええ?」

「やってみて?」


 そんな簡単に? と航平は完全に疑っていたが、ウエットティッシュで吹き始めるとポロポロとヤブハギは取れた。

 昔莉恵子が「ショートカットしよ!」と言っては、全然ショートカットにならない空き地に乱入して身体中にこれをつけた。

 勝手につけておいて「お母さんに怒られるううう……」と泣くので、調べたのだ。

 この方法だと驚くほど簡単に取れる。


「すごく簡単に取れるな!!」

 航平は目を輝かせた。

 篤史は調子乗って口を開く。

「えー。知らなかった。じゃあ航平ここで転がりなよ!」

「よっしゃーーー!」


 航平は、その場に転がって身体中にヤブハギをつけた。 

 芽依は「このノリ……懐かしいな」と心の中で苦笑した。昔から「しっかりしたい」と思う欲がものすごく強くて、クラスのふざけた男子たちが苦手だった。

 行動の九割が理解できない。どうして授業中に騒ぐのか、どうして先生のいうことを無視するのか、どうしてわざと雑草をつけるのか。

 芽依は作り笑顔をして立ち上がりながら言う。


「ウエットティッシュはあげるわ」

「おーい、ちょっとまて、学校行くんだろーー?」


 航平は頭の先っぽまでヤブハギをつけて、ヒョコヒョコ歩いてきた。

 足首を痛めたのは本当なようだ。芽依は手を出した。すると航平はその手を力強く握って歩き始めた。

 なんとか道までは戻った。見ると足首が腫れているように見える。

 この坂はわりと上るのが大変なので、その状態で上るのは無理そうに見えた。


「私、今から学校の見学に行くから連絡してくるわね」

「すまんが頼む。近藤が車出してくれるはず」

「おっこられるぞお~~~~」


 篤史は芽依の隣で楽しそうにキャハハハと笑った。

 結局航平を残して、篤史と山を登った。さすが小学生……ものすごく歩くのが早くて正直「途中で休ませて!」と思ったけれど、なんだかプライドが邪魔して言えなかった。無理に平然とした顔を作って坂を登る。つらい、体力戻さないと!!

 篤史くんは「こっちだよ!」と駐車場に連れていってくれた。

 そこには高そうなスーツを着た方が車を洗っていた。芽依は会釈する。この方が近藤さん……だろうか。

 篤史はその男性に駆け寄って口を開いた。


「近藤さーん、航平が坂の下で怪我してるよー!」

「わかりました」


 近藤は眉ひとつ動かさず車を発進させて去って行った。

 良かった……これで一安心だ。安心した芽依の顔を篤史が覗き込んだ。


「小学校でしょ? 見学いこー! 俺のおすすめは、屋上庭園」

「その前にPASSだけもらってくるわね。でもなんていうか……屋上庭園は最後でいいかも」


 正直屋上まで上る体力があると思えなかった。

 今はちょっとゆっくりしたいと思ったが、篤史くんは「じゃあ事務室だー。こっちこっちー!」と芽依を引きずっていく。

 結局最初に屋上庭園に連れていかれて、そのあとに地下の食堂、休憩なしに三階にあるカフェテリアに連れていかれて、芽依の体力は終了した。

 おもしろい所しか案内したくない篤史は


「じゃあ最後。ここが一番おもしろいところ!」


 と再び屋上まであがらされた。そして庭園横の部屋に芽依を連れ込んだ。

 もう無理……! ふらふらしながら部屋に入ると、奥に庭園が見える豪華な部屋だった。

 しかし部屋の側面に大量のレゴブロックが飾ってある。

 完全に作られているもの、まだ作り途中のもの……とにかくすごい量だ。昔ショッピングモールにあるレゴショップを見たことがあるが、そこに似ている。

 すごいわねと思って見ていると、庭園の入り口が開いて髪の毛に大量のヤブハギをつけた航平が入ってきた。

 篤史が駆け寄る。


「航平、足大丈夫?」

「軽い捻挫すぐ直る。竹中さんの案内をありがとう。もうそろそろ給食だぞ」

「あ~、お腹すいた、ありがとうーー! じゃあね、竹中さん、学校きてね、約束だよーー!」


 そう言って篤史は部屋から出ていった。

 はああ……疲れた。芽依はやたら大きなソファーにトスンと座った。

 航平は机にチョコンと座って芽依に話しかける。


「色々ありがとう、助かった」

「いえいえ……」


 そう言って顔をあげて航平のほうを見たら……机に『学長』と書いてるプレートが置いてあった。

 それを見て芽依はソファーから立ち上がる。


「あ、ここ、学長のお部屋ですか。そんな勝手に……すいません。失礼します」

「ああ、大丈夫。学長は俺だし、学長の部屋っていうか、レゴルーム? レゴ好きか?」

「はい……?」

「俺レゴ大好きでさあ。どれだけ買ってもたりないよ」

「学長さん? 高校生じゃなくて?」

「酷いなあ。俺もう25才だよ。超学長だよ。竹中さん面接受けに来たんだろ。よっしゃ合格だ! 明日から来てよ」

「……考えさせてください」

「試験受けるんでしょ? はい、合格」

「……考えさせてください」


 一番苦手だったアホな男子学生のノリ……それをまた見せられるだけで疲れ果てていたのに、それが学長。

 ということは、この学校はそういう学校ということだ。なるほど……芽依の結論は「疲れそう」だった。

 一度考えます……と断って学校を出た。


 もうめちゃくちゃ疲れた……。


 よく考えると今日は莉恵子がロケから帰ってくる日だったので駅前で色々買い物した。

 そして無心で食事を作り続けた。レゴルームが学長室って何なの?

 それを良しとする学校でどうなの? 超ワンマンってことだよね。やっぱ無しだわ。

 学校の雰囲気は嫌いじゃなかったけど、ワンマンは……。

 手元には大量の白菜が切り終わってた。切り足らない……漬けるか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る