第14話 私のことが一番わかる場所


「私のことが、一番わかる場所で食事がしたい?」

 

 みんな疲れ果ててパンのサイトしか見ていない会議室で、莉恵子はLINEを見て首を傾げた。

 なんだそれは……。

 前の打ち合わせの時も思ったけど、ひな鳥にピヨピヨ懐かれた感がすごいのだ。

 LINEが毎日くるし、その内容は仕事相手というより、友達に送ってくるようなものだ。

 ご飯食べた、とか。打ち合わせが暇、とか。きれいな花が咲いてた、とか。

 莉恵子は立場上、毎日LINEも数百くる。

 それは全部目を通して、なるべく即日返す。返信を待ってる人がいるからだ。

 了解、見ました、それでOK、お願いします。

 短文でも良いので必ず返す。それは莉恵子に対して何かした人への最低限のマナーだと思っている。

 だから短文で返信はしていたけど……私のことが一番わかる場所……?


「それでいいなら、実家でしょ」


 莉恵子はLINEを立ち上げて、母親に連絡した。

 最上階のこたつ個室が開いているか聞くと『OKだよ~』との返信がきた。

 芽依と暮らし始めた話もしたいし、ちょうど良いと思った。

 それに実家なら裏口からこっそり入れば良いので、プライバシーも完全に守れる。

 有名アーティストや顔が売れている人たちと食事を出来る場所は限られていて、そのほとんどが超高級店だ。

 別に美味しいから良いけど、食欲がないとか聞いていたので、高級肉じゃないからなあ~と悩んでいた。

 

『じゃあ、うちの実家が居酒屋を経営してるので、そこでこたつに入って鍋でも食べましょうか』


 蘭上に送ると即既読になって


『今までこたつに入ったことがない。楽しみ』


 と返ってきた。同時にネコのスタンプで『楽しみで寝れない~~』と踊る。かわいい。

 感覚が古くなるのは一瞬で、常に新しいものに触れていないとすぐにダメになる。

 だから若い人たちが良いというものはとりあえず見たり、聞いたりするようにしている。

 その中でも蘭上の曲や歌は言葉のチョイスが独自で、大人にも通じる淋しさや苦しみを上手に書いている。

 ネット発の歌い手は消えやすいけど、蘭上は長く残るのではないと莉恵子はプロデューサーとして冷静に見ている。

 しかし……

 

「こたつは本当に絶滅しちゃってるね」

「漫画で見たことあるだけで、入ったことないです」


 会議室で会議に参加しながらボードを書いていた小野寺が言う。

 やっぱりそういうものか。

 

「俺の家、田舎でくそ広かったんだけどさあ、掘りごたつだったよ」


 年配の演出家の沼田が言う。

 莉恵子は目を輝かす。


「掘りごたつってあれですよね。足元に穴が開いてるんですよね」

「そうそう。昔はあそこで味噌発酵させたり、納豆作ったりしてたんだよ」

「ああ~~~、すごく憧れます。うちも床に穴開けて掘りごたつにしちゃおうかな」

「ひとつ言うと、めちゃくちゃゴミ溜まるよ。掃除がすげぇ大変そうだった。そんで母さんが埋めちゃった」

「莉恵子さん、絶対無理じゃないですか。パンでーす!」


 話を途中から聞いていたのか、葛西がパンを両手に持って帰ってきた。

 ふんわりと甘い香りがして、みんな「うおおおお待ってましたああ」とパンの袋に飛びつく。

 なんか頭の中でまとまりそうで、小野寺のところに行く。


「こたつむりって、どうかな」

「こたつの虫ってことですか? それはこたつが移動するってことです? どこで? 家からですか?」


 小野寺はすぐに反応をしめして、サラサラとこたつの絵を描いた。

 それを聞いていた演出家の沼田がパンを食べながら近づいてきた。


「こたつちゃんとかどう? 女の子なんだよ。背中に電源がついてて、抱きしめられると暖かい女の子」

「心臓部分がヒーターとか、どうです?」


 小野寺はこたつ布団風の服を着ている女の子をサラサラと書きながら言う。


「でも直にさわったら、やけどしちゃうんです」

「小野寺ちゃんそういうの好きだねー」


 そして他のスタッフも集まって、街をこたつむりが移動するほうがいいとか、こたつの中にだけ世界があるとか、パンを食べながら色々話した。

 結局企画力なんて雑談力だ。どれだけ下らない話に興味を持って顔をつっこんでいくか……にある。

 蘭上の企画で出た長い箸で離れて食事をする……は本当にそういう挑戦をギネスで見つけて、会議中に実践したのが始まりなのだ。

 話が盛り上がってきたので莉恵子は離れた場所に座り、パンを開く。

 はあ~~良い香り。美味しいパン屋さんは常に募集してる。食べようとすると葛西が目の前にコーヒーを置いてくれた。


「いつものです」

「ありがとうー! LINEしたけど、うちの実家にしたわ。明日は打ち合わせだったよね、そのまま行こう」

「了解しました。撮影さんには蘭上さんの企画が通った話してます。内容も流しておいたので、実際のロケ地の話から入れると思います」

「助かる~。今小野寺ちゃんが簡単なボード書いてくれてるから、明日それも出して持って行こう」

「見てください、莉恵子さん。書けました!!」

「ぎゃはははは!!!」


 沼田が爆笑する向こうに、小野寺の絵が見せた。

 それは女の子の心臓が大きく展開して、人を喰おうとしているホラーな絵だった。

 莉恵子は普通につっこむ。

 

「TPAPAさんの企画出しですよね??」

「小野寺ちゃんが勝手に書いたんだよー!」

「血管ってエッチに書くの難しいんですよねえ……うーん、この顔つき、もっと真顔にしたい」

「小野寺ちゃん? 明日の蘭上さん用のボード書いて? リアルなホラーは書かなくていいよ?」


 沼田と小野寺は楽しくなって、大きな紙にグチャグチャと絵を描き続ける。


「こたつ魚……こたつ魚を引き裂くTPAPAさんとかどうですか?!」

「普通の刺身の盛り合わせですよね」

 

 葛西はパンをもぐもぐ食べながら言った。

 莉恵子と小野寺と沼田は一斉に振り向いて「それな」と頷いた。

 莉恵子チームは終始こんな感じだ。




 



「何食べるか知らないし、とりあえずうちの実家なら何でもあるから大丈夫かな」

「好物を調べたんですけど……イチゴパフェって出てきました」

「どこの少女漫画家?! それ絶対社長が適当に考えたんだよ」


 莉恵子と葛西は話しながら電車に乗って実家に移動を始めた。

 実質家に帰るみたいなものなので、気が楽だ。

 打ち合わせは二時間程度で終わる。なので芽依に「もし来られたらきてよー!」とLINEした。

 すぐに既読になって『お母さんに挨拶したい!』と返ってきた。明日も早いけど少しくらい一緒に飲みたいなあ。

 そのあと一緒にのんびり帰って、こたつでダラダラしよう。

 仕事のあとに友達と会える確証……何よりそれが約束じゃなくて日常だというのが気楽だ。 

 莉恵子はあまりに忙しくて約束しても行けないことが多いけど、家に一緒に帰るなら間違いない。


「あー、もういっそ業者とか頼んで、一気に部屋を片付けてもらえばいいのかな」

「え? 莉恵子さん、部屋の掃除する気になったんですか」

「いつもその気はあったよ!! やっと本気になったの。でもほんと十個も開けると疲れちゃうんだよね」

「へえ……意外です。気長にがんばってください」

「いやー、早急になんとかしたいなあ。でも業者を呼ぶための掃除が必要なのでは……?」

 

 調べたら作業員一日三万円とか出てきた。

 う~~ん、値段よりあの部屋に他人を……無理。

 考え込む莉恵子のスマホにポンとLINEが入った。蘭上だ。


『裏口に行ったら、もう入れてくれました。やせ細った俺を見てお母さんが甘酒を出してくれました』

「ぎゃはははは! もう甘酒飲まされてる」

「あ、伝説の栄養ドリンク。いいですね、俺も飲みたいです」

「じゃあLINEしとく。ああ、面白い。そうだわ、お母さん蘭上さん見たら我慢できないかも」

「不健康そうな人、大好きですよね」

「その言い方!」


 莉恵子は『葛西も甘酒飲みたいって』とお母さんにLINEすると、超大きなボトルを写メって送ってきた。

 これは帰りに持たされるヤツ!!

 写真の後ろ、小さくなってる蘭上が甘酒飲んでいるのが映り込んで葛西と笑った。


 

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