第17話 ただ隣に立ち続けたいから
うう……昨日はかなり飲んだ気がする。
起きたら着替えて布団で寝てたから、たぶん悪さはしてない……たぶん。
今日は撮影所に行く日だから、控えめに飲もうと思ってたのに、お母さんが昆布茶とか出すからむしろ飲みたくなっちゃった。
この前撮影所の使用状況を確認したら、神代が関わっているタイトルが書いてあった。
今日撮影所にいるかもしれない。
それを知ってから莉恵子はそわそわしていた。
今関わっているのは映画……そして時期的にもう仕上げに入っているので、CGルームのほうにいるかもしれない。
その場合会えないけど、会う可能性があるからスカートにすべきか……。
いや撮影所は本当に寒いので、うかつにスカートで行くとひどい目にあう。
じゃあ120デニールのタイツを履くか!
莉恵子は服の棚に向かったが、開いたらキャミソールがボローンと飛び出してきて絶句した。
君がいるべき場所は、ここじゃないんのでは……?
「ふむ」
たぶん買っていると思う。
メールボックスの中で『タイツ』と検索したら、でたー!
段ボールを探し出して新品を出す。一緒に暖かそうな下着も出てきた。よく見たら去年の今時期買ったものだった。私は神かな? 将来が見えてるのかな?
それを引っ張り出して履いて……しかしスカートといっても、もう二十九歳でひざ上スカートはそろそろ痛いのでは?
秋物のでフレアスカートを買ったはず! と着てみたら可愛すぎる。
これは撮影所にしていく服装じゃない。じゃあタイトスカートだ! と取り出したらミニすぎる。どうしてこんなミニを買った? 他にもあるでしょ! と、メールボックスを検索したら十着以上あった。買いすぎやん! でも気になるので、一つずつ取り出して広くなった台所に並べる。
台所はリビングと続いているので、山のように段ボールがあったけど芽依が片づけてくれたのだ。なんとシンクが使われていて、床が見えて、ぽつぽつと調味料入れが使われている。すごい……人間の家みたい!
床が見えるので、そこに服を並べて選んでいたら、芽依が起きてきた。
「おはよう。大丈夫なの?」
「芽依おはよう! 昨日迷惑かけなかった? なんか気持ちよく帰ってきたことしか覚えてない」
「莉恵子は酔った時のが真面目なの、なんとかしたほうがいいわよ」
「はあ??」
「それよりスカート。右のスカートは若作りすぎない? 真ん中は仕事できそうに見える。ちょっと可愛くみせたいなら、その左のロングスカートと黒のハイネックとかはどう?」
「なるほど! じゃあ左のにする。ありがとう」
「莉恵子は足が短いから、ロングスカートが一番スタイルよく見えるわよ」
「キィィィ!! 否定できない!!」
なんか食べないの? と芽依に聞かれたけど、ファッションショーに時間を取られてしまいメイクもしてなかったので断って準備に集中した。
あんまり盛りすぎても変だし、適度にいいかんじに見えるように……。
でもちょっとまって……。
「顔色、悪くない?」
「あれだけ飲めばそりゃそうよ」
「スチームしながら寝ればよかったー!」
「寝てる時に顔の前にスチームきたら、息苦しくない?」
「寝れるよ、超寝れるよ、失敗したー!」
時すでに遅し。顔色がよく見えるクリームをたっぷり塗り込んで誤魔化した。
ていうか本当に時間がない。しまった爪なにもしてない、もう無理!!
「おはよう」
「おはようございます! 莉恵子さん、今日のスカート似合いますね。ロングスカートって地味に楽ですよね。中にたっぷり着られるし」
小野寺は莉恵子のスカートを見ていった。
莉恵子はスカートを軽く持ち上げて口を開く。
「本当にそうよね。パンツだと中にあんまり履けないけどスカートだとがっつり履けるから、実はスカートのがあったかいのよね。今日なんてタイツ二枚重ねよ」
「撮影所ヤバイですもんね」
「なんで外より寒いんだろ」
「俺も今日はヒートテック二枚重ねてきました。やっぱり天井高いからですかね」
「寒いよねえ」
三人でモソモソ早歩きで撮影所に向かう。撮影所内は無駄に広くて駐車場からスタジオまで数百メートル離れていたりする。
寒い、寒すぎる。
暴れる髪の毛を押さえつつ、目当てのスタジオに入る。
そこにはいつも撮影を頼んでいるチームの方々が作業していた。挨拶をして次に始まる仕事の依頼をする。
わざわざ現場にきて依頼するのは莉恵子流だ。新しいスタッフが入ったのか、現場の空気はどうか、ピリピリしている人はいないか……会議室で会うより一気に色々な情報が手に入る。知りたい情報は聞いても出てこない。見に行く。
撮影監督さんが莉恵子を見て歩いて来る。
「おつかれー! 蘭上取ったって? すごいね。ロケ決まった?」
「おつかれさまです、すいませんお邪魔して。場所は千葉の予定で十四日から押さえてます。金額は……盛れそうですよ」
「やったね、莉恵ちゃん。おじちゃん嬉しい」
撮影監督はそう言ってタバコ……じゃなない、電子タバコを揺らした。
あ、じゃあ毎回差し入れしていたタバコ関係はもうやめたほうがいいんだな。
煙を嫌がられたのか、健康に何かあったのか……ちょっと調べてみるか……と莉恵子は思った。
ほら来たほうがよかった。こういう観察の積み重ねが結局『次』を産む。
雑談で盛り上がっている小野寺と葛西を撮影現場に残して、莉恵子はCGルームへ向かった。
いやうん、CGのスケジュールも確認しといたほうがいいからね。CG会社は別のところだけど、顔だして損はない。
撮影所の最悪なところは、外のスタジオはめちゃくちゃ寒いのに中は常夏のように暑いところだ。
北海道に行った時に買ったダウンとかのが良いのかもしれない。
もう中は半そでで良い……汗を拭きながら莉恵子は進んだ。
「莉恵子!」
「神代さん」
制作部の建物に入ると、横のカフェテラスに神代がいた。
紺色のセーターをきて、Gパン姿。いつもと同じ黒縁メガネでコーヒーを飲んでいる。
細い肩……身長が高いから、いつもすこし曲がっている背中に、細い腰。
真っ黒な髪の毛がすこしペチャンとしてるから、昨日はスタジオに泊まったのかもしれない。
神代は、細くて長い指で、横の席をトントンして莉恵子を呼んだ。
「久しぶりだな。ごめん、昨日帰ってないから臭いかも」
「忙しいんですね。今佳境ですか」
「もうすぐ終わり。スタッフが頑張ってると帰れなくて」
「わかります。でも監督がいつも部屋にいてくれると、何でも聞けてスタッフは助かるんですよ」
「莉恵子は……ちゃんとプロデューサーになったんだなあ。なんか今も変な感じがするよ」
そう言って神代は目を細めた。
神代は目を細めると、目の横に皺が入って、その優しい皺が莉恵子は昔から好きだった。
ひそかにはやる心臓に大きめに息を吸って息を送る。
「いつまでも小学生の子どもじゃないんですよ。これでも頑張ってるんです」
「知ってる知ってる。蘭上さん取ったって聞いたよ。あの人、気難しいらしいのに、莉恵子に懐いてるって」
「気難しいというより……ただの淋しがり屋に見えます。この前こたつで湯豆腐食べて寝てましたけど」
「え?! 自宅に呼んだの?!」
「いえいえ、居酒屋のほうです。あそこ、プライバシーだけは守られるので」
「あ、そうか。そうだよね、驚いちゃった」
「自宅には仕事の人は呼ばないですよ」
「だよな。うん」
そう言うとふたりで黙ってしまった。
昔は自宅のこたつに一緒に入って、勉強教えてもらったり、一緒に食事したりしてたけど、仕事を始めてから一度も呼んでない。
きっと同じことを考えてる。
ああ、もうっ……仕事の話をする! 莉恵子はクッと顔をあげた。
「あの、アイドルさんとお仕事されるんですね」
「そうそう。今企画考え中」
「シークレットですよね。私たちも出していいですか? プレゼン参加したいです」
「お~~。そんなのこっちからお願いしたいくらいだよ。楽しみにしてる」
「じゃあ書類一式、新井さんに頂きますね」
「今渡すよー。データでいい? 俺さあ、この子面白いと思うんだよね。地味なんだけど、良い目をしてるんだよね」
「あ、可愛いのに目が美人さんで素敵ですね」
「このアンバランスさが面白そう。20本あるからね、楽しみだよ。曲ももう10曲くらい決まってる。聞いてみる?」
「ありがとうございます!」
そう言って神代は自分のPC前に莉恵子を呼ぶ。
その近さにすこしドキリとするが、神代は完全に仕事モードで真剣に曲を選んでいる。
その表情を、莉恵子はやっぱり好きだなあと思った。
企画、やってみよう。
こうして横に立ち続けていたい。
色々な話をしている時が、一番楽しい。
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