第13話 前に進むしか選択肢がない
「紅音さんにパクられた……って、どういうことなんですか?」
デザイナーの小野寺は不安そうに口を開く。
一応ことの顚末はすべてレポートにして昨日の深夜にUPしたけど、到底納得できることではない。
それに紅音と小野寺は同じデザイナーで、仲も良かった。
とりあえず対応策として、社内サーバーのパスワードはすべて変更、企画に関わった人たちへの説明、企画書の扱いについて文書を出す……など、現時点で対応できそうなことはすべてしてみた。
でも……そんなの『とりあえず対応しました』程度のことだ。
大きなプレゼンに出す時は、アイデアを映像にして持って行くことが多い。
その場合、機密で守れる社内だけで回すのは不可能だ。
外の撮影会社に企画書を持って行くし、俳優さんを使うなら事務所に渡す。
「あの会社がこんな企画してるよ」と話すのは日常茶飯事だし、それをパクるか、パクらないか……は、もはやマナーに近い。
だからやれることはするけど、同じことをされても気がつけるとは思えない。
莉恵子は正しい言葉を探しながら口を開く。
「正直、確信犯だと思う。理由は……分からない。でもたぶん、明確にこちらを潰しに来てた」
「なんで……紅音さん、そんなことしなくても戦える人なのに」
小野寺は悲しそうにうつむいた。
みんなそう思っているし、莉恵子もそうだ。
でも、考えても答えが出るわけじゃないし、なにより通ってしまった企画をなんとか形にしないとパクられて終わりになってしまう。
莉恵子は小野寺に向かって言った。
「とりあえず、通しちゃった企画をがんばるしかないよ。ごめんね。小野寺ちゃんの出したアイデア、何個かくっ付けちゃった」
「それは全然大丈夫です。というか、さすが莉恵子さんですよ、よくなんとかしましたね」
気を取り直した小野寺は、莉恵子がでっちあげた蘭上用の企画を見て絶句していた。
莉恵子も今改めて見ると、本当によくなんとかなったな! としか思えない。
正直どこが蘭上に即決させるほどインパクトがあったのか分からなかった。
「明日の夜、蘭上さんとご飯に行くから聞いてみるね。これ指摘されなかったけど、最初背景が宇宙なんだよね。それなのに中盤普通の家になってて、最後なんて廃墟だよ」
三つくらいの企画をあの場で混ぜたので、よく見るとグチャグチャなのだ。
とりあえず蘭上に確認して、一番良いと思ったところを伸ばして使い、整頓してコンテを書き直す必要がある。
「小野寺ちゃん、イメージボードお願いできる? 明後日には明確なプラン出せると思うんだけど。期間は二週間。音楽はこれ」
「やります。もうこうなったら、私、がんばります」
「うおーーん、ごめんね、最初からこんな重たい仕事で」
「大丈夫です。さっそく作業に入りますね。明日持って行けると提案しやすいですよね」
「助かります!!」
小野寺はガッツポーズをして作業部屋に戻って行った。
彼女は去年入った新人なのだが、入社前から「この子はすごい」と評判になっていた。
大学時代に色んなコンペで優勝している実力者。どうしてこんなすごい子がウチに……? と思ったら、学生時代に関わった大手会社が相当ひどかったらしい。
好きにやらせてくれそうなうちの会社を気に入ったと聞いて「弱小会社で良かった」と思ったくらいだ。
こんなことに巻き込んじゃって悪いけど……小野寺がいてくれて助かった。
莉恵子は「ふー……」とため息をついた。
そしてメールボックスを開くと百五十通以上が一斉に入ってくる。
土日を挟むとメールが爆発する。これを処理するだけで月曜の午前中は消えるからつらい。
一応重要マークは付けてるので、優先トレイに入るけど……それでも八十以上。ああもう朝から帰りたい。
その中の一通に目がとまった。
神代が女性アイドルグループの映像担当になり、企画を動かす……というものだった。
そのグループで総勢60人ほど。どちらかというと大人っぽいお姉さんたちで、デビューに合わせてニ十社以上の関連企業の映像プロモーション、そして短編映画と作るのだと書いてあった。
「え……やりたい……この仕事」
莉恵子はメール画面にくぎ付けになった。
関連企業も色々あって、それにアイドルを割り振るのも楽しそうだ。
そして同時に思う。
神代さん、こんな売れ線の仕事とかするんだ……。
わりと硬派な映画を撮ってきていたので、こういう派手な仕事をするのは初めてな気がする。
でもこのメンバーなら年齢に幅もあるし企画としては作りやすい。なによりここのプロダクションお金持ってるからなあ……これがあたったら、次に好きに撮らせてもらえる約束したのかな。
プロデューサーとして一瞬で先を読みまくるけど、頭の片隅で「神代さんが!! 女の子に囲まれて仕事を!!」 と思ってしまう。
でもそれをなんとか消す。
新作が見られるなら、それで嬉しい。それは本音だ。
このスケジュールだと企画を出すのは来月で間に合いそう。
今月は蘭上のコンテUPでスケジュール調整……TPAPAさんの企画出し直しか。それでも来月なら……。
「もうこれ以上は無理ですよ」
「あ、葛西。おつかれー!」
「莉恵子さん、これ以上仕事ができると思わないでください」
「えー……、うーん……やりたいなあ」
「TPAPAさんの企画会議始まりますよ」
「う~~~ん、どうしよう。会議室だと何か出る気がしない。この前駅向こうに新しいパン屋ができたって聞いたから、そこに買い出しがてらみんなで行って話さない?」
「パン食べて終わりになりますよね。俺が買ってくるので、はい会議! はいはい会議!」
「うおーん……」
莉恵子は葛西に押されて、会議室に向かった。
正直会議室で「うーんうーん」とうなっても、たいしたアイデアが出てこないのだ。
みんなそれぞれの場所でアイデアを出してきて、それをキュッ……とこう良い感じにまとまる瞬間があって、それは会議室じゃないことのが多いんだけど、会社はすぐにみんなを会議室に集める。
そして何もなくて日が暮れる……、うおーん。
*************************
葛西は「やっぱりやりたいっていうよなあ……」とげんなりしていた。
さっき小野寺が「神代さんが動き始めるんですよ。私もやりたいなあ」と言っていたので、きっとやることになるだろう。
分かっているけど、あのふたりが一緒にいるのを葛西は見たくなかった。
葛西がこの会社に入社したばかりのころ、莉恵子の下で大きなミスをした。
プレゼン用に持ってくるデータを間違えたのだ。
DTT商事とDPFプランナー、ふたつの会社の仕事を同時進行していて、間違えてファイルを持ってきた。
大きなファイルで、ネットでダウンロードできるようなサイズではない。
青ざめる葛西の背中に莉恵子がやさしく手を置いた。
「大丈夫。バイク便を手配したから40分でくる。プレゼンの順番を最後にしてもらったから間に合うよ」
そういってほほ笑んでくれた。
なんとかデータは間に合い、莉恵子は平然とプレゼンを終わらせた。
俺はあの横顔の美しさと強さに惚れてしまったんだ。
誰かが確認するだろう、自分はついて行けばいい……そんな気分のままでは迷惑だ。
葛西は気を引き締めて仕事を始めた。
結果結婚しようと思っていた彼女にはフラれて、自動的に仕事一筋になっちゃったけど……後悔していない。
莉恵子と仕事すると自分の石頭と、真正面からぶつかれば何となると思っている甘さを思い知る。
ずっと一緒に仕事をして、学びたいことがたくさんある。
その莉恵子が、唯一乙女の顔をするのが神代にあった時なのだ。
葛西はため息をついた。
見てると神代監督も、めちゃくちゃ莉恵子さんを好きなのが分かるんだよなああ~~~。
それでもお父さんを尊敬していた手前、ずっと父親のような距離感で……それでも莉恵子さんを「誰にも渡す気が無い」オーラをびんびんに出してて……ズルいんだよなあああ~~~~。
唯一の救いは、莉恵子さんが仕事相手と恋愛しないと断言していることだ。
まあブーメランで俺も絶対に選ばれないんだけど。
葛西はマフラーを巻いて外に出た。
だから絶対、この胸の一番奥にある莉恵子に対する恋心は見せないと決めている。
だしたらもうわき役、負け確定だ。
だからこそ、ふたりが一緒にいるのはなるべく見たくない。
イライラしながらパンの買い出しに出ると莉恵子からLINEが入った。
『明日の蘭上さんとの夜ご飯、うちの実家の居酒屋になったからよろしく』
「キタ~~~~~!!」
思わず道端で叫んだ。
ご実家の居酒屋は、社員でも選ばれた人しか呼ばれない場所だ。
葛西も最初は、大きなプレゼンを取ったご褒美に連れて行ってもらったのだ。
たしかにあそこならプライバシーも守られるし、良いかもしれない。
なによりすべてがうまい。楽しみすぎる。明日は朝から食事を抜こう。
ご実家に行けるならお土産を買いに行けかねば。今日仕事何時に終わるか……そんなの分かるはずがない。
続いてLINEが入る。
『ウインナーパンと、クリームパンと、塩バターパンがおいしいんだって。買ってきて! あとねスタバのいつもの!!』
「ラテのミルクましまし、砂糖なし。ですね」
画面を見て呟いた。
さて、がんばろう。
俺ができるのは仕事をがんばることだけだ。
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