第18話 ふたりの休日


「芽依! 今日の午前中にビールが20本届くの」

「ええ? そんなに冷蔵庫に入らないわよ」

「?? ビールなんて外に置いておけばよくない?」

「要冷蔵じゃないの?」

「外が寒いから冷蔵庫みたいな感じだよー」

「ちがーう!」


 芽依は手に持っていた段ボールをビリリリと破いて叫んだ。

 今日は土曜日だ。眠たいし、寒いし、休日は休むものだと言う莉恵子を起こして作業を開始したのだが、パジャマ姿で告げられたのは「ビールが届く」だった。

 莉恵子はこたつに肩まで入って頭だけ出してスマホをいじりながら言う。


「前にね、台風被害をうけて大変なビールがありますってネットで見たの。それで買ってみたら美味しくて! そこから定期的に買ってるの」

「へえ……デザインも可愛いし、良いわね。でも20本?! せめてあの倉庫が機能してれば……」


 芽依は視界の奥に見える地獄倉庫を見た。

 莉恵子はこたつの中にシュッ……と消えた。


「莉恵子ー! 着替えなさいーー!」

 再び莉恵子がこたつからピョコと顔を出してスマホ画面を見せる。

「あ、芽依。今日ね、チーズも届くよ。チーズフォンデュしよ! はじめてネットで食べ物買ったよお~~」

「また買い物したの?! って思うけど、チーズフォンデュしたことないわ。なにそれ、どうやってするの?」

「前にすっごく大きなホットプレート買ったの。そこの上に耐熱容器置いて、チーズフォンデュできるんだって」

「そのホットプレートはどこにあるのよ」

「この段ボールの山の中。よし、チーズフォンデュのこと考えたらやる気になってきた!」


 莉恵子はこたつの中でモソソソと着替えて出てきた。 

 そして洗濯機を回して、ふたりで掃除を開始した。もうお昼なんだけど……と思うが動き始めただけ良しとしよう。

 

 莉恵子がリビングの段ボールを開けている横で、芽依は台所の片づけを開始した。

 もう台所の段ボールはすべて開いていて、それを正しい場所に移動させている。

 莉恵子が言っていたとおり、半分ほど同じ商品で、あとは服や化粧品、それに本などだった。

 調味料も何もなく、それこそシンクの下の空間にも本が詰まっていた。芽依はそれを見た瞬間に膝から崩れ落ちた。

 こんな水気がある所に?! と思ったが、まったく料理をしないなら水気は存在しない。

 ビール瓶などはすべて洗面所で洗われていた。

 この家は洗面所の横に勝手口があり、その奥にゴミ捨て場があるので理にかなっていた。

 ゴミは徹底して外で管理されていて、莉恵子が「虫とか匂いは無理」と宣言するだけのことはある……と妙に納得してしまった。 

 段ボールを開けていた莉恵子が雄叫びをあげる。


「ホットプレートきたぁぁぁ!!」


 莉恵子がホットプレートの箱を持って叫んでいるが、どう見ても異常に大きい。

 箱の側面には『ファミリータイプ』と書いてある。


「……デカくない?」

「うん、なんでだろ。すごくデカいね。サイズとか見ないで買い物するからな。でもほら、チーズフォンデュしてる横でお好み焼きが焼けるよ」

「焼かないよね?」

「大は小を兼ねるよ~」


 莉恵子はドヤァとそれを置いて、こたつの中にモゾゾゾと入っていくので、背中の服を掴んだ。


「ホットプレート出しただけじゃない」

「一回休憩。だって朝ごはんも食べてないし、お昼ご飯も食べてないし、アイス食べる」

「あ、あのね。ちょっときて。冷蔵庫の二段目。ここに適当に食べられるものをストックすることにしたから。今ならきんぴらごぼう、それにカボチャサラダ。基本的に私が食べるけど、莉恵子もお腹空いてたら食べていいわよ。あと常に冷凍うどん入れておくから、好きな時に食べて。実費で請求するわ」

「あ~~~ん、結婚して良かった!!」

「してません。食べる?」

「食べるーーー!!」


 芽依はカボチャサラダをまず出して、うどんを温めた。そしてきんぴらと……二人前出してこたつに入る。

 莉恵子は「はああ~~……ありがとう。芽依。おいしい~~」と目を輝かせている。 

 あまり作り置きするのは負担になるのでやめようと思っているが、どうやら土日は基本的に家にいるようなので、軽く準備しておこうと思った。

 見ていると本当に夜は終電で帰ってきてお風呂直行、即寝ている。

 この生活では荷物もたまるし、自炊なんて無理だと分かる。

 莉恵子はカボチャサラダを「うまー」と食べて口を開いた。


「そういえばさ、私今度の仕事で小学校行くんだけどさ。私立小学校っていつも教師応募してるんだね」

「あ、そうね。私立はそうかも知れない」

「そこの学校、すごく面白そうだったよ。校庭に段ボールで巨大迷路作ってた」

「今どきそんな自由な学校あるの?」

「なんかそういう学校みたい。なんが学校内でするロケとかも積極的に受け入れてて、メディア担当の教師がいたの。びっくりしたあ」

「ええ……すごいわね。さすが私立」


 莉恵子に教えられてサイトを見てみたら、家から電車で30分ほど離れた場所にある私立小学校だった。

 高校まで併設していて、規模が大きい。山の中にあり、自由な校風で、不登校児も広く受け入れていて、何よりカリキュラムが独自で面白そうだった。

 そして『学校が変わっているので、色んな経歴の教師を受け入れています!』と書いてあった。


「……面白そう。距離もいいわね、家のすごく近くだと生徒とか保護者にあって大変なのよ」

「へえ~。うん、でもメディア担当の教師さんも良い人だったよ。イケメンだった!」

「莉恵子はイケメンなんて興味ないわよね」

「ふう、お腹いっぱい。ビール飲もうかなあ」

「飲ませるわけないでしょ! さ、作業開始。もうこのこたつに騙されないわよ!! 今日はこたつ布団も外に干します」

「ええええ~~~冷たくなっちゃう、お布団が冷たくなっちゃうよおおお……あ、無くしたと思ってたペン出てきた」

「だから掃除が必要なんでしょ。ほらお皿台所! 洗って」

「はぁい。家でお皿洗うの久しぶり。わあ、台所だ~~、水が出てきたぞ~~」


 莉恵子がこたつから出た瞬間に天板を外す。

 すると天板の下から山のようにコンビニスプーンと箸が出てきた。


「なにこれ?!?!」

「あ、便利なんだよ、そこにあると」

「ちょっとなんでこんなに量があるの。怖いんだけど!」


 芽依はすさまじい量のスプーンたちを開いていた段ボールに入れると、その段ボールには買った使い捨てスプーンたちが入っていた。

 おもわず膝から崩れ落ちる。

 莉恵子はドヤ顔で口を開く。


「洗わないからね。使ったら捨てる。衛生的でしょ」

「そうね、そのとおりだわ……もう今日はこたつ布団の外も洗う、下のマットも洗う!!」

「夜までこたつに入れないじゃん?!?!」

「チーズフォンデュ……気持ちがいいこたつで食べたいでしょ?」

「食べたい……」

「たくさんある洗剤、使いたいでしょ?」

「使いたい……!」

「石鹸の匂いがするこたつ布団でビール飲みたいでしょ?」

「飲みたい!! がんばる!!」


 食器を洗い始めた莉恵子を見て、芽依は「莉恵子の操作方法が分かってきた」と思った。

 その頃莉恵子は、段ボールから出てきた着れる毛布を発掘、装着して綺麗な和室に逃げ込んでいた。


「莉恵子!!」

「食後の休憩、ちょっとだけえ~~~」


 莉恵子を追い回していたら疲れてしまった。

 少し休憩……と思うけど、これが作戦だと分かってる。

 今日こそ騙されないんだから!!

 芽依はこたつ布団を外して、カバーを取り、洗濯機に入れた。そして布団を外に干す。

 気が付くと横に毛布をかぶった莉恵子が来て、アイスを食べていた。


「きもちいいい天気だねえ」

「でしょ?」


 結局ふたりでアイスを食べて掃除を再開した。

 はじめて食べたチーズフォンデュは、野菜が美味しくて、またしようと莉恵子と約束した。


 

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